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キノコが言うには

 船旅と陸路を経て、オルミ領に着くとすっかり冬を迎えていた。

 森の木々や下草はくすんだ色に変わっている。

 冬用のドレスだけでは少し寒いぐらいで、フィオリーナはさっそく母が新調してくれたコートを着ることにした。すぐ必要になるかもしれないとネーヴェが助言してくれて良かった。おかげで手荷物のトランクに入れておけた。


「あと数日で雪が降りそうですね」


 木々の隙間から重苦しい雲が漂う空を見上げて、ネーヴェは呟くように言った。彼もオルミへ帰って早々にカリニにコートを用意してもらったようだ。深い灰色のコートは分厚く頑丈そうで、痩身の見た目ほど儚くないネーヴェによく似合っていた。 

 午前中はネーヴェの講義を受けて、今日は午後からキノコ狩りに森へ行くというのでフィオリーナもついていくことにしたのだ。

 領主宅からほど近い森は常緑樹も多いが落葉樹も多くあって、落ち葉が積もっている。枯れ木のそばや草むらに出来た不思議な円状の空き地を見つけて、ネーヴェはキノコを採った。

 不思議な形のキノコや香りが良いとされる高級品まで、ネーヴェはすぐに見つけるので不思議に思っていると、キノコは自分たちの好きな場所というものがあって、それを覚えているのだという。


「この森は領主の森だそうで、昔は領主一族しか入れなかったそうです」


 今はネーヴェが領民にも開放しているそうだが、領民たちはネーヴェにキノコの採取場所を教えてくれるらしい。


「木の根元にできる草の生えない場所は妖精の踊り場と呼ばれているのですが、地中にキノコがあるんですよ」


 妖精と聞いて目を輝かせたフィオリーナに、ネーヴェは「ええ、いますよ」と笑った。


「遊んでいるだけですから、そっとしておいてあげましょう」


 秘密を打ち明けるように言われては、またネーヴェにしか見えない妖精たちを見たいとは言えない。フィオリーナも小声で「はい」と微笑んだ。 

 


 残りの荷物を積んだ馬車は二日後にはオルミにやってくるという。

 本格的な勉強は馬車の荷物である本が届いてからになるが、手荷物の荷解きが済んだ翌日からネーヴェはフィオリーナに手始めにどういったことを勉強するのかという説明をしてくれた。

 必要な知識、学力とされている一般教養はグラスラウンドでは八科、ハルディンフィルドでは九科ある。語学、数学、哲学、天文学、史学、法学、物理学、芸術で八科、それに魔術基礎を加えて九科となる。

 語学は言われるまでもなくハルディンフィルドの国語だ。史学はグラスラウンドでは王国の歴史が主になるが、ハルディンフィルドの試験ではかの国の歴史も学んでおかなければならない。

 魔術基礎は魔術が一般的なハルディンフィルドでは子供の頃から学ぶ基礎的な学問で、高等教育終了程度の知識が求められる。

 出題範囲のあまりの広さにフィオリーナは途方に暮れてしまったが、ネーヴェはなんでもないことのように笑った。

 出題範囲はあくまでも範囲だから、それを過去の試験問題と照らし合わせて絞り込むことも試験勉強なのだという。

 フィオリーナの場合、そもそも学生であったことがないのでまずは基礎的なことからになる。本が届くまで、フィオリーナは小論文に取り掛かることにした。

 フィオリーナから見たザカリーニについて書き出してみては、とネーヴェから提案されてそれを試みている。これがなかなか難しい。客観的に書こうとしても生まれ育った土地についてはどうしても主観になってしまう。


「フィオリーナ」


 森の道を歩きながら思い悩んでいたフィオリーナをネーヴェが手招きしている。

 慌てて追いつくと、彼の足元に丸型のこんもりとしたキノコが生えていた。見た目は、王都で買い求めたメレンゲのお菓子に似ている。


「このキノコは?」    


 フィオリーナの問いにネーヴェは何のためらいもなく答えた。


「毒キノコです」


「え!?」


 驚くフィオリーナをよそにネーヴェは懐かしそうに笑った。


「お菓子に似ているみたいですね。食べるとひどい腹痛になります」


 可愛い見た目に反して危険なキノコのようだ。それにしてもまるで食べたことにあるような口ぶりだった。


「……もしかして、食べてしまったことがあるのですか?」


「ええ」


 ネーヴェは笑って肩を竦めた。


「軍人時代、食事当番の部下が誤ってスープに入れてしまったんです」


 それは大惨事だ。青ざめたフィオリーナにネーヴェは「仕方なかったんですよ」と苦笑する。


「兵站…食料が本当に足りなくて、空腹に耐えかねたのでしょうね。携帯食は堅くて水が無ければ食べられませんし、温かいスープは唯一の食事の楽しみだったんですよ」


 他にもたくさん失敗をした、とネーヴェは森を歩きながら話してくれる。


「生水に当たったり、ウサギを獲ったはいいものの誰も捌けなかったり」


 なにせネーヴェの部隊のほとんどは今まで山で暮らしたこともない貴族の子息たちだった。知識があっても自分で獣を捌いたことなどない年端もいかない者ばかりだった。


「火のおこし方から魚釣りまで、本当にいろいろな人に教わりましたよ」


 全部を知っている者はいないが、大勢の人にひとつずつ尋ねれば知識は膨大な束となる。


「あなたも、たくさんの人に尋ねてくださいね。きっと教えてくれますから」


 眼鏡の奥で菫色の瞳が穏やかに細くなる。

 ネーヴェはそうやって知識を身に着けて、今の豊かな見識を得ている。フィオリーナも彼のように学んでいけば、ネーヴェの視点を知ることができるかもしれない。

 フィオリーナが望んでいることの一端が見えた気がした。



 ネーヴェといっしょにキノコを収穫して戻ると、ホーネットが早速キノコスープにして夕食に出してくれた。


「……今度、スープの作り方を教えてくれないかしら」


 食後の紅茶を飲んでいる最中にホーネットにそう言うと、彼女はふくよかな顔で笑った。


「ええ、もちろんです。美味しいスープを作って旦那様をびっくりさせましょう」


 ホーネットとのやりとりに、向かいでワインを飲んでいたネーヴェが苦笑する。


「私に聞かれてしまっては、あまり意味がないのでは?」


 きっと彼は驚いてくれる。フィオリーナには確信があった。


「どんな味になるのか、わたくしも想像できないですから、きっと驚きますよ」


 フィオリーナがそう言って笑うと、ネーヴェとホーネットも「それは楽しみだ」と笑ってくれた。




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