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応接間が言うには

 舞踏会の翌日、ネーヴェが王城からの手紙を受け取ったと言って出かけてから姉がザカリーニの本宅にやってきた。  


「せっかく評判のあなたのお相手のお顔を見に来たのに」


 舞踏会にも参加していたはずの姉はひとりでやってきたのだ。

 姉のロレンティナは好奇心をいっぱいにした焦げ茶の目で応接間を見渡した。侯爵家に嫁いだ姉は、広い領地を持つ侯爵家を取りまわす女主人であり二児の母だが、デビュタントを終えたばかりの少女のように噂好きだ。

 メイドが用意してくれた紅茶を注いで姉にカップを差し出して、フィオリーナは苦笑する。


「ごめんなさい。お忙しい方なので」


 ネーヴェが多忙であるのは心配だったが、とつぜんの手紙が来なければ早々にザカリーニ邸から引き上げると言っていたのだ。まだ荷物は置いてあるのでネーヴェはここに帰って来る。

 ネーヴェにとってはトラブル以外の何物でもないだろうが、彼といられる時間がすこしでも延びたことは喜ばしいことだった。現金なことだと自分でも呆れてしまう。


(でも、計画は終わったのだわ)


 フィオリーナが社交界に復帰した以上、噂はどうあれ噂の悪女となるという目的は果たされた。

 ネーヴェは何も言わないが、フィオリーナを置いてこの家を発つというのだから、そういうことなのだ。


「それで? オルミ卿とお別れするってどういうことなの、フィオ」


 ロレンティナの鋭い視線を受けて、フィオリーナは自分の発言を早々に後悔した。

 この姉にはフィオリーナが悪女となる計画を教えていない。兄に口止めされたのだ。

 ロレンティナは姉ではあるが、他家に嫁いでいる。口の軽い人ではないが、夫から聞き出されれば計画が漏れてしまう。協力者以外にフィオリーナの計画を知る者はザカリーニ家にいる者だけで共有しようというのが、父母と兄、そしてネーヴェとの約束だった。

 だから計画を終えてこの家を発つというネーヴェとの関係の言い訳に、


「……け、ケンカをしてしまったのです」


 できもしないことを言ってしまったのだ。


「どんなことでケンカをしてしまったというの? あなたに優しい方だと聞いているわよ」


 お母様から、と言うロレンティナの情報収集能力を甘く見ていた。

 フィオリーナは嘘を急いで仕立て上げなければならなかった。


「き、昨日のことで……」


「舞踏会で何かあったの?」


 ロレンティナの追及にフィオリーナは内心歯噛みする。

 昨夜の舞踏会では嫌なことなどひとつもなかった。人生でいちばん幸せだと思えるほど幸せだった。


「わ、わたくしが、ダンスで足を踏んでしまって…」


「まぁ、ダンスで女に足を踏まれるなんて間抜けもいいところだわ」


 ロレンティナの呆れ顔に、フィオリーナはついムッとしてしまう。


「……ネーヴェさんはダンスもお上手な方です。エスコートも完璧で」


「その完璧な紳士があなたを怒らせたのでしょう? その理由を言ってみなさい」


 ロレンティナの得意げな顔でフィオリーナは気付いてしまう。


(わたくしが嘘をついていると分かっていらっしゃるのだわ…)


 話術に長けた姉を騙せるはずもなかったのだ。

 後悔先に立たずとはこのことで、いっそ計画まで白状してしまおうかと諦めかけたフィオリーナに、脇に控えていたメイドが「お嬢様」と声をかけた。


「お帰りになられたようです」


 明らかに劣勢のフィオリーナを見かねたのか、古参のメイドはそう言うと応接間のドアを開けた。

 すると、コツと控えめな靴音と共に長身が応接間に通された。


「……お待たせしたようで、──どうしました? フィオリーナ」


 今朝慌ただしく出かけたジャケット姿のまま、ネーヴェが不思議そうにフィオリーナを見遣った。

 見慣れた眼鏡の奥の菫色の瞳にフィオリーナはホッと息をつく。


「あら? ケンカ中だと聞いたのだけど?」


 ロレンティナの言葉にネーヴェは「ケンカ…」と呟いて、フィオリーナを一瞥すると姉に向き合った。


「……お恥ずかしながら、私が至らないばかりにフィオリーナを不快にさせてしまったのです」


 胸に手を当てて目を伏せたネーヴェはいかにも傷心した様子に見えて、姉も「まぁ」と大きく声を上げた。ネーヴェは姉に向かって続ける。


「弁解のために、フィオリーナをお借りしてもよろしいでしょうか?」


 しおらしいネーヴェに納得したのか、姉はもっともらしくうなずいた。


「それなら良い案があるわ。──貴族街の広場に精霊祭のマーケットが開かれているの。気分転換に行ってみるのはどうかしら」


 フィオリーナは昔からマーケットに合わせてやってくるサーカスが好きで、と恥ずかしい過去まで暴露されそうになる。ロレンティナのおしゃべりを止めるためにフィオリーナは声を上げることにした。


「そ、それは良い案です。さっそく準備いたしますね!」


 そそくさと席を立つと、「フィオリーナ」とネーヴェに呼び止められる。


「ありがとうございます」


 わずかに微笑んだネーヴェを見ると知らずと頬が熱くなる。

 お礼を言わなければならないのはフィオリーナのほうだ。察しのいいネーヴェにまた助けられた。

 けれど上手な返し方など出てこなくて「はい」とだけ言って部屋を出た。




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