縁談が言うには
発端は自分のせいではないかもしれないが、家族や使用人にずっと気遣われているのも申し訳ない。
次第に部屋に引きこもるようになっていたフィオリーナに、その一報は届いた。
「……結婚?」
父の書斎に呼ばれてみれば、久しく顔を見なかった兄も控えている。何事かと身構えたフィオリーナに、父は困り顔で切り出した。
「ああ…急な話で驚いているのだが…」
相手は小さな領地の領主で、戦時中は魔導部隊に所属していた魔術師だという。戦功の褒賞として領地を与えられたらしい。今は魔術師の研究施設でもある“塔”と呼ばれる組織に籍を置いてはいるものの、社交シーズンでも領地に引きこもっている変わり者らしい。
その領地というのも、国の東側にあるザカリーニから見れば反対側、西の果てにあるオルミという辺境だ。ザカリーニからは一週間はかかるという。
「噂はあまり良くない。変わり者で頑固者。人付き合いも良くない」
父の説明を引き継いだ兄のアーラントは事務的に事実だけ述べた。穏やかな両親に似ず、このアーラントは真面目な仕事人間だ。無駄を嫌った説明は同情にも憐憫にも傾けられていない。
だが、アーラントの並べた評価は良くないものばかりだ。怪訝顔のフィオリーナに優秀な兄はすぐに付け足した。
「人付き合いが悪ければ、噂に疎いかもしれない」
なるほど中央の噂に疎ければ、フィオリーナの悪評に興味は無いかもしれない。
「年はおまえより年上の二十六歳。少し年かさだが、実家はカミルヴァルト侯爵家だ。自身も子爵位を持っている。侯爵は存命だが、今のところ彼以外にめぼしい後継者がいないから、ゆくゆくは彼が継ぐことになる可能性が高い」
カミルヴァルト家は国の西域に大きな領地を持つ、優秀な魔術師を排出する家だ。宮廷魔術師の頂点である師長が何人も連なっている。
「……そのようなお家柄の方が、どうしてわたくしのような者を望まれているのですか?」
魔術師の家系は特殊で、魔力の多さを重視すると聞いたことがある。フィオリーナは残念ながら魔術の才能どころか魔力もない。
「彼は元々、非嫡出子だ。娼婦に産ませた子供だったが魔力を持っていたので家に迎え入れたらしい。侯爵の親戚は彼を廃嫡にしたいんだ。魔力を持たないおまえと結婚させて、彼の嫡子としての有用性を無くしたいのだろう」
では、フィオリーナを望んでいるのは本人ではなく、彼を追い落としたい親戚ということになる。
魔術師の結婚は魔力を引き継がせることが目的となるので、当然のように双方に魔力があることを第一条件とされる。魔力を引き継がせるにはその体質が必要だからだ。
万が一、魔力を持たないフィオリーナが子供を産んでもその子供は魔力を持てない可能性が高くなる。
「ここからは私の憶測だが」と前置きしてアーラントは続けた。
「おそらく彼には家を継ぐ気がない。職を辞したのも、表舞台に立たないのも、親戚連中との軋轢を避けるためだろう。侯爵家に入ってからこれまで、うんざりするほど嫌味に囲まれてきただろうからな」
二十六という年齢を考えれば、物心つくころから数えても二十年以上、人の悪意にさらされていることになる。さすがにうんざりするだろう。この半年、同じような目に遭ったフィオリーナにも、その一端は想像できた。
「そもそも彼は自分で領地を持っているし、資料だけ見れば運営に問題はない。妙な趣味や嗜好があるかもしれないが、それはおまえが見て決めればいい」
アーラントの言葉にフィオリーナは思わず目を丸くした。
合理的な兄が、フィオリーナの意思を尊重しようとしてくれている。貴族の娘は家のために親兄弟に結婚を決められてしまうのが大半だ。選択の余地などない。シリウスとの婚約も父と兄が決めた。しかしそのときも、最終的にはおまえが決めなさいとゆだねてくれたのは、兄のアーラントだった。
事務的で冷たい印象の兄だが、不器用でもやっぱり優しい人なのだ。そういうところが妹として大好きだったことを、今更ながら思い出す。
「嫌になったら、私かロレンティナに手紙を出しなさい。このザカリーニより王都の方が近い」
他家へ嫁いで王都に住む姉のロレンティナならば、確かにすぐに迎えにきてくれそうだ。姉のロレンティナはフィオリーナを可愛がってくれていた。
「……このお話、お受けするかい?」
今まで黙って聞いていた父が心配そうだ。くだんの子爵という人がどんな人柄かもわからない。けれど、貴族の結婚は見知らぬ人との結婚がほとんどだ。それに、この父にこれ以上心労をかけるわけにもいかない。
「──はい。お受けしたいと思います」
フィオリーナは自分の中で何かが動き出すのを感じた。