招待状が言うには
招待状はフィオリーナに宛てたものだったが、手紙が添えられていた。
フィオリーナのエスコート役は、カミルヴァルト子爵つまりネーヴェを指名するという。
その一筆を書いた人の名前を見てフィオリーナは手紙を取り落としそうになった。
手紙の送り主は、グラスラウンド王国第一王子。レムミリアス王太子殿下だ。
もしかすると招待状よりも貴重な手紙を、ネーヴェはざっと読んだだけでフィオリーナに返した。
「私が社交嫌いなことを知っているので、念押しに書いただけですよ」
どいつもこいつも、とネーヴェは不平を漏らした。
「手紙より招待状のほうが通行証として大切ですから。大事に持っておいてください」
そう言い置いただけで仕事に戻ってしまう。
「準備と仕事が面倒なだけですよ。殿下の念押しがあれば、旦那様も観念されることでしょう」
そばにいたアクアはそう苦笑した。
ネーヴェが素直に王都へ向かってくれるのなら、フィオリーナは王太子殿下の手紙はやっぱりありがたく思えて招待状と共に大切に保管しておくことにした。
▽
旅に必要なものやフィオリーナのドレスを買いにヒースグリッドへ行ったり、その合間に湖で魚釣りをしたりと日にちは瞬く間に過ぎた。
王都へ向かう準備はカリニとホーネットが指揮をとって数日のうちに終わり、荷物を馬車に積み込むころにはネーヴェが冬支度の算段まで終わらせていた。
招待状が届いたあとベロニカからも手紙が届いて、フィオリーナのドレスを用意しているから王都にあるザカリーニ家の別宅で衣装合わせをしてもいいかとあった。実家のザカリーニ家からも手紙が届いていて、王都では実家の別宅に滞在するよう言われている。返事を出すついでに衣装合わせの許可をもらうため速達で返事を出すことにした。
母の手紙にはぜひネーヴェにも滞在してもらえと記してあったので、ネーヴェにあわせて相談してみると彼にしては珍しく困った顔をした。
「婚前の女性のご実家にお世話になるのはさすがに……」
「では、ネーヴェさんは王都ではどちらに滞在されるのですか?」
フィオリーナの質問に、これもまた珍しくネーヴェは考え込んでしまう。
「クリストフか、アレナスフィル侯爵の別宅に転がり込むか……適当にホテルでも探します」
シーズン終わりの王都では、王家主催の舞踏会以外にもたくさんの夜会が開かれる。ネーヴェと違って社交的なクリストフとベロニカは多忙を極めるだろう。
それに貴族が動けば周囲の商人や取引相手も集まるのでホテルはほぼ満室になるし、この国では冬の前は一年の収穫を精霊に感謝する精霊祭がある。シーズンの終わりのこの時期は一年でもっとも国中が盛況な期間なのだ。
フィオリーナの指摘にネーヴェは「そうだった」と眉根を寄せる。
「この時期の王都は人が増えるから、いつも旅行に出かけていたんでした…」
ネーヴェは精霊祭には人だかりを避けて地方へ旅行に出かけていたらしい。
「戦時中でも兵士にはまとまった休暇があるものでしてね。暇なので各地を回っていたんですよ」
いくつもの激戦へ赴いていたネーヴェだが、戦況が膠着すると休暇も取れたという。
ネーヴェが研究者気質に加えて社交嫌いだということは分かっているが、今回ばかりはフィオリーナに付き合ってもらわなければならない。
「父や母もネーヴェさんを歓迎すると言っていますので、どうか遠慮なさらないでください」
手紙にぜひネーヴェもと書かれたあったのは本当だが、それを理由にしてもフィオリーナはネーヴェをザカリーニ家へ連れて行きたかった。
王都の別宅はフィオリーナも幼い頃から慣れ親しんだ家のひとつだ。
兄だけではなく母にも父にも姉にも、フィオリーナが今まで触れてきたものをネーヴェに知って欲しい。
(どうしてこんなに)
フィオリーナのことを知って欲しいと思うのだろうか。
必死なフィオリーナを見かねたのか、ネーヴェは苦笑する。
「……では、少しのあいだお世話になります。私からも手紙を出しますよ」
ネーヴェの答えにフィオリーナは目を輝かせてしまう。
「はい! 頑張ってご案内しますね!」
張り切って返事をしたフィオリーナに、ネーヴェは思わずといった風に笑い出してしまった。
転送機の速達で送った手紙は翌日には返事がきて、父の許可と母の会えることを楽しみにしているという文で括られていた。
その手紙を受け取って、ベロニカに衣装合わせの許可を得たことを伝える返事を送ってからオルミを発つことになった。
ネーヴェは冬の、雪が降る前にオルミに帰らなければならない。
オルミから王都までの往復と舞踏会の参加にネーヴェは三週間の日程を組んでいる。
フィオリーナがネーヴェといられるのは舞踏会が終わるまでとなるだろう。
旅と準備が順調に過ぎれば、あと十五日。
ネーヴェと共に過ごせる最後の十五日間が始まるのだ。




