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元部下が言うには

 がりがりと爪を噛む。

 よくない癖だとずっと言われてきたが、今日ばかりは噛まずにはいられなかった。

 暗い部屋の中で操作盤を叩きつける。

 失敗した。

 また失敗した。

 叫び出すのだけはこらえて、頭をかきむしる。

 今度こそうまくいくはずだったのだ。

 最新の転送機は小型化が進んでいて、人でも十分運べると知ったからこの計画を思いついたというのに。

 オルミ領の転送機を使おうと試みたが、あの怪物が手を加えているせいでうまくはいかなかった。せいぜい転送記録を盗み見る程度だ。

 それでも計画を立てるには十分だったのだ。

 それに、こうして遠く離れた王都の一室から、オルミを襲撃できると証明できたのだ。

 次からはうまくやる。

 うまくやればやるだけ、魔術師としての地位が約束される。──そういう契約だ。

 気持ちを落ち着けようと操作盤の傍らのコーヒーカップを手に取る。すっかり冷めたコーヒーの香りを嗅ぐと、すこしだけ頭が冷えてきた。

 くだらないお家騒動に雇われたものだと悲観していたが、こうして実地研究ができることだけは良いことだ。

 魔術にとって実験は不可欠で、戦時中は戦地での実験を繰り返していたものだ。

 戦争が終わり、こんな実験も様々な許可が必要になり、倫理委員会などから禁止命令が出ることもある。

 嘆かわしいことだ。

 魔術の発展に貢献しているというのに。

 コーヒーをひとくち飲んだところで、ふと異変に気付く。

 自分以外誰もいないはずの部屋に、誰かが立っている。


「──やぁ、久しぶり」


 聞き覚えのある、今もっとも聞きたくもない声だ。

 振り返ると、見たくもなかった男が記憶そのままの姿で立っていた。

 長身に冬用のコート、尾のような長い髪、そして、狼のような冷酷な目。

「やっぱり君か。そうであってほしくはなかったよ」

 言葉とは裏腹にまるでそんなことはひとつも思ってもいない口振りで、男は口の端を上げた。


「私の魔術を気に入ってくれたのはいいけれどね。──自分で作った魔術に殺されるわけがないだろう?」


 そうだ。38小隊でいくつもの魔術を考案し、広めたのは他でもないこの男なのだ。


「……どうしてここが……」


 動揺が口からこぼれ出ると、死神部隊の長は静かだというのに獰猛な笑みを浮かべる。そうだった。こういう男だった。人を引き付けてやまない容姿を持ちながら、息をするように人を恐怖させて圧倒する。獣のような男なのだ。


「転送機を使う発想は良かった」


 キン、と甲高い音がしたかと思えば、抵抗する間もなく光の輪が首を締め上げていた。


「──でも、機械は人間より御しやすい」


 パキパキと音を立てて足下から結晶が構築されていく。死神の所業と呼ばれ、部隊の代名詞ともなったおぞましい拘束魔術だ。部隊の誰でもこのおぞましい魔術を詠唱無しで扱うことができたが、その長である男は本当に吐息を漏らすだけで人を棺桶に押し込める。

 この男の恐ろしさをどうして今まで忘れていたのか。


「……隊長! 私は…!」


 ただ魔術で生計を立てていただけだ。それが違法だっただけのことで。


「残念だよ。いつか“塔”で会えることを楽しみにしていたのに」


 あきれたような苦笑を最後に見た。──そうだった。そんなに魔術が好きなら、と戦後は魔術師たちの研究施設である“塔”に推薦してくれたのもこの人だったのに。そんなことも忘れていた。

 この人は、ほんとうにあきれるほど残酷で、お人好しだった。

 まるで群れを率いる狼のようだった。


 激痛の中でようやく口にしたのは、つまらない謝罪だった。



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