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075 それを夢だと思いたかっただけじゃないですか?

 



 王城の自室で眠っていたメトラは、大きな音と激しい揺れに飛び起きた。


 部屋から出た彼が見たものは、城の壁に開いた大きな穴。




「な、何が起きた……?」




 すでに戦闘が始まっていることも知らない彼は、恐る恐る穴に近づく。


 石壁は高温で溶かされており、あたりはかなり焦げ臭かった。




「攻撃されているのか? おい、スリーヴァ! フルーグ! どこにいる! いないなら兵士でも誰でもいい、状況を説明しろ!」




 メトラの声が城内に虚しく響く。


 最低限の兵しか城内に置いていなかったのは、彼自身の選択だ。


 苛立ちながらも、その怒りをぶつける先が見つからずに舌打ちする。


 すると背後から足音が近づいてくる。


 メトラは少し嬉しそうに振り向くが――そこにいたのは、軍の兵士ではなかった。




「貴様か、オルクス」




 落胆したような彼を見て、オルクスは苦笑した。




「悪かったね、オルクスで」


「一体何が起きている? スリーヴァとフルーグはどこへ行った!」


「戦ってるよ」


「誰と」


「マニングの連中に決まってるだろう。城が壊れてるのは、長距離射撃をフルーグが弾いたからさ」


「長距離……都の外から狙い撃ったというのか?」


「おそらく数千……いや、数万メートル向こうからかな」


「何を言っている、そんな距離から狙い撃つなど不可能だ!」




 そう断言するメトラに対し、オルクスは哀れむような目を向ける。


 望まぬ憐憫に不快感を覚えた彼は顔を赤くし、声を荒らげた。




「何だその目は、僕は王だぞ!?」


「だからこそ、誰よりその称号の虚しさをわかってるんじゃないの」


「く……知ったふうな口をきくなっ! 僕は、僕はっ!」




 彼は怒りに身を任せ、壁を拳で殴りつける。


 噛んだ唇から血が溢れ、鉄臭さが口の中に広がった。




(何をしているんだ、僕は)




 心の中で、ずっと前から響いていた声が、一段と大きく聞こえる。




(何がしたかったんだ、僕は)




 わかっていたはずだ。


 そう、そんなことはわかりきったこと。


 だが――父を否定し、殺さなければ、彼の人生は始まることすらなかったのだ。




「だったら……どうしたらよかったんだ」


「私に言われても――」


「こんな世界で、『お前の代で王国は滅びるが、立派な王になってみせろ』と無責任に押し付けられた僕が、どんな人間に育てばお前らは納得したんだよぉッ!」




 彼が言葉をぶつけたい“お前ら”は、この場にはいない。


 激情をあらわにした瞳は確かにオルクスを睨みつけていたが、彼女はただ偶像として代用品に使われているだけだ。




「民が、家臣が、家族が望むんだ、僕に無力なまま朽ちてゆけと! それこそが正しい王のあり方だとッ! あたかも優しい理解者のような顔をしてなァ! 僕は、僕はあのままでは自己否定の怪物になるしかなかったッ! そんな歪み方は嫌だ、自分が死ぬことを肯定するような人間になるのは嫌だ、だから血に縋った! 王族の血だけが、僕の命を、僕の存在を肯定してくれたんだッ! それ以外の人間にとって僕は死体に等しかった! そう育てておいて、殺すな、だと? 二十年近く否定し続けておいて、なぜ自分の命が否定されただけで憤る! それこそ! お前たちが! 僕に望んだことだろう!」




 オルクスは困った様子で頭をかいた。


 おそらく『変なスイッチ踏んじゃったなあ』とでも思っているのだろう。


 なおもメトラの感情は溢れ続ける。




「僕はようやく望んだ世界を手に入れたんだ。だったら、うまくいかないとおかしいだろう? 僕が王になれば、世界はもっと……素晴らしい形に変わって……」


「はぁ……前も言ったけどさ、それは扉じゃなくて、終着点なんだよ」




 彼と目を合わさず、開いた大穴から夜明けの空を見上げ、オルクスは語る。


 メトラは揺れる瞳を見開いて、彼女に向けた。




「自分でも言ってるじゃないか、“望んだ世界を手に入れた”ってさ。父親を殺して、王国を手に入れる。そこであんたの夢は叶っちゃったんだ」


「そんな、ことは」


「満たされた人間が抜け殻になるのは、よくあることさ。次の生きがいを見つけられたいいんだけどね、人生ってのはそううまくいかない。その夢のために人生の大半を使い果たしたっていうんなら、なおさらに」


「そんなことはッ!」


「この場で必要なのは言い訳じゃない。はっきりと否定することじゃない?」


「う……」


「できる?」




 メトラは、鷹の目に心の奥底まで見透かされたような気分だった。


 父を殺害したあと、彼がたどってきた道は“迷走”と呼ぶのがふさわしい。


 当たり前だ、目指してきたゴール地点を通り過ぎ、そこから先に道標など何もなかったのだから。


 それを突きつけられ――いや、最初からわかりきっていたことを改めて指摘され、彼は心と共に膝を折る。


 地面に座り込み、力ない瞳で、朝日が照らし始めた空を見る。




「空って綺麗だよね」




 オルクスは美しい日の出に向かって手を伸ばした。




「けどあんなに大きな体を手に入れて、100年も空を飛び回ってるとさ、隅々まで見れちゃうんだよ。そこから先は、どれだけ旅をしても見たことのある空しかない」




 別に慰めたいわけじゃない。


 ただ、聞いてやったのだから、自分にだって話す権利があるはず――そう思って語りだすと、存外に止まらなくなってしまっただけだ。




「ああ……空って案外狭いんだ。そう思った瞬間、私が追いかけ続けた夢も、終着点にたどり着いてしまった」




 オルクスは他者と交わることなく長い時間を生きてきた。


 久しぶりに喋ってみて、言葉を忘れていない自分に驚くほどだ。


 きっと自覚もないうちに、色んなものを溜め込んでいたのだろう。




「本当のところはさ、私はガルーダと一緒に空を見たかったのかもしれない。同じ空でも、隣にいる誰かの表情が違えばまた別の空に見えるから。それなら100年あっても、空が狭いなんて思うことはなかったかもね」




 だがスリーヴァやフルーグに話せるものでもない。


 特別、メトラにいい感情を抱いているわけではなく、むしろ哀れんでいるような相手だが――




「けど、一度思ってしまえばもう戻れない。孤独で、年老いてゆくこともない私にとって、空は鳥籠に姿を変えた」




 愚痴用のサンドバッグとしては、まあちょうどいい。


 あちらもそういう風にオルクスを使ったのだから、お互い様である。




「お前は……どうするつもりだ」




 しかし、オルクスがそんな適当な動機で語った話は思ったよりメトラの心に突き刺さったらしい。


 王でもなく、王族の血を引く者でもなく――むき出しの、誰にも肯定されずに育った弱い青年の顔で、彼は問いかける。


 ここで勇気づける言葉でも言えたのならかっこつけられたかもしれない。


 だがあいにく、オルクスも弱い彼の同類。


 情けないことしか言えない。




「スリーヴァが生きてる以上、戦いからは逃げられないよ」




 何せ命を握られているのだから。




「だったらもう、外道になりきってヒーローに殺されるしかないね」




 ――ひょっとすると、ペリアたちのように前に進み続ける人間だったなら、それでも抗おうと思えたのかもしれない。


 そんなことを思いながら、オルクスは諦め、力なく笑う。




「それでいいのか?」


「そんな問いかけ、もう飽きるほど自分に向けてやってきた。もちろん嫌だよ。だけど、中途半端に何者にもなれずに死ぬよりはマシじゃないかな」




 できれば正義の味方でいたかった。


 心の底から勝利に酔いしれる、そんな結末がよかった。


 だけどもう手遅れだから。




「そろそろ行かないとスリーヴァに怒られそうだ」




 彼女はふいに、壁に空いた穴から外に飛び出した。


 地面までは数メートルあり、下に瓦礫が落ちているため、人間であれば命が危うい。


 メトラは反射的に立ち上がり、「あ……」と小さく声をあげた。


 だがそんな心配は不要である。


 オルクスの背中から翼が生え、彼女は空高く舞い上がっていく。


 そして十分に城から離れると――




人体成形(バインド)解除(リリース)、ガルーダ」




 まるで孵化するように、人の体を突き破り、巨鳥が現れる。


 その翼は陽の光を遮り、都に影を落とした。




「そんな翼があっても、定めから逃げられないのなら……」




 メトラは、羽ばたき遠ざかる鳥に手を伸ばす。




「どうすることもできなかったというのか、僕には……朽ち果てることが、正しい選択だったと……」




 やがてその手から力が抜けて、だらんと垂れる。


 そして空に背を向け、その場を離れた。




「……行こう、玉座に」




 暗い表情の彼が向かうのは、王立研究所。


 残る上級魔術師たちを使って作らせた、王国最後の切り札が――そこで待っている。




 ◇◇◇




 オルクスは戦場へと飛び立った。


 スリーヴァとフルーグの位置はすでに捕捉している。




(どちらに助勢しても一瞬で戦況が決する……優勢にしろ劣勢にしろ、紙一重だ)




 そこに彼女が介入することは、機械仕掛けの神のようにすべてを台無しにしてしまうだろう。


 いかにもスリーヴァが好みそうな嗜好ではあるが――




「ごきげんよう、オルクスさん」




 しかしそんな彼女の前にも、“敵”が現れる。


 正直、オルクスは安堵した。


 もちろん、何も対策を打たないペルレスではないと思っていたが、




「飛行機……すごいね、この時代にそんなもの作った上で、それで私に向かってくるなんて」




 想像を超えたものを見れた喜びに、思わず微笑む。


 未来の王国が使っていた装甲機動兵も、地上での運用が基本だった。


 あの戦争の場合、“それで十分だったから”という理由があるのだが。


 帝国側は飛行可能なモンスターを多数投入していたが、結晶砲の威力の前に成すすべもなく落とされていたのである。


 だからこうして、金属の塊が戦場を飛ぶ姿を見られるのは、意外と貴重だった。


 ブリーダーのみならず、レーサーとしても活動していたオルクスの本能が思わず疼く。




「操縦者は、ラティナと我だ」




 ペルレスはやけにかしこまった口調でそう告げた。


 しかもいつもより作った声で、音程も低い。




「……誰?」




 思わずオルクスがそう返してしまうのも仕方がない。




「このペルレス・ヴァルモンターグナの声を忘れたとは言わせんぞ」


「ペルレスなの? 何、そのキャラ」


「決別だ」




 そう言い切るペルレス。


 彼女は操縦席の中で、シートにギリギリ収まるサイズの鎧を纏っていた。


 一方でラティナは、体にぴっちりと張り付く、モンスターの皮で作ったスーツとヘルメットを被っている。


 どちらも高速機動時の負荷を軽減するために、裏には術式が編み込まれていた。


 当然、ラティナは鎧で飛行人形に乗ろうとするペルレスを全力で止めた。


 しかしペルレスは折れなかったのだ。




『本気でオルクスと戦うなら、全力を出さないと勝てないです。でも全力を出せば、手加減の余裕なんて無いです。私は、この手で彼女を殺すかもしれないです。その可能性に恐れるより、最初から迷いなく戦いたい――そのために、鎧が必要なんです!』




 と力説するので、押し切られてしまったが――




(一緒に座ってるだけで半端ない圧迫感なのよね……)




 いささか窮屈さは否めない。


 とはいえ、軽量化のために操縦席はかなり狭く作ってあるため、ペルレスが鎧を着ようが着まいが狭いことに変わりはないのだが。




「我はこの世界で生きた人間として、お前を殺す覚悟でここに来た」


「……そっか。それはよかった。そうでなきゃどうしようかと思ってた」




 オルクスは悪役を討つヒーローを求める。


 だが手を抜けば、スリーヴァが介入して全力でペルレスを殺そうとするだろう。


 自らの意思と関係なく、友を殺す――それはオルクスが最も恐れた“半端な終わり”。


 だから、彼女も全力でぶつかるしかない。




「でもさ、これだけ大きさに差があるのに、勝てると思う?」




 自ら役に没頭するように、巨鳥は相手を挑発する。


 だがそれに答えたのはラティナだった。




「思うわ」




 ラティナは迷いなく、勝利を宣言する。




「この人形の名はクイーン・ラグネル。私の愛しいお嫁さんの名前を冠しているの。もうこの時点で無敵だと思わない?」




 しかも戦場で惚気けはじめた。


 その不遜さに、オルクスは思わず「ははっ」と声を出して笑った。




「その余裕もここまでよ。鳥っころ風情が、この人形を捉えられると思わないことね。リミッター解除、推進機関フル出力!」




 指に絡みつく魔糸から魔力が流し込まれ、術式が発動。


 タービンが高速回転をはじめ、推進機関がうなりをあげる。




「高速機動モードへ移行! 冷却と結晶砲は頼んだわよ、ペルレスッ!」


「了解した、我に任せて操縦に集中するよい」




 発されるあらゆる金属を溶かす灼熱を、ペルレスの絶対零度が相殺していく。




「出し惜しみはしないわ、最初から全力全開で焼き尽くす――絶対不変の(ディヴァイン)絶対正義サン!」




 さらにラティナの魔力が、増幅機能を持つ機体全体に満ちると、人形は炎を纏う。


 まるで不死鳥のように。


 そのままクイーン・ラグネルは急加速し、オルクスに向かって突進した。


 動き自体は単調――巨鳥は体を傾け回避する。


 その際に生じる暴風に巻き込まれても、クイーン・ラグネルはびくともしない。


 かなり高度な風魔術による防御が自動的に行われているようだ。


 装甲は薄く、結界も必要最低限――その分のリソースを速度や風の対策など、別の部分に回しているのだろう。


 さらに、オルクスは完全に避けたはずなのに、わずかだが翼を焼かれている。




(ただの火魔術にしては温度が異常すぎる。いくら高位の魔術師だとしても……)




 何より、その中心にいるのだから、人形も溶けていなければおかしいし、操縦席の中は蒸し焼きになるのが道理である。


 だがラティナとペルレスは平然としている。




「ずば抜けて遮熱性が高い――ってわけでもなさそうだ」


「当然よ、固有魔術だもの」




 ぐるりと弧を描き、再びオルクスに迫るクイーン・ラグネル。


 術者自身が太陽と化し、敵にだけ炎による被害を押し付ける――それが絶対不変の絶対正義だ。




「上級魔術師が人形を操縦したらどうなるか、その身を以て味わいなさいッ!」




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― 新着の感想 ―
[良い点] 無能だと思っていた親を殺して王になったけど、想像と違って詰んでいる状況は変わらず、王国の最後を見届ける仕事しか残っていないのに気づいてしまったと? この心理描写! >前も言ったけどさ、…
[良い点] 75/75 ・かっこいい! ロボットやってますね [気になる点] そして闇を見た。ヒーローになりたいとな。まあそうでしょうねメトラさんヒーロー好きそう。 
2021/11/26 21:58 退会済み
管理
[良い点] メトラがやるべきことは、むしろぺリアの可能性自体には気付いていたんですから、王に「彼女に賭けて全力で援助すべきです!」とかすれば良かったんですよね。そうすれば勝ち馬に乗れて、旧い諦めの象徴…
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