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拍手が言うには

 裏庭から会場へ戻ると、ネーヴェはフィオリーナを交流の場に戻した。

 人々に囲まれてもフィオリーナのそばを離れなかったものの、ネーヴェはほとんど口出しはせず影のようにそばにいるだけだった。

 おかげで悪女のフィオリーナが噂の婚約者と現れたという話になって、この茶番劇じみた悪女の噂は一応の終息を迎えた。

 それほど舞踏会に招待される効果は絶大だったのだ。

 もう一度落ち合ったリカルド夫妻からも同じような動向を聞いて、フィオリーナはようやく自分が貴族社会にふたたび戻ったのだということを思い知った。


「あれが噂の?」


「悪女というには婚約者と仲睦まじいような」


「あれではまるで悪魔にさらわれた清楚な姫のようではないか」


「噂はあてにならないものですな」


 あれほど大きく聞こえていたはずの人々の言葉が今は霞むほど遠い。

 かたわらのネーヴェを見上げると彼も苦笑した。噂というものは本当に川の流れのようなものなのだ。

 広まったフィオリーナの噂は消えることはないだろう。

 けれどフィオリーナはもうその噂に振り回されることはない。

 フィオリーナは悪女であり、自分自身も取り戻したのだ

 そしてネーヴェをこの場に連れてくるという約束も果たすことができた。

 黙っているだけで注目を浴びるネーヴェのことだ。これから彼は忙しくなる。



 ネーヴェとはもう一度だけ最後のワルツを踊ることになった。

 最後の曲になるともうホールを見ている人も踊る人もまばらで、王族たちも皆引き上げてしまっている。

 穏やかなワルツに乗って、ネーヴェの手をとってステップを踏む。

 この人と踊るのは、これが最後になるだろう。

 手をわずかに握りしめると、大きな手も握り返してくれる。

 抱き寄せられると、胸元にすがりつきたくなる。

 それを堪えてわずかに額を寄せると、そのまま抱きしめるように引き寄せられた。

 心のままに甘えたくなる。

 きっとそれを許してくれる。


(でも、しない)


 ネーヴェがフィオリーナの手を離すように、フィオリーナもネーヴェの手を離すのだ。

 最後のワルツが静かに終わる。

 拍手が沸き起こるなかで、ネーヴェがフィオリーナの両手をとった。

 何度見上げたかわからない菫色の瞳が穏やかに微笑んでいる。

 ネーヴェが幸せならそれがフィオリーナの幸せだった。

 万雷の拍手が降る中で、フィオリーナも微笑み返した。


          ▽


 帰りの馬車ではすっかり疲れて眠ってしまったが、フィオリーナが起きるといつの間にか向かいに座っていたはずのネーヴェが隣に座っていた。

 もしかしなくても、眠ってしまったフィオリーナを支えてくれていたのだ。


「……申し訳ありません」


 身を起こすと肩に何かがかけられていた。ネーヴェの上着だ。


「よく眠っていたので。疲れましたね」


 そう言うネーヴェに笑ってフィオリーナが上着を返そうとすると、ネーヴェは軽々と重い上着を引き上げる。

 そしてフィオリーナを姿をしげしげと眺めた。

 穴が開くほど眺められているとさすがに緊張してくる。

 フィオリーナの緊張が限界に達してきたところで、ネーヴェは笑った。


「言い忘れていました。──綺麗ですよ、フィオリーナ」


 今日は特に、と言われてフィオリーナは笑ってしまった。


「私も緊張していたんですよ。とうとうあなたに正体がバレてしまったんですから」


 早口でそう言って苦笑するネーヴェが可笑しくて、温かい気持ちになる。


(この人を好きになって良かった)


 綺麗で怖くてめちゃくちゃで、この優しい人がネーヴェで良かった。


「……ありがとうございます、ネーヴェさん」


 この日にこの姿で会えるのがネーヴェで良かった。

 ネーヴェにこそ見せたい姿だった。

 彼の目にはフィオリーナが一番美しい姿で映っていたかった。


 そのためなら、フィオリーナの気持ちはけっして伝えなくていいのだから。




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