俺が一番強い。
俺は自分がこの世で一番強いと思ってる。
怪力自慢にも負けない腕の太さと力強さ、狼にだって負けない足の速さ、なにより絶対に倒れない不動の強さが俺にはある。
だから俺はこの世で一番強いんだ。
「勝負だ!」
威勢は良くて剣を構えているくせに足はガクガク、腕はまったくもって剣を震える状態じゃないほどにブルブルと落ち着きがない。
歳は十代でまだ若い。
絶対に俺の相手になるようなやつじゃない。
けど、そんな馬鹿みたいな相手でも真剣に戦ってやるのが俺だ。
無謀な挑戦者にも力の差を分からせるために全力で迎え撃つ。
たとえそれで死んだとしても。
「さあ、勝負だ!」
明るい声とは裏腹に照準の定まらない剣先、目線もこっちを見てるのか明後日を見てるのか泳ぎまくってる。
歳は十代半ばなのか。
筋肉は少しだけついてるのか体はしっかりと形成されている。あれならいずれ肉弾戦でも良い勝負ができそうだ。
けど、俺は一番強いんだ。
それを分かってない相手には、しっかりと力量差ってやつをわからせてやる必要がある。
油断するなよ。
「よし、勝負だ!」
良い目をしている。
剣先は真っ直ぐこちらを向いていて、目には闘志と決意が宿っている。
何か大きな出来事があったんだろう。
十代も半ばの若いやつなのに、これほど決意のある目は見たことがない。
左手にあるのは魔導の紋章だ。魔導の威力を高めるとされている。
そうか、魔導が使えるのか。
俺には剣と魔導の二刀流でないと勝てないっていうのは大正解だ。
けど、一対一なら俺は負けないぜ。
一番強いからな。
「……」
頬に殴られた跡がある。
いつも構えている剣は無く、腕には力が込もっていない。
ただそこに立っているだけのデクの棒。
なんだ、コイツは。
俺に勝負を挑みにきたんじゃないのか。
暗い目をしてただ立っているだけの案山子は、この世で一番強い俺に勝負を挑む権利なんてある訳ない。
俺は弱いものいじめは嫌いなんだ。
だから、アイツには力量差ってやつを教えてやる必要がある。
これも教育ってやつだな。
「―――」
誰も来ない。
静かな時間を過ごしている。
この世で一番強い俺にも休息の時間は必要だ。
戦いばかりの人生は彩に欠けるからな。
けれど、俺は自分が強いことしか知らないからな。
さっさと誰か来て戦ってくれねーかなー。
◆
「わー! クマさんだ!」
五歳の誕生日に父から贈り物を貰ったことを覚えている。
とても可愛らしい熊のぬいぐるみで縫い目が多少目立つものの、ぬいぐるみ特有のつぶらな目が気に入り尊敬する父から貰えたこともあって肌身離さず持っていた。
だが、十歳の誕生日を迎える頃、母に洗ってもらってキレイになったぬいぐるみは父によって没収された。
「パパ? クマさんどうするの?」
毎日、稽古で大変だった日々の中でぬいぐるみを愛でることだけが癒しの時間だった。
その重要なぬいぐるみ手に取った父は、笑いながらこう告げてきたことを覚えている。
「愛情をたくさん与えてくれたんだな、良くやった」
そう言って父はぬいぐるみと共にどこかへと去って行った。
人生の半分を共にしてきたぬいぐるみがある日、その姿を消してしまった反動は大きかった。
訓練には集中出来ないし、部屋に戻ってもまるで別の部屋に来たかのような気分になってしまう。
そうして抜け殻のように過ごしていたある日、父から新しい訓練について告げられる。
「部屋に入ってくる敵と戦うだけの実戦形式の訓練だ」
そう言って薄暗い部屋の中で戦うことになった。
最初は怖かった。
今までとは違った訓練の方法に、薄暗くて自分以外誰もいない部屋。
父がどこかから監視しているとは知らないまだ十歳の自分にとって、そこは恐れるには十分すぎた。
「ぅ、うぅ……」
怖かった。
けれど、戦って勝たないことには出られないことも分かっていた。
父は言ったことを実行する方だ。
だから俺は、薄暗くて良く見えない部屋の中でも声をあげたんだ。
「勝負だ!」
その後のことはよく分からない。
俺の声と共によく見えない何かも動き始め、今までの訓練なんて忘れてめちゃくちゃな動きをしていたら、いつの間にか勝って終わっていた。
肩で息をするのに必死で父の声はよく聞いていなかったけど、ある一言だけは分かった。
「まだやれる」
その言葉を聞いてから数年後、また父から実戦形式の訓練と告げられて部屋に入った。
また薄暗い部屋だった。
前回は勝てたから良かったものの偶然の産物だったことは、本人が一番よく分かってる。
けれど、声を出さないことには始まらないし、父も結果を出さないと部屋からは解放されない。
だから、自分の恐怖心を少しでも軽減させるために明るく声をあげた。
「さあ、勝負だ!」
前よりは良い動きをできていたのは確かだ。
けれど、訓練の成果が完全に出ていたとは言い難い。
これでは父に怒られてしまうと思った。二回目なのに何をやっているのか、と。
だが、父は怒らずにこう言った。
「落ち着けばもっと上手くやれるはずだ」
父が期待している。
明確な言葉として父が褒めてくれたのは、今までになかったことだ。
体が高揚して訓練にも身が入る。
次はもっと上手くやろうと自然と技術が上達していくのが分かった。
父は子育てが上手いと実感した。
そして、それほど時をおかずして再び実戦形式の訓練が行われた。
「よし、勝負だ!」
今回は部屋に入ってすぐに声を上げ、戦いへと臨んだ。
やる気に満ちていた訓練の中で魔導を覚えることができた。左手には紋章を刻むことも成功し、目出たく剣と魔導の二刀流になることができ、おかげで前回よりも上手く戦うことができていた。
父は笑顔で褒めてくれた。
「良くやった」
母が病を患い寝たきりになってしまった。
訓練ばかりの人生のため何をすればいいのか分からない。けれど、母が一人で寂しくならないようぬいぐるみを渡そうと考えた。
父へと声をかけ昔、貰ったぬいぐるみを返してくれないかと頼んだ。
「……」
父は、無言のまま頬を殴り立ち去って行った。
訳が分からなかった。
呆然としたまま幾らかの時間が経過した頃、なんとか動き始めた体で母の元へと向かい肌身離さず持っている剣を側に置いた。
せめて訓練で居ない間だけでも代わりと思ってほしかった。
「訓練だ」
父は冷たくそう言った。
「……」
薄暗い部屋の中で立っている。
頭の中は母のこと、父のことで一杯だ。
とても訓練できる状態ではないのに、父は部屋へと閉じ込め戦えと言ってくる。
無理だ。
今のままでは碌な戦いも出来ずにやられてしまう。
「―――」
なのに、今日に限って向こうから攻撃してくるなんて無しじゃないか?
「ヨクヤッタ」
なんとか魔導と拳だけでやることができた。
部屋の外で倒れ込み考える。
さすがにこれは父へと抗議しよう。
いくらなんでも母が危ない時に実戦形式でだなんてあんまりだ。
監視している所からやってきた父へと、立ち上がった勢いそのままに声をあげた。
◆
子供にはいずれ魔王になってもらいたい。
そのためには訓練は必要だろうし、厳しいことも言わなきゃならないだろう。
だが、大切な子供だ。
いずれは俺と同じ最強の魔王になるといったも子供らしいことは経験させるべきだ。
「不思議なぬいぐるみ?」
それはなんでも大切にすることで、与えられた愛情の大きさ分の願いを叶えるという。
なんとも御伽噺のような話だと思ったが、ぬいぐるみ自体は子供が喜びそうな見た目だ。
変な尾鰭は伝えずにただの贈り物として渡そう。
子供が五歳の誕生日前のことだった。
◆
声をかけた父へと母の病気が心配なこと、訓練が少し厳しいこと、父の様子が気になることを伝えた。
これで少しは改善して欲しい。
そう思って伝えたはずだった。
「だが、お前は強くなれていル」
それだけだった。
唖然として動けなくなったのを理解できていないと思ったのか、父は言葉をつなげた。
「最強の魔王を何度殺しタ? その度に元にはモドしたが知能が下がってルみたいでな、そこはすまなイ」
父の言葉がよく分からなかった。
最強の魔王は父のことだ。
それを殺したというのは、どういうことだ? 今だって父は目の前にいるのに―――。
「その縫い目はなんですか?」
父の体には多少の縫い目とぬいぐるみの様な目が付いていた。
―――“父”は笑った。