1 少年の葛藤
少年は言いようのない焦燥感を感じていた。
怒りと恐怖がないまぜになった不安定な感情も。
幼くして能力者として認められ、天才、世界最強と誉めそやされ、全能感と優越感を感じながら生きてきた。
しかし、その羨望は本当に自分に対してのものなのか?
この能力が無くなったら、自分は全くの無価値なのではないか。
今まで自分を崇めてきた人達も、見向きもしなくなるのでは?
「ユエ、何難しい顔してるの?」
トレーに菓子と飲み物をのせた少女が顔を覗き込んんできた。
ふんわりと微笑む笑顔が可愛らしい、彼女の名前はリナ。
古民家を改造したこの内川沿いのカフェの看板娘で、学校が終わった後は両親の手伝いと趣味もかねてここで働いているらしい。
父親の嗜好らしい胸元が強調されたメイド服に太ももがあらわなミニスカート、そして生来の愛嬌の良さと会話の上手さからか、彼女を目当てにここに通う常連客も多い。
リナは生まれながらにして能力が発現せず、魔道士官学校に進んだユエとはこうして非番の昼下りぐらいしか会う機会がなくなっていたが、それでも幼なじみとしてユエと普通の友人付き合いをしてくれる貴重な存在だった。
「カヌレ、美味しいよ? 君の好きなミルクティーもあるから。おかわりが欲しかったら言ってね。」
そう言うと彼女はカウンターの奥へと戻っていった。
カヌレはカリッとした食感が美味しい甘い焼菓子で、どうしてカヌレと呼ばれているのかは、実はよくわかっていない。
ユエはこれと一緒に砂糖を入れないミルクティーを飲むのが好きだった。
心が落ち着く。
士官学校を飛び級で卒業し、魔導士の称号と共に一級衛士の資格を得て心の休まらぬ日々を送り続けてきた彼にとって、数少ない平穏な時間。
徐々に衰えていく自分の力に対する落胆と諦め、それでも周りの期待に応えなければならない義務感、そんな孤独な思考の渦へと再び落ちようとしていた刹那━━━━━━━━━━━━━━━━
けたたましいサイレンの音が街中に響き渡る。
それと同時にカフェの扉が開かれ、制服を着た女性が飛び込んできた。
「ユエ一級衛士、ここにいらっしゃいましたか!厄災です。ロキ=コンガ級一体、現在接近中。即時ご同行を!」