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 おっぱい十分間で百万円。

 とんでもない話に見えるが払うのではなく俺が貯めればそれでいい。そしてこの手の中にはワンクリックで一万円手に入る謎のボタンがあり、さらに口座に百万円入れられるなら手段は問わない。このよくわからん機械に頼る必要もないという。

 つまり、だ。


 俺は視線を手元から女に戻す。というかその豊満な胸に向ける。

 赤い薄絹に包まれた、というか上からも下からも膨らみのはみ出しているそれはもはや被せただけと言ったほうが正しそうな無防備さだ。薄っぺらな布地に触れてすら形を変える柔らかさと、それでいて重力にまったく負けないつんとした張りの同居した圧倒的存在感。

 改めてじっくり見ると百万円とは言わなくても十万くらいなら払ってしまいそうな魅力を感じる。


 ついおっぱいレビューに思考を割いてしまったが、とにかく確実に金を用立てる方法があるのだからあれを自由にできる権利は既に手の中にあると言っても過言ではない。

 とはいえそう簡単に実行するのは、やはりためらわれる。


 俺は久しぶりに外出できる姿に着替えると「少し外で考えてくる」と言い残して部屋を出た。

 あの女を部屋にひとり残していくのはあまりにも不用心だが身分の証明できるものや印鑑などは全部上着に詰め込んできているので家探しされて困ることはたぶんないだろう。

 むしろついてくると言い出したらどうしようかと思っていたが当の彼女は「よいよい、存分に熟慮するがよかろう」などと何食わぬ顔で俺を見送った。

 そういえば裸足だし玄関に履き物もなかったが本当にどうやって入ってきたのだろう。


 俺は近所の公園まで歩いてくると、自動販売機で缶コーヒーを買いベンチに腰掛けた。

 手の中に握っていた黄色のリモコンを改めて眺める。

 このリモコンのボタンを二回押したら確かに俺の口座に二万円入っていた。というかあの女の名義で入金されていた。

 こいつは彼女の目の届かないところで押しても有効なんだろうか。それなら繁華街にでも行って適当に百回押して帰ってくればあのおっぱいは俺のものってわけだ。

 けれども正直この得体の知れないボタンを安易に押すのはどうも気が進まない。

 俺の口座をどうやって知ったのか、そしてどうやってあのタイミングで振り込んだのか。そういったあれそれよりも気になっていることがある。


『ひとに向けて一度ボタンを押すたびに、その者の口座残高から一万円減らす代わりに貴様の口座残高を一万円増やすことができる』


 つまり俺がリモコンを向けた相手はどうやってか口座から一万円失うらしい。

 最初にも思ったがそれってなにかの犯罪なんじゃないのか?神とか恩恵とか全部あの女、アリタルカの狂言で俺は犯罪の片棒を担がされているのでは。後戻りできなくなった頃に真相を明かされて否応なく巻き込まれるとか。


 妄想と言ってもいいような想像を暫く巡らせて、別にそれはそれでいいのでは?という結論になった。

 そもそも俺には失う社会的地位も財産も人間関係すらなにもない、いわゆる無敵のひとだ。

 次の仕事のあてすらない俺がなにを恐れることがあるんだ?

 あの得体の知れない女は頭こそちょっといやかなりヤバめだが少なくとも今のところ嫌なやつではなさそうだし、なにより言葉にできないほどのまさしく絶世の美女だ。早々に縁を切るのは計り知れない損失のような気がしてならない。

 このリモコンのボタンを押すたびに相手の口座から一万円減るというのが事実だとすれば、それは他人の財布から一方的に万札をくすねるような行為で倫理的にはどうかと思うが、まあそれでもひとりから何十万円も盗るわけじゃないし社会的弱者の俺が自主的に再分配して貰ったところで大きなバチは当たらないんじゃないか。


 そうだな、相手は俺が選べるんだから最初から金を持ってそうなやつをちゃんと選べばいいんだ。どこぞの会社の重役様やベンチャー企業の社長辺りなら口座から何万か減ってたって気にも留めないに違いない。

 連中は俺のような貧乏人とは違うんだからな。その金を俺が使ってやれば景気も少しは良くなるだろう。もはや社会貢献のような気すらしてきたぞ。


 そう考えているとなんだか妙にすっきりしてしまい、逆に色々思い煩っていたのが馬鹿馬鹿しくなってきた。そう、これは社会貢献なんだ。なにをためらうことがある。

 俺は飲み干した缶コーヒーの缶をゴミ箱へ捨てると繁華街のほうへと足を向ける。


 気分が高揚して足取りも軽い。これからの行動に色々と思いを巡らせるのはそれだけで生きているって実感がある。こんな晴れやかな気持ちは何年振りだろう。

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