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パレードが言うには

 常連客用だという出口から店を出ると、ネーヴェは「すみません」と苦笑した。


「騒がしくて」


「いいえ、助けていただけましたし」


 フィオリーナはなんだか可笑しくてたまらなくて、笑い出してしまった。

 本当にたくさんの人がネーヴェを助けてくれるのだ。それは彼がそれ以上に心と労力をかけているからだろうし、ネーヴェへの恩を返そうという人がこんなにもいることが嬉しかった。

 ネーヴェからの謝辞をオネストとエルミスは当然のように受け取って、きっとネーヴェは彼らのことをこれからも救うのだろう。

 彼らの関係を羨ましくもあったが、それ以上にネーヴェが大切にされていることが嬉しい。


(ネーヴェさんは気付いているのかしら)


 彼は悪意は容易く退けるが、慕われていることに疎い。    

 それは生い立ちなのか、性質なのか。ネーヴェは親愛が簡単に裏切りに塗り潰されるような場所に生きてきたのだ。

 フィオリーナの下心を含む親愛を受け取ってもらえなくても仕方ないようにも思えた。

「ああ、そうだ」とネーヴェがフィオリーナの耳元に唇を寄せてきた。

 まるで恋人が何気なくキスをするような仕草にフィオリーナは一瞬で固まってしまう。だが、ネーヴェが囁いたのは甘い言葉ではなかった。


「さきほど聞いた話はくれぐれも秘密にしてくださいね」


 先ほどの話、というのはクリスタルブルーの君についてだ。


「でも、覚えておいて損はありませんよ」


 吐息にくすぐられるようにして、思わずネーヴェを見遣ると至近距離で菫色の瞳が笑った。それはいつもの優しい笑みというよりは企みに満ちた目だった。フィオリーナにはあまり見せてこなかった悪い面のネーヴェだ。

 あの話がどのように活用できるのかは考えたくもなかったが、フィオリーナは辛うじてうなずく。それを確認するとネーヴェはようやく離れてくれた。そばにいられることは嬉しいが、あまり近すぎるとフィオリーナの心臓がもたない。

 フィオリーナの乱高下する気持ちも知らないで、ネーヴェはフィオリーナの手を取る。


「では、改めて行きましょうか」




 精霊祭のマーケットは先ほどよりも人が増えてきたようだった。

 あと三日で最終日というこの日は、王家主催の舞踏会を終えて領地に帰る予定の貴族も繰り出すからだろう。家族連れや恋人同士で広場が埋まっていた。

 資金はたっぷりあるからというネーヴェと共にマーケットの往来に入った。

 オレンジピールが入っているというホットワインを手始めとして、胡桃やアーモンドの入ったクッキー、焼き立てのソーセージを挟んだパンを食べたあと、まだ席に空きがあるというサーカスのテントに入った。

 空中ブランコに手品、猛獣使いにピエロの玉乗り、大道芸に喝采を送ってテントを出ると、夕暮れに合わせて灯りがともされ、サーカスのパレードが始まっていた。

 きらめく明かりに大きな人形や動物の布張りのハリボテが大げさな動きで楽隊と練り歩く。

 フィオリーナもこの半年、あんな風に悪女として踊っていたようなものだ。

 見物客に交じってパレードを見送ってネーヴェを見上げる。       

 あの騒がしくも輝いた日々がもう過去のものになっている。

 蜃気楼のようにも感じるネーヴェと過ごした日々が、いつか綺麗な思い出になるのだろうか。

 パレードの背中を見送って、ネーヴェの手を取ると柔らかく握り返された。


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