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美しい王女さまが言うには

王女の独白回 

(差別的表現・不適切な表現などが含まれています)

 荒れ狂う気持ちをどうにか落ち着けようと、イズベラは馬車の中で騎士の上にまたがっていた。

 今までお気に入りだったシリウスのことなどもうどうでもいい。

 見た目は良いが頭の悪い男で、すぐ激高する性格が最悪だった。

 さらに単純な性格で、甘い言葉でなだめてしなだれかかれば満足するような男だ。

 元婚約者に対する言葉も最悪だった。あんな気味の悪い男をそばに置いて愛でていたのかと思えば、イズベラの失態はシリウスをそばに置いていたからだとさえ思えてきた。

 貴族たちにイズベラの所行がすでに広まっていることも誤算だった。

 イズベラのふるまいの一切合切は、あのつまらない女がすべて背負って社交界から消えてくれるはずだったのだ。

 シリウスの役にも立たないどころか、綿密なイズベラの計画にも障害となる女などにもう興味もなかった。あんな女は冷血な魔術師の元で不幸な余生を暮らせばいいのだ。

 しかし今はそんなことよりも、不安にさいなまれる体をどうにかするほうが先だった。

 だから馬車に同乗した騎士に甘い言葉をささやきかけて、その膝に乗り上げたのだ。キスを繰り返せば男はすっかりその気になって、イズベラの美しい体に夢中になっていく。

 そうやって男をたぶらかすのはイズベラにとっては簡単なことで、そうやって男を掌中におさめることが一番の快感だった。

 幼い頃は病弱で、そのせいで気弱な性格だった。

 けれどある日、天啓を受けたのだ。みるみるうちに健康になっていった体とともに、イズベラは確信めいた心を決める。

 ──自分は王女なのだから、いくらでも好き放題に生きることが出来る。

 もちろん王女の教育を受けることは義務だが、それは仕事と一緒でイズベラの生き方ではない。今までイズベラを病弱だ気弱だとバカにしてきた者たちに、目にもの見せてやろう。

 そう決めたイズベラの振る舞いはどこへ行ってもきらきらと輝いていた。自由な振る舞いは愛らしく、男たちはすぐにイズベラの虜となった。

 女性たちの嫉妬など恋のスパイスのようなものだ。妻帯者との危険な不倫、婚約者がいる男性との切ない恋、騎士となったばかりのうぶな少年との甘い恋。あまた過ごしたどの恋もイズベラを輝かしく彩った。

 政治については兄と姉に任せておけば何の心配もいらなかった。

 だから、彼もそのイズベラの人生を彩る宝石のひとつだと思ったのだ。

 幼い頃から戦争に駆り出されていた哀れで美しい魔術師、ネーヴェ。

 恐ろしい魔術師だと評判だった彼を初めて見た社交界はどよめいた。その外見は荒事とは無縁なほど優美で、それでいて野生の美しさを備えた男は他にいなかったのだ。

 近衛騎士もその容姿を精査されて配属されるが、彼らのような純粋培養の貴族とは比べものにならないほどネーヴェの美貌は危うい刃物のような美しさだった。

 何人もの貴婦人が彼に誘いをかけたが失敗した。それを聞いてイズベラこそが彼を手に入れるにふさわしいと確信したのだ。

 それがいけなかった。

 他の貴婦人と同様にイズベラでさえもすげなく振った彼は、とうとう王家主催の舞踏会でイズベラにワインまでかけさせたのだ。

 激情のまま赤ワインを白皙の顔にかけた瞬間に、しまったと思った。

 あの男はわざと赤ワインをイズベラにかけさせて、二度とイズベラが自分に声をかけられないようにしたのだ。

 まるで狼のように狡猾な男だ。

 舞踏会のあと、あれは危険な男なのだと従順な恋人だった近衛騎士たちに訴えた。

 彼らはイズベラの言うとおりにネーヴェをひとけのない王城の一室に連れてきた。

 いくら戦場で悪名高くとも所詮は魔術師だ。対人との接近戦を専門とする近衛騎士を何人も相手にして勝てるとは思えなかった。数の暴力で男をしつけるのは本意ではなかったが、ネーヴェのような男を押さえつけるにはもう暴力で解決するしかないと考えたのだ。

 その結果は惨憺たるものだった。

 帯剣した近衛騎士が素手のネーヴェに次々に倒されていくのを目の前で見た。

 骨のくだける嫌な音が響いて、血が飛び散る。冷静さを失った騎士の剣を奪っては手足に突き刺す。敵を正確に殺すためだけに培われた技術は、近衛騎士をいともたやすくへし折った。

 最後に残った近衛騎士を床に沈めて靴で踏みにじると、冷徹な瞳がようやくイズベラに向けられた。

 恐ろしい捕食者に遭ったようなものだ。

 イズベラはただ壁際にへばりつくようにして座り込むしかできなかった。


 ──犬の躾ができておられないようですね?


 愛情どころか王女への敬意すらも感じられない冷たい瞳は野生の狼のようだった。

 血塗れの手袋をひと払いして、狼は皮肉げに笑ったのだ。


 ──教育が必要なようですから、不肖ながらお手伝いいたしましょう。


 ここで初めて狼は手のひらに魔術を展開させた。詠唱をしない魔術師がいるとは聞いたことがあったが、イズベラが目にしたのは初めてだった。

 いくつもの光の球体が手のひらで浮かんでは分裂して、それは倒れ伏している近衛騎士の数と同じになった。

 並んだ球体は呆然と見つめるイズベラをよそに近衛騎士たちの頭上へ飛んで、止まる。

 そこで締め切っていた扉が開かれた。

 慌てて狼の名前を呼んで止めたのは、城に参上していたというアレナスフィル候だ。他に多くの騎士たちが踏み込んでくる中で、イズベラはようやく息をついた。

 助かった。

 命の危機を脱したときの安堵だった。

 あとから聞いたところによれば、あの狼が使おうとしていたのは戦場で彼が考案した恐ろしい拘束魔術だったという。魔術で作った棺桶に生きたまま人を入れて麻痺毒で保存するという、おぞましい魔術だ。


 それきりあの非情な狼と関わることは止めたのだ。

 自分の周りに常に侍るすてきな恋に夢中になっていられさえすれば、フィオリーナとかいうつまらない女をイズベラの身代わりにしたことだってすっかり忘れていられた。

 狼が拝領したというオルミ領の名前すら忘れたわけではなかったが、それでも直接関わることなどなければいいと思ってシリウスの甘言に乗り続けた。

 馬鹿な男の婚約者がどうなろうとどうでも良かった。

 あの狼が噂の悪女を自領に引き取ったと聞いてやっと思い出したぐらいだった。

 ちょっとした復讐がてらに、フィオリーナという幻想の悪女を引き取った狼の迷惑そうな顔を舞踏会で見られれば満足するだろうと思っていた。

 その余興じみた計画が崩れたと知ったのは、このシーズンにフィオリーナと名乗る女が現れたことだ。シリウスの話では本物のフィオリーナは陰気で引っ込み思案。悪女と噂されながら社交界に戻ってくるとは思えず、すぐに替え玉を用意したのだと推理した。彼女を引き取った狼も社交には疎い。

 だから今夜は完全に驚かされた。

 社交嫌いのあの魔術師が今夜の仮面舞踏会などに現れるとは思ってもみなかったのだ。

 現れた冷血漢はあいかわらず嫌味なほど美しく、冷たい瞳でイズベラを見た。

 それだけで命の危機を察した体の奥が熱くうねる。本能があの男は危険だと警鐘を鳴らす。

 あのフィオリーナというつまらない女を後生大事に守っているように見えたのは気のせいなのだ。

 気が弱いだけの女など何の価値もない。あの非情な魔術師のことだ。彼女の実家の力を利用するだけのために手元に置いているだとすれば、あの女はなんて不幸なのだろうか。

 女の価値はそばに居る男の価値で決まる。

 あんな暴力の権化のような野生の狼のそばにいる女に価値などあるはずもない。

 イズベラの道はすべて輝かしく、最高の女の道が舗装されている。大国の王子との結婚でそれはさらに輝きを増すだろう。

 それはどこまでも続いて美しいはずだった。

 そう心にかたくなに思いこみながら、目の前の男との情事にイズベラは沈んでいった。




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