推薦が言うには
舞踏会を終えた王都は本格的な冬の準備に入る。
精霊祭のにぎやかさもそこそこに、雪が降り始めるからだ。
ザカリーニ邸も領地へ帰る準備を始めた。父は領地へ帰らなければならないし、王都よりも冬はザカリーニの方が過ごしやすいからだ。
父も母も休んでいいと言ってくれたが、フィオリーナは泣き腫らした目のまま帰郷の準備に取り掛かった。
ネーヴェはフィオリーナに幸せになってと言ってくれたのだ。
それが泣いて過ごして手に入るものではないことは、今のフィオリーナにはわかっている。
やっと目の腫れもおさまってきて母と帰る前に八番街へ行くことを相談していると、使用人が来客を告げた。
「お忙しいところ、お時間を作ってくださりありがとうございます。フィオリーナ嬢」
そう言って応接間で挨拶したのはカスケードだ。精霊祭で大学の研究室が休みになり、教授としての授業もないので王都の研究所にやってきたという。
「本来なら先触れを出すべきでしたが、そろそろ帰郷の準備をされているかと思いまして急いでしまいました」
「お気になさらないでください。お越しいただいて嬉しいです」
意外な来客だ。もしかするとネーヴェを尋ねてきたのかもしれない。そう思ってフィオリーナが口を開きかけるが、カスケードは一通の手紙を取り出してテーブルに置いた。
「今日はあなたにお知らせをお持ちしたのです。ぜひご検討いただきたく」
どうぞ、と手紙を渡されて、フィオリーナはこの場で読むことにして控えていた執事に手紙を開けてもらう。
受け取って読んで、驚いて手紙を落としかけた。
「留学…?」
手紙は、フィオリーナを留学生として推薦するというものだった。
行先はハルディンフィルド国立大学。
世界でも有数の学術都市にある名門校だ。
「……申し訳ありません。何かの間違いでは…」
グラスラウンド王国にも国立学校はある。しかし、フィオリーナはその高等教育も受けていない。
「もう確定事項なのですでにお聞き及びかもしれませんが、イズベラ殿下がハルディンフィルド第二王子とご婚約されていることはご存じですか?」
もう二度と関わり合うこともないだろうと思っていた第三王女殿下の名前を聞いてフィオリーナは内心身構えた。だが、カスケードはフィオリーナの事情など知るはずもない。カスケードの話の続きをフィオリーナはうなずいて促した。
「イズベラ殿下のご成婚が三年後に決まり、事前の親善交流の一環でハルディンフィルドが我が国から留学生を受け入れることとなったのです」
ハルディンフィルドは男女共に一定水準の学力を身に着けることが一般的だが、グラスラウンド王国で高等教育を受けるのはまだ一部の学徒に限られている。
さらに言うのならフィオリーナのような貴族の娘は十代のうちに結婚してしまうことがほとんどなので、学校というものに通うことさえ稀だった。
フィオリーナも家庭教師について学んだが学校へ通った経験はない。
「実を言えば、ハルディンフィルドからの申し出はグラスラウンド王国の女性にとってはありがたいことなのです。……恥ずかしながら私が在席する大学でも、女性の受け入れを拒否する教授も未だに多く、私が受け持った女子生徒もさまざまな事情で辞めていきました」
ハルディンフィルドへの留学はこれまで男子学生に限られていた。
王女の成婚前の親善交流を皮切りに、カスケードは女子学生に留学の道を開きたいのだという。
カスケードは「そこで」とフィオリーナをまっすぐ見つめる。
「恐れながらフィオリーナ嬢を留学生候補として推薦させていただいたのです」
フィオリーナは事情はあるものの未婚で、ザカリーニという伯爵家の出で困窮とは程遠い。
「学習機会というなら、フィオリーナ嬢はまたとない時間を得られている」
たしかに今のフィオリーナはこれからのことを考えなくてはならない。それを学習機会と呼ぶならそうなるだろう。
「……ですが、どうしてわたくしを?」
フィオリーナはカスケードの生徒でもないのだ。機会を与えるなら彼の生徒こそがふさわしいのではないだろうか。
だがカスケードは穏やかに微笑んだ。
「確かにあなたとお話した時間は短いが、私はあなたが大学の学生に劣っているとは思いませんよ。学ぶということは知識を蓄えることではなく、問いを見つけることなのです。あなたには自分の疑問をきちんと自分で考えて問う力がある。それは新しい場所で学ぶには必要なことです」
問う力というものがどういうものかは分からない。
ただ、フィオリーナは何も考えない人形にはなれなかった。
「難しく考えなくて良いですよ。フィオリーナ嬢の他にも候補はおりますし、留学というものに興味をお持ちになられたら、ぜひご連絡ください」
カスケードはそう言って席を立とうとするので、フィオリーナは最後に「もうひとつだけ」と質問を投げた。
「わたくしの他にも候補がいるということですが、その選別はいったいどなたが?」
誰でも受け入れる推薦ならカスケードはやはり自分の学生を推薦すると思われたからだ。だからカスケードも心得たように答えてくれた。
「今回の候補は貴族の中から、ということなので、第一王子殿下の選別と伺っております」




