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来客が言うには

 クランベリーの収穫のあと、オルミの屋敷に客が訪れた。


「オルミへようこそ、アルフェド教授」


「お招きありがとうございます、オルミ卿」


 ミレアの弟が勤めている大学の教授、カスケードだ。


「オルミまでの旅でお疲れでしょう、今日はゆっくりなさいますか?」


 ネーヴェはカスケードに応接間の席を勧めて、そんな風に切り出した。


「ありがとうございます。しかし船旅を勧めていただいたので、疲れはそれほどではないのですよ」


 これでも旅には慣れている、とカスケードは言って傍らのトランクに脱いだ帽子を置いた。


「この年齢になるまでは国中を現地調査で飛び回っておりまして、恥ずかしながら妻と暮らし始めたのはここ数年のことなのです」


 壮年に差し掛かり、大学の強い勧めもあってようやく腰を落ち着けたという。        


「滞在中はメルフィンくんの実家に泊めていただく予定です」


「狭いですが、我が家でも構いませんよ」


 ネーヴェの勧めにカスケードは笑って固辞した。


「ただでさえオルミ卿の研究のお邪魔をするのです。そこまでご面倒はかけられませんよ」


 固辞するカスケードにネーヴェも強くは勧めず、


「では、さっそく現地へ行ってみますか?」


 ネーヴェの勧めに今度はカスケードは「ぜひ」とうなずいた。


 オルミへの襲撃事件のあと、ネーヴェは早速カスケードへ手紙を出した。

 教授のほうもミレアの弟であるメルフィンを通じてオルミの事情を聞いていて、ぜひ一度訪ねたいということで、フィオリーナたちが王都へ向かう前にオルミへやってきたのだ。

 ネーヴェとカスケードは研究者気質同士で話が合うらしく、今回の来訪もとんとん拍子に決まったようだ。


 これからカスケードとネーヴェは鉱山のある森へ入り、山の上にある湖まで行くのだという。


「行ってみますか?」


 ネーヴェが連れて行ってくれるのならぜひ行ってみたい。フィオリーナが即答で「行きます」と答えると、ネーヴェは苦笑しながら乗馬用の服に着替えてくるように言った。

 フィオリーナが馬に乗ると知ってからすぐにネーヴェは乗馬用のドレスを用意するようアクアに言いつけたのだ。ランベルディ領でアクアが用立てた乗馬用のドレスはスカートの部分が男性のズボンのようになっているもので、ドレスのようでいて騎乗するのに便利なデザインだった。


「フィオリーナ嬢」


 階上へ上がりかけたフィオリーナをカスケードが呼び止めた。


「ご挨拶が遅れて申し訳ない。ご無沙汰しております」


「とんでもありません、教授。またお会いできて嬉しいです」


 フィオリーナがそう答えると、カスケードは少し心配そうに付け足した。


「あの夜会のあと、体調は大丈夫でしたかな?」


 妻も心配しておりまして、と言われてフィオリーナはようやく思い出す。

 バルコニーで休んでいたフィオリーナを夫妻が様子を見てくれたのだ。

 あのあとオルミで起こった大事件を思い返すと、自分の体調のことなどすっかり忘れていた。


「……教授とお会いしたのは、ランベルディ領の夜会でしたね」


 フィオリーナの記憶を辿るように声をかけたのは、ネーヴェだ。

 じっと見つめるネーヴェにフィオリーナは顔を引きつらせる。バルコニーで休んでいたことは話していない。


「体調を心配されるほど休憩していたとは聞いていませんよ」


「……忘れてしまうほどの、ちょっとしたただの立ち眩みです」


 ネーヴェには元婚約者への疑惑で気分を悪くしてしまったとは言えない。きっとネーヴェに心配をかけてしまうし、話をしたあの近衛騎士をとくべつ恨んではいない。

 けれど、ネーヴェはフィオリーナを問い詰めるのを止めなかった。


「たしか、あの時は近衛騎士に話を聞いたはずですね」


 ネーヴェの記憶力はときどき的確過ぎて嫌になってしまう。


「ええと…」


「私がその騎士に話を聞いてもいいんですか?」


 ネーヴェは優秀だが、優秀さに比例して判断に容赦がないことも知っている。

 騎士の回答によっては災難を被るかもしれないのなら、フィオリーナは不利益になることを口にするべきではないだろう。


「フィオリーナ」


 いつの間にかネーヴェが近い。見下ろされて暗い葡萄色の髪が帳を下ろすようにフィオリーナの目の前で揺れる。


「あなたがそうやって隠す価値のあることなら、ぜひ教えてください」


 菫色の瞳はまっすぐにフィオリーナを見下ろして細くなる。

 ネーヴェはいつも本気だ。

 フィオリーナが話さないのなら、もっと冷酷な手段で詳細を手に入れてしまう。

 だからフィオリーナの口から聴きたいのだ。

 フィオリーナは観念して口を開いた。

 せめてあの騎士に降りかかる災難は小さくなるようにしか祈れなかった。


            ▽


 二人の様子を少し離れて眺めていたカスケードは妻の判断が正しかったことを実感していた。オルミ卿の屋敷ではなく、助手であるメルフィンの実家へ泊まるよう勧めてくれたのだ。


「……申し訳ありません。先に騎馬へご案内いたします」


 カスケードと共に様子を眺めていた生真面目そうな使用人が謝ってくるが、カスケードは気にしないと首を横に振る。


「若いお二人の邪魔をするのは本意ではありませんから」



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