魔術師が言うには
暴力・流血表現あり
信じたくもない光景ほど嫌でも目に飛び込んでくるものだ。
それが戦場であれば、なおさら。
卓越した魔術操作で名高いカミルヴァルトの系譜に名を連ねるのは、魔術師にとってこの上もない名誉なことだ。
だからその名誉に恥じない研鑽を積んできた。今までも、これからもそうだ。
(それなのに)
ぎり、と歯を噛みしめて震えそうになる口で次の詠唱を唱えた。
無数の光の刃が呼び起こされて、空中から矢のように飛び出していく。
カミルヴァルト家は、元は北方に住まう優秀な魔術師の家に過ぎなかった。グラスラウンド王国の西北を支配するその広大な土地はほとんどが針葉樹に支配された凍土で、肥沃な大地など踏むべくもなかったのだ。
北の辺境領主。それがカミルヴァルトだった。
それが一変したのは、十五年前の北部戦線からだ。それまで騎兵や歩兵の後方支援に過ぎなかった魔術師を一躍主力にまで押し上げた。
そもそも戦地となった大半が北のカミルヴァルト領の大地だ。土地や人々を守るために最前線で魔術師たちは様々な魔術を編み出した。
中でもひときわ多く使用されたのが、カミルヴァルト家が作った攻撃魔術だ。
足止めから殲滅まで、様々な用途の魔術が開発され、最終的にはその申し子と呼べる魔術師を作り出した。
飛び立ったはずの光の刃は的確に飛び立ったというのに、すでに粒子となって飛び散っている。魔術の壁に阻まれたのだ。
次の矢を作りだそうと同じように詠唱を続けている仲間が、はっと息を呑んで術式を切り替えた。防御の術式だ。攻撃魔術と同時に防御魔術も多く生み出された。
それを見越したように、上からすさまじい勢いで光の槍が降ってくる。
正確に魔術師を狙う精度はもはや悪夢のようにおぞましい。
防御の間に合わなかった魔術師がまたひとり、串刺しになって空中へと吊されていく。魔術の槍は実体の身体を貫かない代わりにあらゆる神経を麻痺させる。まるでチェス盤にある敵の駒を引き上げるようにして、味方が減っていくのだ。
魔術の影響で立ちこめていた煙が晴れる。
その先ではひとりの男がこちらを睥睨していた。
狼のような男だ。
長い髪を尾のようになびかせて季節はずれの冬用のコートをまとった姿は、野生の肉食獣のように獰猛に見えた。紫の不気味な瞳に優越も油断もない。
煙に乗じて男に向かって剣が突き出された。男の魔術を逃れた兵士だ。
魔術戦において、物理攻撃を避けるのは常識だ。だから魔術師対策として、歩兵を部隊に組み込むことも定石だった。
しかし、複数人の兵士に囲まれても男は驚きもしなかった。
徒手で兵士の腕をいとも簡単にとったかと思えば、投げ飛ばすついでに剣を奪っている。
奪った剣で次に襲ってきた兵士と切り結び、あっという間に腹に柄を叩き込んだ。
その背後から切りかかった兵士にはいつの間にか手に現れた拳銃で足を撃つ。
鮮やかすぎる手並みで兵士をものともせず倒すと、魔術で兵士を拘束して宙へと釣り上げてしまう。
もうこの手法で部隊の半分は減った。
男のうしろでは棺桶のような光の箱が組み上がり、空中へつり上げた兵士たちが覆われていく。覆われた箱の中には魔術で作られた液体が足から順に注がれていく。
北部戦線で捕虜交換に使われた拘束魔術の一つだ。生き物の時間を止める麻痺毒で満たした箱に押し込めてしまうのだ。この状態でなら人間を一ヶ月は状態を保存しておけるという。一ヶ月を過ぎれば、中の人間は意識のないまま腐っていく。
捕虜の収容場所に困ったあげくに作り出された、北部戦線の負の遺産だ。
箱の中では意識のある兵士たちが壁をたたいて何かを叫んでいる。箱は外界とはいっさい遮断されていて、一度入れられてしまうとどんなに暴れても壊れない。そしてその麻痺毒は、意識のある者には激痛を伴うのだ。
ゆっくりと液体が満たされた棺桶が人間を標本にして空中へ吊される。
グロテスクな墓標を横目に、狼の目をした男は涼しい顔で立っている。
この男が考案したというこの非情な拘束魔術は、北部戦線の暗部をいっそう暗く彩った。
ネーヴェ・オルミ・カミルヴァルト。この男はたったひとりでカミルヴァルト家に栄光と暗闇をもたらしたのだ。
わずか六歳で独自の魔術を編み出した天才だが、非嫡出子というその出自ゆえかネーヴェはカミルヴァルトに馴染まなかった。
その異端さが戦場ではいかんなく発揮され、その功績でカミルヴァルトを辺境領主から一躍、魔術師の名門として知名度を押し上げた。しかしその裏では非人道的な魔術の開発に手を染めて、戦場では『人形遣い』などと呼ばれて忌み嫌われた。
実際対峙してみればそれが誇張でもなんでもないことは、身に刻まれるようによくわかる。
だからこそ、この男がカミルヴァルトの当主になるなどとうてい受け入れられるものではなかった。
また詠唱を繰り返す。魔術師にはそれが最大の防御であり攻撃だからだ。
気付けば味方は数えるほどに減っている。
男の周囲から大きな狼の群れが現れていた。このオルミに狼はいない。魔術で作られたものだ。
男が狼の頭をひと撫ですると、群れがいっせいに襲いかかってくる。
「この化け物め!」
カミルヴァルトは間違えたのだ。当主の直系だからといって、こんな怪物を育てるべきではなかった。
狼に襲われる魔術師たちを眺めながら、人形遣いと呼ばれる男は面倒臭げに答えた。
「よく言われるよ」
狼の群れに呑まれると、あとはもう何も聞こえなくなった。




