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建前が言うには

 留学の話を聞いた父と母は驚いたが、フィオリーナが決めなさいと言ってくれた。


「ハルディンフィルドへ行くのも良い経験になると思いますよ」


 認めはしたものの渋い顔の父のとなりで、母は朗らかに微笑んだ。


「貴族の娘が留学なんて、きっとこの機会でもないと得られない経験だわ」


 わたくしが若ければもちろん行くわ、と母は笑う。


「フィオ」


 決めかねるフィオリーナに母が言う。


「わたくしたちの心配はいらないわ。あなたの人生なんだもの。やりたいことを考えてごらんなさい」

 


 フィオリーナの望みなら、ある。

 もう一度ネーヴェに会うことだ。

 あなたのおかげでこんなに幸せになったと見せる──建前だ。

 ただもう一度ネーヴェの前に立ちたい。できれば何か成果を持って。

 そのために留学を利用して良いのだろうか。

 ネーヴェと別れた自分が可哀そうで泣く時間はもう過ぎた。

 今度はもう一度会うことを考えたかった。



 冬枯れのザカリーニ邸の庭にはうすぼんやりとした空が垂れ込めて、フィオリーナの浅ましい悩みを表しているようだ。

 庭師を見つけて何か手伝いをと思って、庭に出てきたが今日の作業は終わってしまったようだった。

 もともと冬の庭仕事は少ない。寒空の下に留まっているのはフィオリーナぐらいだろう。

 オルミの庭のように日傘はいらないが、見慣れているはずの小径が今日は妙に広い。


「フィオリーナ嬢!」


 聞き覚えのある声に振り返ると、長身の伊達男が庭を突っ切ってやってくるところだった。


「こんなところに居たのか」


「ご無沙汰しております、ラザルノ卿」


 驚きつつも挨拶を返すフィオリーナに、クリストフは不思議そうな顔をした。


「ネーヴェは一緒じゃないのか?」


 さすがネーヴェの悪友だ。言いにくいことをずばりと言ってくるところは、本当にネーヴェとよく似ている。フィオリーナが言葉を詰まらせると、クリストフは構わず続けた。


「君が留学生候補になったのは知っている。どうして行かないんだ?」


 フィオリーナも昨日聞いたばかりだというのに、どういう早耳をしているのか。思わずクリストフを見上げると、彼はさも当然といわんばかりに肩をすくめる。


「だからどうしてこんな所で燻っているんだ。さっさと決めてしまえ。ハルディンフィルドへ行きたい奴なんかごまんと居るんだぞ」


 たしかに大国ではあるが、フィオリーナの行きたい場所は別にある。


「……わたくしが決めかねているのに、どうしてこちらへ?」


 つい恨みがましくなってしまったのはクリストフの言動がネーヴェに似ているせいだ。しかし拗ねるフィオリーナを宥めようともせず、クリストフはあきれ顔をした。


「君が留学を決めると思ったから、その教師を探してきてやったんだ」


 感謝してくれ、と傲慢にクリストフが言うには、ハルディンフィルドへの留学はただ観光をしにいくように言葉だけ分かればいいものではない。語学に加えて、名門大学への編入試験を受けなければならない。試験は来年の春。留学をするなら今から猛勉強をしなければならないのだ。


「幸い俺にはいい伝手があってね。そいつならハルディンフィルドの母国語からスラング、大学の編入試験レベルなら教える資格も持っている」


 それほど優秀な人物なら他の留学生候補も師事するはずだ。フィオリーナのような語学の基礎しか知らないような娘を教え子に加えてくれるとは思えなかった。

 思いついたことをそのまま伝えたフィオリーナの反論にも、クリストフはにやにやと笑う様子を崩さなかった。


「偏屈な男だからな。花の王都まで来ておきながら、お姫様の護衛が済んだら家に帰るなんて言う朴念仁だ。──君もよく知っているだろう?」


 そんな、と目を見開くフィオリーナをクリストフは笑った。


「あいつなら生徒は君しか受け入れない。さぁ、どうする? フィオリーナ嬢」


 そんな人は、この世でひとりしか知らない。

 フィオリーナがクリストフを睨みつけると、面白がるように彼は口の端を上げる。


「善は急げだ。今日には領地へ帰るはずだから、すぐ行こうか」


 準備を、というクリストフに、フィオリーナは叫んだ。


「今すぐ参ります!」



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