5 ポットパイ
「明日は市長から表彰があるそうです。後ほどお迎えにあがりますので、ごゆっくり。」
そう言って軽く敬礼をすると、オリエンスはカフェを後にした。
「市長」のニュアンスからは、あまり歓迎している様子がうかがえない。
食事を一緒にどうかと誘ったが、まだ雑務と事後報告が残っているらしい。
「市長って、いっつも人気取りしてるあのオッサン、でしょ?」
「う~ん、有名人だよね。ある意味。」
目の前にポットパイが置かれる。
透明な容器に入った紅い色の発酵茶を、リナはゆっくりと隣のカップに注いでくれた。
今日のポットパイの中身はビーフシチューらしく、香ばしい匂いが漂ってくる。
野獣と戦った後に獣肉はどうなのかと思いつつも、美味しいのはわかっているので黙っていただく。
木でできたスプーンでパイ生地の蓋を割り、中のシチューと一緒に口にすると、繊維が崩れる寸前まで絶妙に煮込まれた肉の食感と旨味が口の中に広がる。
お茶も苦みが無く、のどごしもすっきりして疲れた体を癒してくれた。
ふと市長のことを考える。
見るからにエネルギッシュな中年の男性で、いつもユエ達のことを「マゴスの子達よ」といって称えてくれるけど、それが自らの人気取りの為であることを今は知っている。
実際有能なのは事実で、この辺境の街が財政的に潤っているのは厄災を逆手にとって政府から多額の補助金を得たり、マゴスの子達を傭兵として外部へ出向させたりしていたからであった。
おかげで市長の出身地である街の中心部には宮殿のような市庁舎が建ち、厄災を観光資源として土産品まで作って名産として宣伝していたが、「厄災の町へようこそ」と書かれた巨大な凱旋門を作ろうとした時はさすがに不謹慎として計画は中止になったらしい。
「表彰か・・・意味あるのかな。」
「貰えるものは貰っておけばいいんじゃない?有名になるのは悪いことじゃないと思うよ。私も皆にユエが認められて嬉しいし。」
「そっか。リナは・・・もし僕の『マゴスの子』としての力が無くなったらどう思う?」
「ん〜何も。だってユエはユエだもん。」
「ん・・・そうだね。」
最初、自分に力があることがわかり、知名度が上がり始めた時はただ単純に嬉しかった。
天才魔導士ともてはやされる一方で、調子に乗っているという声が聞こえてきた時もそれは無能力者の嫉妬だと思って他人を見下していたこともあった。
しかし、ある時体調の変化と共に自らの能力の衰えを知り、いつかこの力も消えてしまうのだと悟ってからは、将来に対する不安と無常な人生に対する怒りと悲しみを感じるようになっていた。
いっそ全てを捨ててどこかへ行ってしまいたいと思った時もあったが、守りたい人達がここにいる以上、まだだ、まだできる事はあるはずだ、と思って何とか踏みとどまっていた。
『生きてさえいれば何とかなる、か・・・。』
昔誰かが言っていた言葉を思い出しつつ、ユエはカップに残ったお茶の最後の一口を飲み干した。