7 世界と、最強
あれは、誰だったのだろう。
仁王立ちで両手をクロスして掲げる、長い黒髪の人の後ろ姿。
そのポーズが格好良くて、みんなで真似していたような気がする。
『泣かないで。生きてさえいれば、何とかなるよ。』
優しい声だった。
幼い時の記憶。
力に目覚め始めた頃、世の中の全てを理解したつもりになっていたが、実際には何も知らないままだった。
何故泣いていたのかも、もはや覚えてはいない。
鮮明に記憶に残るのはあの後ろ姿だけ。
あれは、誰だったのだろう。
世界最強。
世界、ってなんだろう。
自分が知っている世界はこの街の中とその周辺だけ。
知識として知っていても、実際にその目で見たわけではなく、知った気になっているだけ。
いつかこの街を出て、本当の外の世界を肌で感じる日が来るんだろうか。
その時、自分はただの人となって何をしているんだろう。
ユエは、浅い眠りの中から目を覚ました。
ここは、官舎のベッドの中。
魔道研究機関に併設された衛士や技官専用の宿舎の一室であった。
シャワーを浴びて頭をすっきりさせた後、食堂へと向かう。
奥の席ではいつも通りユノスの周りに人だかりができており、こちらに手を振ってくれる。
カウンターに向かうと、一人の少女が挨拶に来ていた。
「おはようございます。今日はよろしくおねがいします。」
今日の当直でペアを組む二級衛士、アウルムであった。
小柄でショートヘアに切れ長の目が特徴の彼女は、生真面目な性格でどちらかといえば防御と治癒を得意としていた。
「今日の定食をお願いします。」
「あいよ。」
「私も同じものを。」
「あいよ。」
食堂はいわゆるバイキング形式ではなく、注文を受けてから調理するスタイルである。人によっては調理済みの弁当を受け取って自室で食べる者もいたが、大半はここに来て皆とたわいもない会話を楽しんでいるようだった。
今日の日替わり定食は、丸いパン生地に燻製肉と野菜をはさんだものと、白身魚のフライに辛味の効いたハーブと野菜のみじん切りが入った半固形状のドレッシングがかかったものであった。
席について食事をしていると、大型モニターでは朝のニュース番組が流れている。
テーマは厄災とそれに立ち向かう少年少女、らしい。
未成年の子供達を酷使して政府はいったい何をやっているのか、もっと効果的な対策はないのか、と批判的な論調だ。
でも、誰かがやらなくてはいけない。
たまたまそれが自分の役割だったのだろう。
誰もが勇気と力を有しているわけではないのだから。