天然赤ずきんちゃん、オオカミさんに食べられる
ゆるーいお話です。
ほっこりするけど、ちょっとオオカミさんの執着と狡さが見え隠れ。
「レッド、どうやらおばあちゃんが病気みたいでね。食事があまり摂れないみたいだから、好物のレーズンパンと果物、それにサングリアを持って行ってくれないかしら?」
お母さんは、とても心配そうな顔で私にそう言った。
十二歳離れた弟が出来てから、お母さんもなかなか自由に動けないでいるから大変。
「いいよ、お母さん。じゃあ早速行ってくるね」
私はもう十六歳、おばあちゃんの住む森の奥までは歩いて二時間ほどで着くと思うし、病気のおばあちゃんのことが心配だから、早速村を出て森の奥へと向かうことにしたの。
「おいレッド、どこ行くんだ?」
村の家々の間を縫う道を早足で抜けようとしていると、声を掛けてきたのはよりにもよって私の嫌いな男の子。
黒い髪はサラサラとして綺麗だけど、同じ色味の瞳はいつもキリリと周りを睨んでいるのよね。
「アルス、ごきげんよう。おばあちゃんが病気みたいなの。お見舞いに行って来るだけよ」
私は籠を反対の手に持ち直して、先を急ごうとしたわ。
一年前にお父さんに連れられてこの村に来たアルスは、乱暴だしいつも私に意地悪なことを言ってくるので嫌いなんだから。
「何だよ、ばあちゃんちってどこだ?」
「森の奥にある泉の近くよ」
「はあ? あんな遠いところまでお前の足で行ってたら日が暮れちまうよ!」
ほら、また意地悪なことを言うんだから。
私だってもう十六歳にもなって随分と早足で歩けるし、何度も行ったおばあちゃんちになら、迷わずに行けるのに。
「大丈夫、二時間もあれば到着するわ。じゃあ、急がないといけないから」
私がアルスの横を通り過ぎようとした時、アルスが持っていた籠をヒョイと取り上げた。
背の高いアルスが取り上げたら、私は到底取り返せないのに。
「アルス! やめてよ。どうして取るの?」
「……別に。俺も暇だから付いてってやるよ」
同い年のアルスは、毎日私を見かけると話しかけてくるほど暇なんだから。
だから今日もきっと、暇つぶしについて来ようと思ったんでしょ。
「いいわよ。一人で行けるから」
「お前だけだと、どうせ迷子になるだろ? それに俺も泉に用があるんだよ」
迷子になんかならないのに。
こういう意地悪ばかり言うから嫌い。
「泉に何の用があるの?」
「……なんでもいいだろ」
もう、また目を逸らして口をへの字にしてる。
アルスはいつもこうやって、私と話してる時に目を逸らしてしまうの。
アルスも泉に用があるなんて偶然だけど、わざわざ一緒に行かなくてもいいのに。
あ……っ、もしかして……お暇様なのかな?
「もしかして……」
「はぁ? 違うから! バカみてぇな勘違いすんな! 誰がお前なんか……」
「アルス、寂しいの? 一人で泉に行くの」
アルスは目を見開き、すごく驚いたような顔をして私の方を見たわ。
そしてハァーッと大きくため息を吐き出した。
どうしてアルスがため息を吐かなきゃならないのかしら?
まあ、いいわ。
たまには優しくしてあげましょう。
「やっぱり寂しかったのね……アルス、お暇様だから……。一人で行くのが。泉は遠いもんね、それじゃあ私と一緒に行こう」
ニッコリ笑ってあげたのに、アルスは何だか不満げな顔をして……。
けれど、それでも籠は取り上げられたまま。
「何だよ、お暇様って。お前が持ってると歩くのが遅くなるから、俺が持ってやるよ」
「もう、そんなことないのに……」
「いいや、非力なお前じゃ途中で腕が痛くなって泣く羽目になるぞ」
全く……意地悪なことばかり言うアルスだけど、私は堪えてあげることにしたわ。
だって親友のマリエッタからも言われたもの。
私が『アルスは意地悪ばかりするから嫌い』って話したら、『こうも鈍感なのも罪ね、よくもまあ頑張って堪えているわね』って。
マリエッタに褒められちゃったから、私はもっと頑張って堪えなきゃ。
マリエッタの言う通り、アルスは私が嫌だってことに、鈍感だから気付かないのね。
「アルスこそ、重くて泣いちゃうわよ」
「ははっ、俺はこの程度じゃ泣かねぇよ」
そう言って笑ったアルスは、何だかいつもより優しい笑顔だったから……ちょっとだけドキッとしちゃった。
「ほら、さっさと行くぞ」
あら? アルスが何故か籠を持ってない方の手を、私の方へ差し出した?
「なぁに?」
「……お前が森で転んだりしたら面倒だから……俺の手ぇ掴んどけ」
アルスったら、私を弟さんのジャンと間違えたのかしらね?
ふふっ……間違えた照れ隠しでそんなこと言っちゃって……。
耳まで真っ赤じゃないの。
「はいはい、お兄ちゃん。よろしくお願いします。ふふっ……」
私がキュッとアルスの手を握ると、アルスは自分から差し出してきた癖に、驚いたように手をピクリとさせたのよ。
静電気でも走ったのかしら?
「……っ!」
「さ、行きましょう」
私とアルスは手を繋いで村を出て、森の小道を進んで行ったの。
「お前、疲れてないのか?」
「まだ歩き始めたばかりよ。また子ども扱いして」
「いや……、疲れてないならいい」
こんなやりとりを何度もしてるうちに、アルスはきっと、私のことを幼い弟さんみたいに思って心配してるのだと気付いたのよ。
「アルス、心配してくれてありがとう」
「お、おお? まあな」
「弟さんのジャンって可愛いものね。心配なのも分かるわ」
私がそう言うと、アルスは首を傾げて怪訝そうな顔をしていたけれど、私は『先を急ぎましょう』って誤魔化した。
だって……こんなにぶっきらぼうなアルスが、弟さんの事を大好きだなんて、もしかしたら私に知られたくなかったのかも知れないわ。
「レッド!」
森を進んでおばあちゃんの家まであと半分といったところで、私を呼ぶ声がしたのよ。
「あら? シャサール?」
「珍しい組み合わせだね。レッドとアルスだなんて」
シャサールは村一番の狩人で、女の子達にも人気の美男子。
サラサラの長い金髪と、少し垂れ目がちな新緑色の瞳がカッコイイって皆が言ってる。
いつもニコッと笑ってくれて、とても優しい人だから、時々私の家にも獲れた獲物を分けてくれるの。
「今から、病気のおばあちゃんちに行くのよ」
アルスはシャサールのことがあまり好きではないみたい。
村でもいつも彼を睨んでいるし、シャサールが私に話しかけようとするのを邪魔したりするもの。
「そうなんだ。くれぐれも狼には気をつけてね」
「おおかみ? まあ、それは怖いわ」
シャサールはチラリとアルスの方を見てそう言ったけれど、アルスがいるから安心だと思ってくれたのかも。
「俺がレッドを守るから心配すんな」
シャサールの方へ視線を向けながらアルスがそう言うから、私もシャサールにニッコリと笑って答えたわ。
「私にはアルスがいるから大丈夫よ。ありがとう」
「……そうなんだ。まあ気をつけてね……」
なんだかシャサールは肩を落として声も小さくなってしまったけれど、どうしたのかな?
アルスはまた驚いた顔をして私の方をじっと見ているし……。
あ、またアルスがフワリと優しく笑って私の手を握り直したから、何だが胸が苦しいわ。
もしかしたら、沢山歩いたから疲れたのかも知れない。
早くおばあちゃんちで休ませてもらいましょう。
「それじゃあシャサール、ごきげんよう」
「……ああ、またね。レッド……」
何だか元気の無くなってしまったシャサールと別れて、私とアルスはおばあちゃんちに向けてどんどん足を進めたら、やっと目の前におばあちゃんちが見えて来た。
シャサールと別れたあとは、アルスの機嫌が良くて鼻歌なんか歌っちゃって。
どうしたのかしらね?
「あ、おばあちゃんちだわ! アルス、お疲れ様! ありがとう!」
ずっと荷物を持たせてしまってごめんなさいと謝ったら、アルスは『馬鹿じゃねえの。このくらいどうってことねぇよ』って、またそっぽ向いちゃった。
「おばあちゃん、具合はどう?」
「もう随分良くなって、大丈夫だよ。それで……レッド。その方は?」
おばあちゃんは寝巻きのままで出迎えてくれた。
私がお母さんから預かった籠を渡すと、喜んでくれたけれど、アルスのことが気になるみたい。
「えっと……」
「アルスです。また改めてご挨拶に来ます、きっと」
ん? どういう意味かしら?
あぁ! お暇様だから、また何かあればついてきてくれるという事ね。
「ふふっ……レッドをよろしくね。この子すごくオットリしてるから大変でしょう」
「まあ……、だけどそこがレッドの良いところなんで」
「あらぁ……。良かったわね、レッド」
んん? 珍しくアルスに褒められたのは嬉しいけれど、なんだかおばあちゃんとアルスが妙に仲良しになってしまって変だわ。
「それでは、またお邪魔します」
「二人とも、気をつけてね」
「おばあちゃん、またね」
空になった籠を持つと言ったのに、アルスは『持って帰る物があるから貸してくれ』と言って取り上げてしまったの。
そういえば、泉の用事って何かしら?
おばあちゃんちから少しだけ離れた場所にある泉は、『愛の女神アフロディーテの泉』と呼ばれていて、恋人達の聖地なの。
マリエッタも恋人のニックから愛の告白をされた場所なんですって。
「わぁー! アルス! とっても美しい花が咲いているわよ!」
澄み渡る空のような青色の可憐な花々が、泉の周りで群生していたから、私は感動で思わず駆け出してしまったわ。
「……レッド」
「なぁに?」
少しだけ花を摘んで持ち帰ろうと、花の絨毯にしゃがみ込んだ私にアルスが声を掛けてきた。
あら? どうしてそんな怖い顔をしているのかしら?
何か怒っているの?
「好きだ」
すきだ? ……すきだ?
えっと……?
私が首を傾げて困った顔でいたからか、アルスは一度額に手をやってから、咳払いをした。
「俺は、お前が、好きだ」
「……すき?」
「そうだ。俺は……レッド、お前が好きだ。まずは恋人からとか、そんなチンタラしてたら猟師に撃たれちまうかも知れないからな。手っ取り早く、俺と結婚してくれないか」
アルスの顔は怖い顔とかじゃなくて真剣で。
今まで意地悪ばかり言われてたから、嫌われてるのかと思ってた。
何故か顔が熱くて、すごく胸がドキドキする。
「お前が俺のことを好きじゃなくても、少しずつ好きになってくれたら嬉しい。俺はレッドを、必ず一生大切に守っていくから。チャンスをくれ、頼む……」
切なそうに潤んだ熱っぽい瞳でこちらを見つめるアルスに、私はすごく心を乱された。
あのアルスが私に懇願するなんて……。
「レッド、俺のこと嫌いか?」
嫌い? 嫌いならきっと、こんな風にドキドキしない。
私はフルフルと首を振った。
「じゃあ……、好き……か?」
好き? 私がアルスを好き?
何だか急に、アルスに見つめられていると息が苦しくなった。
こんな感情は知らない。
「アルスを好き、かどうかは分からないけど……」
私の発した言葉に、アルスはビクッと肩を震わせた。
そしてまつ毛を伏せて、続く声音は小さくなってしまった。
「そうか……」
ああ、そんなに悲しそうな顔をしないで。
アルスにはそんな顔して欲しく無いの。
そうだわ、マリエッタも言っていたじゃない。
相手が傷ついた時、同じように傷つくのは愛しているから。
相手が嬉しそうな時、自分も嬉しいのは愛しているからだと。
「好きかどうかは分からないけど……。アルスの事を愛しているんだわ」
そう言い切ると、アルスはまたまた驚いた顔で私をじっと見つめたの。
「……は?」
「だから! 私は愛しているのよ! 貴方を! マリエッタが言ってたもの。相手の事を思って、自分が同じ気持ちになるのは、愛しているからだって!」
どうしてこんな恥ずかしい事を何度も言わせるのかしら。
そういうところが嫌いよ。
「それは……微妙だけど、まあいいか……。お前がそう言うなら、俺はそれを利用させてもらおう……」
「……え? 何か言った?」
アルスが何か呟いたけど、良く聞こえなくて……。
聞き返しても、今度は真剣な眼差しで私を見るの。
「レッド……」
アルスがそっと摘んだ花々を私に差し出した。
「この花の色はお前の瞳の色だから、どうしてもここに来たくて。誘いたくても、お前は俺のことが嫌いみたいだったからさ」
そうだったの? アルスはこんな美しい場所に私を誘いたくて、いつも様子を窺っていたのね。
ああ、だからあんなにじっと私の方を見たり、よく話しかけたりしてくれていたんだわ。
それなのに、私ったら何にも気付かずに……。
「私は……アルスが私のことを嫌いなのだと思っていたわ」
「まあ、俺が素直になれなかったのが悪い。レッドは悪くない」
でも、どうしてすぐに結婚なのかしら?
「ねえ、アルス。どうして『恋人になって欲しい』じゃなくて、いきなり結婚なの?」
私がアルスの黒い瞳を見つめていると、アルスは耳まで真っ赤にして恥ずかしそうに目を逸らしたわ。
もしかして、普段もそうやって恥ずかしくて目を逸らしていたのかも知れない。
「他の奴に取られないように、俺がレッドをさっさと嫁さんにしちまおうと思って」
そういうものなのかしら?
あ、そういえばお父さんとお母さんはお見合いだから、恋人の時期は無かったと言っていたわ。
きっと、それと同じなのね。
「誰も取ったりしないわよ。アルスって心配性なのね」
「いや、お前がだいぶ鈍いだけだぞ」
「あら、鈍いのはアルスの方よ。マリエッタだってそう言ってたわ」
私がちょっとだけいじけた風に言うと、アルスは呆れたような顔で私を見たの。
どうしてかしら?
「それは……多分……。まあ、いい」
「ねえ、本当に私のこの気持ちって……貴方を愛してるってことなのよね?」
私は異性を愛したことなんてないから、分からないんだもの。
こんなことなら、マリエッタにもっと聞いておくんだったわ。
「そうだ、お前は俺を愛してるってことだ。それに、結婚するのは当然だろ? だって愛してるんだから」
「……そうなのね。良かった! それならこれからよろしくお願いします」
アルスがちょっと意地悪な風に笑ったように見えたけれど、それはきっと私の気のせいだわ。
「ねえ、どうしてアルスはそんなに私に近寄ってくるの?」
「お前ともっと近づきたいからだよ」
「ねえ、どうしてそんな風に私を抱きしめるの?」
「お前が好きだからだよ」
私はいつの間にかアルスに抱きすくめられていて、頬に手を当てた彼は私をじっと見つめたわ。
「ねえ、どうしてこんな風に見つめるの?」
「レッド……お前を食べる為だよ」
そうして、私とアルスは『愛の女神アフロディーテの泉』の淵で口づけを交わしたの。
アルスは『約束を守ります』の口づけだから、もし破ったらアフロディーテ様が怒りに来るぞって言うのだけれど、本当かしら?
村への帰り道は、アルスが私にとびきり優しくて甘い笑顔を何度も向けるから、私は嬉しくて胸がドキドキしたわ。
帰ったら皆に報告しなきゃ。
そういえば、アルスって名前は『狼』って意味があるのですって。
帰り道にアルスが教えてくれたの。
森の狼も、アルスみたいな優しい狼なら怖くないのにね。
――可愛らしくて、ちょっと天然ボケな赤ずきんちゃんは、狼さんに大事に大事にされて、幸せに暮らしました。




