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初雪が言うには

 馬車が無事到着して本格的に勉強を始めたころ、初雪が降った。

 淡い綿毛のような雪は薄く庭木の葉を白くしただけで、昼間には溶けた。

 これからもっと寒くなれば次第に積もるようになるという。

 その前に、オルミの地域では精霊祭が行われる。

 オルミの精霊祭は王都の精霊祭とは違って祭りの日に村の広場で集まるという。

 その日ばかりで山側と海側の村から人々が集まって、振る舞われる料理を食べたり、焚火を囲んで踊ったりするらしい。

 舞踏会のようなものかとフィオリーナが尋ねると、ネーヴェは「そうですね」と笑った。

 精霊祭の日、どこが一番盛況かといえば村の公衆浴場に一番人が集まるらしい。


「村の家に風呂などありませんからね。普段は週に二度しか開放されませんし」


 祭りの日だけは一日中開放されるので、日頃の疲れを癒そうと領民が集まるらしい。


「精霊祭の日は休日にしましょう。根を詰め過ぎてもよくありませんから」


 テーブルの向こう側で本を見ながらネーヴェはそう言って微笑んだ。

 フィオリーナが精霊祭と聞いて目を輝かせたのを見逃さなかったようだ。

 

 ネーヴェはフィオリーナが家庭教師から習ったことの復習から始めようと言った。

 覚えていないこと、思い出せないこと、確実に身についていること、それらを丁寧に振り分けることにしたのだ。

 フィオリーナが学習したのは貴族の娘が嫁ぐため、女主人となるために必要な教養だ。会話で困らない程度の語学や古典、領地経営に必要な数学や地政学、社交の場でどのような人と話しても良い程度の歴史学。それからこれは父や兄が興味をもったフィオリーナに基礎だけ教えた経営学。

 その一環として、フィオリーナは父や兄によく領地視察に連れて行ったもらった。


 ザカリーニという土地は広くはないが、グラスラウンド王国の中では比較的温暖な地域になる。

 二つの山から注ぐ大きな河が領地を貫き、それに従うようにして麦畑とぶどう畑が広がる。ワインが有名で、父は毎日のように領主の畑を見て回る。

 普段、観光客が来るような場所ではないがワインの新酒が振る舞われる秋の収穫祭には、ワイン目当ての客で街の宿はいっぱいになるのだ。


 どのような場所かとネーヴェに尋ねられて答えると、彼は王都で購入した本からザカリーニ地域や周辺の気候や風土をまとめた本を貸してくれた。


「小論文の参考になると思いますよ」


 このようにネーヴェの講義はまずフィオリーナに問いかけ、その問いにフィオリーナが答える形が主だった。問題点をフィオリーナに探させて、分からないところはネーヴェが答えてくれる。

 与えられた問題を解くというより、フィオリーナが問いを探すのだ。

 ネーヴェは、というと応接間でフィオリーナの前で仕事をしながら問いに答える。


「お忙しいのですから、書斎に戻られては」


 フィオリーナがそう心配になって提案してみるが、ネーヴェは軽く笑っただけだった。


「勉強は仲間がいた方がはかどりますよ」


 たしかに内容は違うがネーヴェが机に向かっていると思うと、フィオリーナも自然とその時間は集中できる。

 この方式は意外にもカリニに好評だった。


「旦那様は一度集中するとお食事もお忘れになるので」


 フィオリーナがそばにいることで加減をするのだと言う。指摘されたネーヴェは「気を付けるよ」と苦笑した。


 今日のネーヴェは数字ではなく何やら図面を引いている。

 質問のついでに何の図面かと尋ねたが、ネーヴェはいたずらっ子のように目を細めて笑っただけだった。


「当日まで秘密です」



            ▽



 翌日はネーヴェが村に用事があるということで、入れ替わりにミレアが来てくれた。

 自習を一区切りして、ミレアとお茶にしましょうとホーネットが用意してくれて、ミレアとふたりで菓子箱を開けた。

 お土産のメレンゲ菓子は保存箱に入れてもらったおかげで、きちんと食べられる状態だった。

 それが心配だったのだと言うとミレアは笑った。


「へぇ、これが王都の精霊祭の菓子かい」


 カリニが入れてくれた紅茶を飲みながら、暖炉の入った応接間でお菓子を頬張る。

 さくさくとしたメレンゲは口の中であっという間に溶けて、甘い香りと味が透明な雪のように広がる。不思議な食感のお菓子なのだ。


「美味い! なんだろうね、冷たくないのに甘い雪みたいだ」


 ミレアの感想が正解だろう。「本当ね」と笑い合う。

 そういえば、とミレアは応接間を見回した。


「領主さんはお出かけかい」


「ええ、村で用事だとか」


 フィオリーナの答えに、ミレアは「ああ、そんな時期か」とうなずいた。


「風呂屋のじいさんがそろそろ来てくれないと困るってぼやいてたんだよ」


「お風呂の?」


 精霊祭に公衆浴場が開放されるとネーヴェが言っていた。

 そのことかとミレアに問うと彼女は「それだよ」と笑った。


「この時期にボイラーがどうとか、そういうのを領主さんが直すらしいよ」


 本当は業者を呼ばなくてはならないらしいが、ネーヴェは技師の資格も持っているという。


「……あの方にできないことってあるのかしら」


 フィオリーナが思わずつぶやくとミレアは大笑いした。


「あるに決まってるじゃないか!」


「まぁ、それはどんなこと?」


 ミレアは苦笑してフィオリーナをじっと見たかと思えば、


「教えてやってもいいけど、あとで怒るだろうからなぁ」


 そう言ってミレアは「そうだ」と手を叩く。


「今日はちょっと時間があるんだろ? じゃあ行ってみないか」


「どこへ?」


 不思議そうな顔のフィオリーナをミレアはにやりと笑う。


「男を困らせてこそ、女ってもんなんだよ」




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