二人の宝石商が言うには
エルミスが入れ直した紅茶を飲んでから、ネーヴェとフィオリーナを特別な客のための出入り口から見送って息をついていると、隣からも同じような溜息が聞こえた。
(そうだった、エルミスがいるんだった)
奇妙な緊張を吹き飛ばしたのは、エルミスだった。
「──私ね、フィオリーナ様のこと大好きなの」
思わずエルミスを見つめた。
驚いたからだ。
「……正直言って、あまり好きではないと思ってたよ」
「やっぱりね。そう思ってると思った」
そう言ってエルミスはからからと笑う。
エルミスはフィオリーナに会ってから少し変わった。
宝石商として、母親として忙しい日々の中で埋もれていた、本来の勝気なエルミスが戻ってきたのだ。
エルミスがフィオリーナを人間的に嫌うとは思わなかった。
人柄の問題ではない。フィオリーナはエルミスが失くしたものをすべて持っている。
どんな綺麗ごとを並べたところで、嫉妬しないはずがないと思われたからだ。
必ず怒ると思ってこんなことは口にしなかったが、本当のことを言えばネーヴェからの依頼は断ろうと考えたことがある。
当初、どういう経緯か知れなかったがネーヴェが悪女を引き取ったという話であったから、ネーヴェを助けるつもりでオルミ領へ向かったのだ。
だから、悪女という噂がデマだということを知ってから、関わることは止めようかと考えた。そんなオネストを引き留めたのは、他でもないエルミスだ。
フィオリーナを応援したいからできるだけのことがしたいと、宝石の貸し出しに渋っていたオネストの父を説得したのだ。
「そりゃあ、羨ましいわよ。私に無いもの全部持ってるんだもの」
でもね、とエルミスは笑う。
「あのお嬢様は隊長と本音でぶつかった私のことが羨ましいって言うのよ」
そう言ってエルミスは空に向かって笑った。
「笑っちゃうでしょ」
それは笑える話だ。
オネストも出入り口から空を見上げる。冬らしい薄曇りの空は相変わらず暗いが、うっすらと光が遠くに見えた。
「隊長には世話になったしね。私たち、あの人のおかげで今生きてるようなものでしょ」
それは38小隊で生き残った全員が言えることだった。
魔術の才能があるだけの寄せ集めの子供たちを、あの天才は新たな魔術を開発することによって死神部隊と呼ばれる魔術師部隊に仕立て上げたのだ。
それでも多くの仲間は戦場で死んだし、生き残りも各地に散って消息が分からない者も多い。
戦後のネーヴェは彼らのひとりひとりの行方も追っていたと聞いている。
それに、とエルミスはオネストを振り返る。
「幸せになってほしいって思えることが嬉しいの」
昔のように笑うエルミスを眺めて、オネストも笑う。
あの二人を見ていると、お互いがお互いに必要なのだと分かる。
「うまくいくといいんだけど……隊長のことだからな」
ネーヴェは自分が幸せになろうとは微塵も考えていない節がある。
「それをうまくいかせるのが周りの人間の力なのよ」
自信満々に言うエルミスがおかしくて、オネストは声を上げて笑った。
人の幸せを願えるほど、幸せなことはないのだ。




