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傭兵が言うには

暴力・流血表現あり

 十年にも及ぶ北部戦線があっけなく終わった。

 祖国のクーデターは一兵士ではどうすることもできない歴史のうねりにようなもので、ただ時代が終わったのだと感じるばかりだった。

 戦争は終わったが、故郷が故郷で無くなった者もいる。居場所をなくした者もいる。

 いっそ戦場で死んでいればとさえ思い詰める者もいる。

 それは自分の話か、と手の中のナイフを確かめて、剣帯へと戻した。

 傭兵となってもう五年が経った。

 戦場を点々と渡り歩いているうちに、とうとう雇われてやってきたのは敵国であったグラスラウンド。それも仕事の内容は至極どうでもいいお家騒動というやつで、他人の目からは私怨としか思えない大儀名分もない小さな村の襲撃。大金を払ってまでやることが気に入らない親戚への嫌がらせとしての領民の虐殺だ。盗賊の仕業に見せかけろという姑息な計画は、本当にくだらない依頼だった。

 そんなくだらない依頼を受けた自分も、唾を吐きかけたくなるほどくだらなかった。

 夜の街道を駆ける箱馬車の中には、同郷のシラセナス人も、グラスラウンド人もいる。皆同じように北部戦線で戦い、戦い以外の居場所を見いだせなかった者ばかりだ。

 どの顔も人間味をなくした顔で武器の手入ればかりしている。荒くれ者が行き着く先を見せつけられているようだった。

 ──くだらない。

 馬車が止まると闇に包まれた森に降ろされた。ここから闇夜に紛れて領内へ進入し、村人の家を襲って回る手はずとなっている。

 どうしてここまで残忍な計画になったのかと事情を探ってみれば、どうやらずっと似たような嫌がらせをし続けていて、それがどうにもうまく行かずに手詰まりになったらしい。そこで本職の傭兵まで雇うところまできてしまったようだ。あまりに馬鹿馬鹿しい理由で、この話を聞かせてくれた仲介屋もあきれていた。


「──遅れをとるなよ」


 そう暗闇から忠告してきたのは、依頼人自身が雇っている私兵だ。彼らは主人に俸禄をもらっている手前、このくだらない計画にも前向きのようだった。もしかすると、今まで失敗を繰り返してきたおかげで、彼ら自身の私怨も入り交じっているのかもしれない。

 ──本当にくだらない。

 この暗闇だ。いくらか手を抜いたところでこの間抜けに見抜けはしない。家だけ焼いて村人が逃げるのを待てばいい。こんなくだらない事態に荷担しているものの、人殺しまで引き受けるのは割に合わない。

 そう心算をつけたところで、私兵が止まれと合図する。

 森をくり抜くように作られた狭い街道に、誰かが立っている。夜目をこらして様子を窺ってもたったひとりのようだった。

 味方は両脇に分かれて森から様子を窺った。

 今夜は新月だ。味方の目印は腰に提げたわずかに光る石だけで、あとは夜目に頼るしかない。

 闇に慣れた目には、それは焼かれるほど眩しかった。

 魔術が展開されたのだ。

 しかし魔術式の展開どころか詠唱も聞こえなかった。

 この驚くべき魔術発動には見覚えがあった。


「散れ!」


 叫んだのはほとんど勘だ。

 叫ぶと同時か、それより速いか。

 展開された魔術は四方を飛び、森へと散らばった。目で追うことも難しい速さで飛び回るのは小さな円の光。

 グラスラウンドの魔術師がよく使う、拘束魔術だ。

 高速で森の木々を縫い、飛び交ったかと思えば私兵のひとりが捕まった。首に輪をかけられてあっという間に森から引きずり出されていく。

 あちこちで悲鳴が上がり、街道へと引きずられていき、道の真ん中で杭を打たれるようにして光の円に拘束された。

 そのあいだにも拘束魔術は止めどなく侵入者たちを追いかけ続けている。

 ここから撤退しようにも、執拗に追いかけてくるこの魔術を振り切れなければ叶わない。いったいどれほどの範囲を追跡範囲としているのか。それほどこの魔術の追跡は周到で執拗だった。

 一か八か。

 ザッと木々を振り切るようにして森を抜けて街道へ降りる。

 逃げられないのなら、早々に魔術師を殺さなければならない。

 同じようなことを考えたのだろう。凶悪な拘束を躱した幾人かが街道へと現れる。

 十一人はいた味方はすでに五人にまで減っていた。

 魔術師の前には六人が地べたに這いつくばるようにして拘束されている。


「──ようこそ、オルミへ」


 大きくもない声だというのに、やけに通る男の声だ。

 男の手に拘束魔術が集まって、光の束となると術式の持ち主である魔術師の姿が顕になった。

 まだ夏も終わったばかりだというのに長いコートを着た妙な男だ。見た目は学者のようだが、そのコートには見覚えがあった。グラスラウンド王国の魔導部隊のものだ。

 男は襲撃者の顔を確かめるように目で数えたかと思うと、なにやら納得したようにうなずく。


「これで全員か。──君たちには裁判を受ける権利がある。ここでおとなしく捕縛されれば余計な怪我をしなくて済むぞ」


 魔術師の男は拘束魔術を手の中で霧散させて、飛び散った粒子を集めるようにして固めると光る丸い球体を作った。手の中で魔術を変換して、光源魔術に作り替えたのだ。

 詠唱も予備動作もなく作り替えるには、細かな魔術操作が必要だ。

 有象無象の魔術師が跋扈する戦場でもそうは見かけたことがない。おぞましいまでの魔術技巧だった。

 拘束魔術から逃れたのは傭兵ばかりだ。彼らと目配せすると、皆一様に顔をしかめていた。あんなに腕の立つ魔術師がこんな田舎にいるなんて情報はなかったのだ。前金の多さに目がくらんだ自分を呪った。


「……貴様のような者に命乞いなどするか!」


 捕まっていた私兵が無理矢理、拘束魔術を解いた。主人から直接命じられてきた男だ。きっと魔術師だったのだろう。

 他の私兵の拘束も解いて、詠唱を始めた。抵抗の好機と見たのか他の私兵たちも武器を持って魔術師に襲いかかる。

 嫌な予感で背中がしびれた。


「よせ!」


 私兵共がどうなろうが知ったことではないが、その蛮勇は目に余るほどの失策だった。

 叫び声の元を辿ったのか、魔術師の男の目が合った気がした。

 それは、狼のような目だった。


「私は君たちの意見など求めていない」


 そう言い放った魔術師の男の背後に大きな闇の壁が現れた。その壁からは無数の光の槍が一斉に放たれる。

 驟雨のように私兵たちに降り注いだかと思えば、彼らは抵抗する間もなく四肢を貫かれて槍の隙間に吊されている。

 この光景には見覚えがあった。

 戦場で嫌というほど見たものだ。

 あっという間に地獄絵図を作り上げたというのに、魔術師の男は涼しい顔で呼びかけてくる。


「ここでは私が法だ。投降しないのなら命は保障しない」 


 ざり、と傭兵のひとりが後ずさる。

 あまりに凄惨な光景に臆したのではない。明白な自分の命の危機に怯えたのだ。

 数の優位などもはや無い。魔術師がひとり居るだけで戦場の形勢が変わる。それが腕の立つ魔術師ならば、この場において作戦はもはや失敗を意味していた。

 ひとりが撤退の意思を示せばあとはなし崩しだ。

 生き残った五人で街道を戻るべく、即座に踵を返した。私兵の命がどうなろうと知らない。どういう理由であれ、他領の村を焼けなどと命令した主人を恨むがいい。

 しかし逃げた先には闇の壁が立ちはだかる。街道ごと包むようにして現れた壁は、剣で切ろうとしても魔術で焼こうとしても何も通りはしなかった。


「──やれやれ」


 はるか向こう側にいたはずの魔術師が影から抜け出すようにして闇の壁から現れた。


「君たちは傭兵だろう。たかが依頼のために死ぬつもりか?」


 魔術師はあきれたように肩を竦めてみせる。

 いつのまにこちらへ来たのか。魔術で転移して見せたのか。術者の居場所を入れ替える魔術なら見たことがある。しかし向こう側で悠然と立っている男の姿があった。

 同じ魔術師が同じ場所にふたり居て、どちらも平然と魔術を行使している。

 こんな魔術を使うのは、世界でふたりといない。


「……おまえ、死神部隊の生き残りか!」


 ナイフを引き抜いて手をかざす。詠唱が手の中で勝手に発動する仕組みだ。

 詠唱だと一目で読みとったのか、魔術師は「おっと」と口の端を上げる。


「ご同業か」


 魔術師が腕を振って何かを構築するが、こちらのほうが速い。

 ナイフを振れば爆炎が上がる魔術はもう完成している。

 あとは発動するだけ。

 ナイフをもう一度振ろうとするが、その腕は何者かに取られた。味方の傭兵だ。彼は驚いて声も出せない様子で首を振る。

 男の腕は通常の人の力ではありえないほどの筋肉を使われているのか、音を立てて軋んでいた。

 とっさに見回すがすでに他の傭兵は見えない何かに操られるまま、体を拘束しようとしてくる。

 まだ意識のある男が叫んだ。


「だめだ…降伏しろ! あいつは…っ」


 口走ったところで魔術師の男が腕を振ると傭兵たちの意識は飛ばされた。

 そのままもろとも拘束魔術で四肢を地面に杭を打たれ、ナイフを探して地面を這い回った手は頑丈なブーツの足底で踏まれた。拍車がついた軍靴だ。馬に乗ることが許されているのは隊を率いる士官だけ。

 魔術師の男は、所属していた部隊の異名通りの死神のような姿でひとり涼しい顔で立っている。

 北部戦線でのグラスラウンドの魔導師団は全部で五つある。どの部隊も優秀で、それまでの戦場では捨て駒の如く後方支援として扱われていた魔術師が、彼らの活躍で一躍戦線の主力となったのだ。その主力の魔導部隊の中で、特に悪名高い部隊があった。

 第五師団所属38小隊──通称、死神部隊。

 彼らの通ったあとには敵も味方も死体ばかりになると、どちらからも揶揄されたのだ。

 ひときわ残虐で狡猾と噂された魔術師が率いたその部隊は、北部戦線の暗部をまことしやかに彩っていた。

 最後に睨み上げると、魔術師は狼のような目で嗤う。それはまさしく死神が嘲笑うようにも見えた。


「そうか、おまえが……」



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