従者が言うには
園遊会当日、早朝からアクアとホーネットに手伝ってもらい、フィオリーナは何とか支度を整えた。
あとはネーヴェがつけてくれるという従者を待つばかりとなったところで、アクアが来客を告げてくる。
「お初にお目にかかります。フィオリーナ嬢。ラーゴと申します」
そう挨拶し、大仰にフィオリーナの前で片膝をついてひざまずいて見せたのは、整った顔立ちの青年だった。
見た目はフィオリーナと同じ年頃のように見えたが、物腰はひどく落ち着いている。背は高く、ジャッケットとベストは派手なアイボリーにコットンのような白。けれど、彼の落ち着いた物腰と青みをおびたシャツに焦げ茶のタイで落ち着いた印象となっている。ラーゴと並べばさぞ目立つだろうが、深紅のドレスのフィオリーナを絵画のように引き立てると思われた。装いは完璧だ。
フィオリーナが挨拶に差し出した手に唇を近づける真似をすると、いたずらをするような顔でラーゴは微笑んだ。
従者としてなら信頼していいが、主人を危険な火遊びに誘うような危うい魅力を持つ青年だ。
これは油断してはいけないな、と世間知らずのフィオリーナでも感じたところで、朝食以来顔を見なかったネーヴェが現れた。
いつもの適当に着古した格好ではなく、珍しくきちんとしたベストとトラウザーズ姿だ。
糊の効いた白いシャツの腕にかけているジャケットもベストと揃いのダークグレー。赤ワイン色のネクタイまで整った装いで、華美ではないのにすっかり見慣れたゆるく右側に結った葡萄色の髪まで整って見える。フィオリーナはちょっとずるいと思ってしまった。フィオリーナの支度は、入念に下準備を整えた上で少なくとも三時間以上はかかったのだ。
「ネーヴェさんもお出かけになるのですか?」
フィオリーナの声にネーヴェはこちらへとやってきてくれた。
「フィオリーナが出かけるなら一緒に出ようと思いまして」
それほど広くはない応接間ではフィオリーナは豪奢な装いのため自由に動けない。そんなフィオリーナをネーヴェは頭から足先まで眺めた。やっぱり観察されているようだと緊張で首をすくめそうになっていると、ネーヴェはようやくフィオリーナに視線を合わせる。なんだかいたたまれなくなって、フィオリーナは質問を投げた。
「お仕事ですか?」
「ええ」
ネーヴェはうなずいてそれ以上は答えない。領地に関する大事な仕事なのだろう。
「いってらっしゃいませ。お気をつけて」
ただの同居人のフィオリーナが言えるのはこれぐらいだ。けれど、ネーヴェは思いのほか顔をほころばせた。
「はい。そちらもお気をつけて」
そろそろ時間だとアクアに告げられると、ネーヴェが外までフィオリーナをエスコートを申し出てくれた。
ネーヴェのエスコートは静かで丁寧だ。浮き足立っていた気持ちが馬車につく頃にはなんとか落ち着いてきた。
今回はアクアも付き添い人としてついてきてくれる。従者のラーゴはフィオリーナと二人きりになることは避けるためか、御者台に乗るという。
アクアが馬車に先に乗り、彼女が馬車の中を整えてからフィオリーナもようやく馬車に乗る。
ネーヴェの手を借りて装いを崩さないように乗り込むと、扉を閉める前にネーヴェが「フィオリーナ」と声をかけてきた。
馬車に乗るとネーヴェの方が少しだけ目線が低い。フィオリーナが少しかがむと、いつもは高い位置にある菫色の瞳がひどく近かった。
「お披露目という席ではありますが、楽しんできてください」
眼鏡の奥の瞳がとても穏やかで、フィオリーナの中にあった緊張がゆっくりとほぐれていく。
社交場は苦手だが初めてではない。けれど自覚できないほど怯んでいたのだろう。
フィオリーナはやっと肩の力が抜けるのを感じた。
「……はい。行って参ります」
フィオリーナの笑顔を確認するようにネーヴェはうなずくと、馬車の扉を閉めた。
席について小窓を覗くと、ゆっくりと走り出した馬車を見送っているネーヴェが見える。
そのことになぜか安心して、フィオリーナは向かいのアクアに向き直る。
「今日はがんばってみるわ。アクア」
そんなフィオリーナにアクアはいつものように美しい笑顔を向けてくれる。
「はい。お嬢様のご随意に」




