タオルが言うには
約束通り昼過ぎにやってきたブラッドリーはまどろみを吹き飛ばすように怒鳴った。
「何やってんだ! このクソガキども!」
明るい日差しが差し込む応接間で、クリストフとネーヴェが昼間からワインを開けていたのだ。ネーヴェにいたっては煙草までくわえている。
「ネーヴェ! 寝てろって言ったはずだぞ!」
青筋が浮かんだブラッドリーを一瞥したが、ネーヴェは涼しい顔で煙を吐いた。ネーヴェはもう部屋着などではなく、いつものベストにワイシャツ、スラックス姿だ。
「あなたも大したことないと言っていただろう」
「安静にしていれば、だ! 揚げ足を取るな! あいかわらず口の減らねぇクソガキだな!」
怒鳴るブラッドリーを横目に、クリストフも「ははは」と陽気に笑った。クリストフはそのまま寝たのかシワのよったワイシャツとベストにトラウザーズ姿だ。
「あいかわらずうるさいオッサンだな」
「おまえもだ、クリストフ!」
ブラッドリーがいくら怒鳴ったところで、ネーヴェたちは酒盛りをやめるつもりはないようだ。次々に杯を飲み干してはワインを注いでいる。ワインの瓶はもう二本も開いていた。
どうやらカリニとホーネットが家事に追われて目を離した隙に、厨房からワインと昨日余らせていたカナッペを持ち出したようだ。
午前中の遅い時間に起き出してから、風呂に入っていたフィオリーナも気づかなかった。
クリストフはランベルディからの迎えが来るまで動けないし、ネーヴェもさすがに仕事をする気にはなれないらしく暇を持て余していたらしい。
普段はきちんと大人だというのに、ときどき本当に子供のような振る舞いをする人たちだ。
フィオリーナはあきれながらも、何となく感じたことがあってブラッドリーの脇から口を挟む。
「……お部屋でひとりで眠るのが嫌なのでしたら、サンルームでお休みになってはいかがですか?」
ネーヴェは、自室でひとり休むことが嫌なのではないかと思ったのだ。手が空けば何かしらの仕事をしているネーヴェのことだ。何もしないでひとりで居ることが、なんとなく手持ちぶさたになるのではないか。
「サンルームでしたら、応接間からも食堂からも近いですし、大きなカウチもありますから」
おおむね勤勉なネーヴェだが、怠けるときはとことん怠けるのでそのカウチで彼が昼寝をしていることは知っている。
ブラッドリーをからかっていたネーヴェは、提案したフィオリーナを見つけると眉根を寄せた。
「……あなたのほうこそ、そんな格好で歩き回らないでください」
ネーヴェは不機嫌に席を立つと、フィオリーナが持っていたタオルを取り上げてしまう。ネーヴェの言うそんな格好とは、フィオリーナが髪をおろしていることだろうか。ドレスは普段着だが、髪は乾いていないのでおろしたままだ。
「髪は長いとすぐには乾かないのです」
「それなら、あなたこそサンルームで休んでいてください。フィオリーナ」
そう言ってネーヴェは取り上げたタオルでフィオリーナの髪を包むと、そっと肩口にかけてしまう。そして、そのままネーヴェはタオルに髪を挟んで触れると、タオル越しに湿った髪が温かくなる。
ネーヴェの手のひらが淡く光っている。魔術で水気をとばしているようだ。まるでアイロンだ。
菫色の瞳を伏せたまま、ネーヴェは苦言を続けた。
「今は私やカリニたちだけがここに居るのではないんですよ。せめて、おろし髪をさらすのは止めてください」
気をつけて、と注意されるが、フィオリーナだってすぐに立ち去るつもりだった。そもそもネーヴェが素直に寝ていないのが悪いはずだ。それに、今までフィオリーナがおろし髪で歩いていても、ネーヴェはひとこともそれを口に出したことさえなかった。
「ネーヴェさんがちゃんとお休みになるなら、わたくしもすぐ下がります」
「それとこれとは違う話です。あなたは警戒心が足りないんですから」
あくまでネーヴェは苦言を続けながらも、フィオリーナの髪を乾かすことをやめない。早くここから追い出したいのならそう言えばいいのに。
ネーヴェが強情になるなら、フィオリーナも譲れなくなってしまう。
睨み合うふたりに「おーい」とブラッドリーはあきれた顔を向けた。
「続きはそのサンルームとやらでやってくれ。おふたりさん」
結局、フィオリーナもネーヴェと共にサンルームへ追い出されてしまった。
ブラッドリーのうしろでは、クリストフが大笑いしていた。
「……まったく。どうしてそう無防備なんですか」
サンルームのカウチにフィオリーナを腰掛けさせて、ネーヴェは丁寧にフィオリーナの髪をタオルで拭く。乾かすのなら本当は櫛をとおさなければならないが、それを言ったら今のネーヴェは本当にフィオリーナの髪を梳かしかねない。
「……わたくしだけが悪いとおっしゃるのですか」
口をとがらせたフィオリーナに、髪を丁寧に撫でて乾かしながらネーヴェは溜息をついた。
「今日は私も屋敷でおとなしくしていますよ」
それが妥協点だというのか、ネーヴェは渋々と言った様子で口にする。
「ですから……あなたもゆっくり休んでください」
タオルから髪を離すと、ネーヴェの指先がわずかに髪先に触れた。髪はおおむね乾いたようだ。
「疲れたのはお互いさまなんですから」
いつものおだやかな口調に戻ったネーヴェを振り返ると、彼は困ったように苦笑する。
「ブラッドリーも来たことですしね」
「ブラッドリーさんとは長いお付き合いなのですか?」
水気が抜けて軽くなった髪を指で梳くと、ぱらぱらと流れて落ちた。フィオリーナの様子を眺めながら、ネーヴェは目元をゆるやかに細める。
「彼は軍医でしたから。私の魔術の性質上、お世話になることも多かったので」
こんこん、とサンルームの戸口が叩かれた。ブラッドリーだ。「邪魔するぜ」とサンルームに入ってくる。もしかしなくても、フィオリーナの髪が乾くまで待たせていたのだ。
「そいつは隊長のくせにとくべつ怪我の多い悪ガキでな。俺が主治医扱いだったんだよ」
ブラッドリーはそう話しながら、サンルームの壁際にあるチェストに診察鞄をどっかりと置く。
「診察だけだから、お嬢ちゃんもここに居ていいぞ」
心配なんだろ、と言われてフィオリーナがネーヴェを見ると、彼はベストを脱いでワイシャツのボタンに指をかけている。診察ということは、ネーヴェは服を脱がなければならない。
「わ、わたくしは、身なりを整えてきますっ」
いくら医療行為とはいえ、男性が裸になる部屋に居座ることができるほど、フィオリーナは図太くない。
慌ててカウチを立って、サンルームから逃げることにした。




