妖精が言うには
失くしたと思っていたフィオリーナの日傘は、翌朝庭木にかけられているのが見つかった。
まるでごめんなさいと謝るように、傘はたたまれて紐できちんと閉じられていた。
「反省しているようですよ」
枝から日傘をとってくれたネーヴェに、フィオリーナも微笑む。
「はい」
もういたずらしないでね、と庭に呼びかけると季節はずれの花が答えるように揺れた。
妖精の不思議な体験をしてから、フィオリーナはもう少しだけアクアと仲良くなった気がした。
繕いものをするときは応接間の長椅子にふたりで座って、まるで姉妹のように肩を寄せ合いながら刺繍を見せ合う。
「あまりフィオリーナを困らせないでくれよ、アクア」
通りがかったネーヴェがそう言うほどだ。アクアとくすくすと笑い合うと、ネーヴェはあきれたように苦笑して仕事へ戻っていった。
「ヤキモチですよ」
アクアは可笑しくてたまらないと言った様子で笑った。
「フィオリーナ様がかまってくれないから」
「そんなことは」
かまってくれないと言うのならネーヴェのほうだろう。彼の忙しさはまだ収まっていない。
「いえいえ、主はあれでいて執着の強い方ですよ」
いつのまにやってきたのかラーゴが長椅子のうしろから顔を出した。ネーヴェに頼まれた使いから帰ってきたようだ。
「主が嫌なら私をかまってくれてもいいですよ、フィオリーナ様」
同じ顔でしょう、と相変わらずプラチナブロンドの整った顔でラーゴは人懐っこく笑う。
彼は十代の頃のネーヴェを模しているという。
「この姿だとモテるんですよね」
あけすけに答えたラーゴは実に妖精らしかった。人の感情が好物という妖精にしてみれば、何もしなくても人が近寄ってくる容姿は願ってもない姿だ。
「おまえは人間の女が好きなだけだろう」
もっと身も蓋もないことを言ったのは、今使いから帰ってきたらしいマーレだ。気難しい顔でラーゴをひと睨みして溜息をついた。そんなマーレにラーゴは肩をすくめてみせる。
「マーレだってせっかく主とうり二つなんだから、もっと活用すれば」
ラーゴの言葉にマーレは今度こそあきれて溜息をついた。
その横顔はたしかにネーヴェとよく似ていたが、マーレはネーヴェから優しさを削ぎ落としたような容姿だ。
今もフィオリーナの視線に気付くと、ふいと顔をそらしてしまう。
「くだらない話をお嬢様に聞かせるな。ネーヴェに報告へ行くぞ」
マーレの有無を言わせない言葉に、ラーゴも「はいはい」と従う。なんだかんだ言って、ラーゴもネーヴェに従っているのだ。
ラーゴたちを見送ってから、フィオリーナは気になっていたことをアクアに尋ねた。
「アクアは……その、ネーヴェさんを女性にした姿なの?」
アクアたちがネーヴェの容姿を真似ているとすれば、女性型のアクアはネーヴェが女性だったらという形なのか。
フィオリーナの問いにアクアは少し笑った。
「そうとも言えますね。でも……わたくしは旦那様の記憶から作られているのです」
アクアはすこしだけ寂しそうに微笑んだ。
「わたくしは、旦那様のお母様を模しているのです」
ネーヴェが幼い頃亡くなったという当時の母親の面差しを知るのは、この世でネーヴェだけだろう。
子供の頃のネーヴェはたしかに妖精をよすがとしていたのだ。
フィオリーナがアクアの手を重ねると、ネーヴェの母と似ているというアクアは穏やかに微笑んだ。




