船旅が言うには
オルミから王都までの旅程はランベルディから船に乗り、王都近くの港から二つほど街を経由していく旅となった。
ミレアには別れを告げられなかった。
元々長くオルミにいられないと分かっていたが、フィオリーナはすでにオルミ領の訴訟にも深く関わってしまっている。
ネーヴェに相談すると、彼も難しい顔をした。事情を知れば誰もが危険にさらされることになるという。そうと分かっていてわずかでも事情を話すわけにはいかなかった。
フィオリーナの不義理を怒るようなミレアではないと知っているが、ミレアへお菓子を渡してくれとカリニに頼むことにした。
旅にはアクアがついてきてくれたので、フィオリーナは身の回りのことを心配せずに済んだ。他の、荷物を運ぶなどの力仕事はほとんどネーヴェがこなしてしまった。船に乗船するときはチケットを見せるまで船員にも従者だと思われてしまったほどだ。
船旅を経験したことがなかったフィオリーナにはすべてが新鮮で、ネーヴェはフィオリーナに付きっ切りで案内をしてくれた。彼が旅好きだったのは本当だったのだ。
一度そう溢してしまったフィオリーナにネーヴェは笑った。
「こう見えて旅は好きですよ。知らないことを知ることができますから」
「知らないことを覚えるのではなく?」
甲板で首を傾げるフィオリーナにネーヴェは水平線を眺めながら目を細める。
「私は、この世界に自分の知らないことが溢れていると思えるほうが楽しいんだと思いますよ」
それを知ることが楽しいのだ、とネーヴェは微笑む。
その感覚はフィオリーナにもなんとなく理解できる気がした。
こうして今日もネーヴェを知ることができる時間が、毎日貴重で楽しいからだ。
▽
海路を経て陸路にはザカリーニ家が用意した馬車で行くことになった。
街道をゆく人はだんだんと増えていき、王都の手前の街では前祝いとばかりにすでに祭りのような有様だった。
貴族が宿泊するホテルには下町の喧噪は遠かったが、貴族たちも夜会や友人同士の集まりなどに繰り出すのでホテルは深夜まで賑やかだった。
浮き立つ雰囲気にあてられて眠れないフィオリーナがネーヴェの部屋を訪れると、ネーヴェは困った顔をしたがホットワインを用意してくれた。
「ワインを飲み終えるまでですよ」と言って自分の部屋には迎え入れず、フィオリーナの部屋にアクアも呼び寄せたのだ。
しばらくゆっくりと三人で旅の話をしていたが、淡い酒精のホットワインはフィオリーナにはすこし刺激が強かったらしく、うとうととうたた寝し始めたところでゆるやかな笑い声が聞こえた。
もっと話していたいのに、と思ったがカップを取り上げられて、気付いたときには抱き上げられていた。
うっすら目を開けると、薄い唇が「おやすみ」とささやく。
その日はそれきり、フィオリーナは眠ってしまった。
オルミを発って五日目、尖塔と城壁に囲まれた都市に着いた。
──王都だ。




