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ワルツが言うには

 フィオリーナが泣いたことはすぐに母や父に知られることになってしまい、ネーヴェはお針子やメイドたちに怒られた。

 目をすぐ冷やしたのが良かったのかどうにか化粧を直すことができたが、できなければネーヴェは舞踏会の会場で会うかもしれないベロニカにも大目玉をくらったことだろう。

 どうにか頭を冷やせたところで馬車に乗り込んだ。

 見送りに出てくれた母は笑って、


「楽しんでいらっしゃい」


 そう背中を押してくれた。


「フィオリーナをよろしくお願いしますね。オルミ卿」


 笑顔の母にすごまれたネーヴェは、居心地が悪そうに「承りました」とフィオリーナの手を取った。



 デビュタント以来に訪れた王城は記憶のまま煌びやかだった。

 招待状を案内係に読み上げられて会場へと入ると、ざっと音が鳴るような人々の注目を浴びたのは気のせいではないだろう。

 特にネーヴェを見る人々の視線は興味や羨望、嫉妬に恐怖と本当に多種多様だ。

 舞踏会は国王の宣言で楽隊の曲が始まる。それまでは歓談を楽しむものだが、ネーヴェとフィオリーナの周りには誰も近寄ってこなかった。

 けれど「オルミ卿」と声をかけられて振り返ると、素晴らしい体格の偉丈夫と優しそうな女性が微笑んでいた。

 偉丈夫は長めの癖の強い髪をリボンでまとめて、勲章付きの軍人の礼装をまとっている。

 色はネーヴェと同じ黒だった。

 既視感はあるが思考が追い付かない。


「お久しぶりね、フィオリーナさま。またお会いできて嬉しいわ」


 そう言って、落ち着いた淡い黄色のドレスで微笑む女性は確かにコルネリアだからだ。


「……だから人を混乱させるような格好はやめろと言っているんですよ」


 ネーヴェの悪態に偉丈夫は岩が破顔するように口の端を引き上げる。 


「この姿の私はゴベルト卿と呼んでくれ。フィオリーナ嬢」


 そう言って片目をつぶってみせる様子は、あの完璧な貴婦人の仕草だった。

 ベロニカだ。

 いやどちらも正真正銘リカルド・ゴベルト・アレナスフィル侯爵だ。


「今日も私のドレスが美しいね。完璧だ」


 手放しにドレスを褒めてくれる彼はまさしくベロニカだった。

 フィオリーナはどうにか心を立て直して微笑むことに成功した。


「ありがとうございます。……ゴベルト卿」


 フィオリーナの回答に満足したのか、ベロニカいやリカルドは目を細めて笑う。


「悪女の君がこんなに清楚な姿で現れたものだから、騒然としていたよ」


 笑えたね、とリカルドは意地悪く言い、


「まぁ、半分はオルミ卿の悪口だったけれどね」


 悪辣魔術師、美貌の悪魔、とつらつらと続けるリカルドをネーヴェは呆れた様子で眺めた。


「招待されたんだからしょうがないだろう」


「そうそう、やっと諦めて来たんだから誉めてやらないとな」


 子供に言うように笑われてネーヴェはますます眉間にしわを寄せたが「ああ、ちょうどよかった」と上着の内ポケットをさぐった。


「子供にでもやってください」


 取り出したのは精霊祭の屋台で買った飾りだった。けれど、ガラスで出来た結晶はフィオリーナとネーヴェが持っていたものとは違う。フィオリーナと揃いのものはネーヴェのものとふたつだけだったのだと知っただけで心がくすぐったくなる。


「精霊祭の飾りか。細かい細工だな」


 ガラスの飾りは六角形のガラス板の中に美しいレースが挟み込まれている。

 受け取ったリカルドは感心して、妻のコルネリアにも持たせる。


「本当ね、きれいだわ。どちらの工房のもの?」


「平民街の屋台で買ったものですよ」


 ネーヴェの答えにリカルドは「へぇ」とうなずく。


「いい腕だ。調べてみる」


「子供にやってくださいよ。精霊祭の飾りなんですから」


 そんな風に話しているうちに、ざわめきが収まり大広間の上段に王家が揃う。

 国王夫妻、第一王子、第一王女、第二王女、そして第三王女。 

 揃ったところで国王が進み出る。


「今年も皆と共に精霊に感謝するこの日を迎えることができて嬉しく思う。精霊と大地に感謝を」


 国王の言葉に「精霊と大地に感謝を」と一同が唱和すると、王が片手を上げて舞踏会の開始を宣言する。楽隊の音楽が始まる。

 まず第一王子と第一王女がホールの真ん中に出て、ワルツを始める。

 それに続いて参加者たちもパートナーと共にダンスホールへと出る。

 歓談が始まり、ボーイやメイドたちが銀盆を手に人々の合間を泳ぎ始める。

 デビュタントのときはこの始まりを見損ねてしまったので、フィオリーナは感動していたがネーヴェは人の隙間に隠れるようにして静かに見ている。きっと第三王女のことがあるからだろう。

 第三王女に再び絡まれては面倒なことになるのは目に見えている。普通ならあれほどのことがあれば二度とネーヴェに関わろうとは思わないだろうが、フィオリーナの目から見ても彼女は何かが欠けているようにも思えたのだ。

 心配でネーヴェを見上げると、ネーヴェはフィオリーナに横目ですこし微笑んで手袋の手を自分の顔にかざす。

 すると淡く光ったかと思えば、ネーヴェの顔立ちはそのまま髪が短髪になった。その姿はマーレにそっくりだ。

 いくら変装しても整った顔立ちは十分目立つが、たしかにネーヴェだとは分かりにくくはなった。


「……それで変装してるつもりか」


 あきれるリカルドとフィオリーナも同じ意見だったが、ネーヴェは素知らぬ顔だ。


「二、三曲踊ったら帰るからいいだろう」


 ネーヴェはそう言ってフィオリーナの手を取る。


「おい、フィオリーナ嬢に交流もさせないつもりか」


 ますますあきれるリカルドに、ネーヴェはワガママな子供のように片方の眉を跳ね上げる。


「今日は私がエスコート役だ。譲るいわれはない」


 ネーヴェにこんなに大っぴらに独占欲を剥き出しにされては、フィオリーナも嫌とは言えなくなってしまう。

 苦笑しながらネーヴェのエスコートを受けると、笑顔のコルネリアと肩を竦めて笑うリカルドに見送られた。

 ネーヴェの流れるようなホールドに釣られるようにして、フィオリーナもワルツのステップを始める。


「……本当に二曲も踊るのですか?」


 フィオリーナのささやきに、ネーヴェはフィオリーナを引き寄せながら笑う。


「あなたが望むなら何曲でも」


 今夜のネーヴェはフィオリーナのわがままをいくらでも叶えてくれるつもりなのだろう。

 それに、ネーヴェから離れたくないのはフィオリーナも同じだ。

 相変わらずネーヴェのステップやリードは完璧で、疲れも忘れて何曲でも踊れてしまいそうだった。

 ターンにステップ、そしてネーヴェに抱き留められる。

 仮面越しで踊ったときと同じのようでいて、繋いだ手がいくら離れても不安にはならなかった。

 今だけはネーヴェがフィオリーナのそばをけっして離れないのだと思えることが嬉しかった。

 

 一曲目が終わり、踊り終えた人がホールで入れ替わる。

 二曲目が始まったところで、フィオリーナはネーヴェにささやく。


「行ってみたいところがあるんです」


 フィオリーナの言葉に、ネーヴェは小さくうなずいて人の流れに任せて会場を抜け出した。




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