069 鳥さんこんにちは!
ペリアたち三人が交際を初めて数日。
フィーネが告白を急いだのは、遠くへ行ってしまいそうな彼女を繋ぎ止めるためでもあった。
実際、その目論見は成功したと言えるだろう。
以前以上に三人はべたべたとくっつくようになったし、何ならトイレで離席するだけで寂しがり、すねることすらあるほどだ。
しかし、ペリアの勢いが落ち着いたかと言えば、そうでもなく――
「さあ、今日中に完成させますよー! みなさん、がんばりましょーっ!」
『オォォオオー!』
「にゃー!」
今日も今日とて、マニングの郊外にて、大勢の大工たちとケイトを連れてマニングの新たな施設作りに勤しんでいた。
もちろんレスに語った“切り札”の開発や、ラティナの乗る飛行人形の改良にも携わり、かつゴーレムやブレードオーガ、そしてガーディアンの強化にも着手している。
一方で、以前より早めに屋敷に戻ってくるようになったのも確かだ。
フィーネたちが寝たあとも、徹夜で設計図を書いているなんてことも無い。
事の一部始終を知るケイトは、作業の合間にペリアに尋ねる。
「ペリアさんペリアさん、ちょっといいですかにゃ?」
「どうしたの、ケイトさん」
「フィーネさんに聞きましたにゃ、交際はうまくいっているようで」
「んふふ、ありがとっ。すっごく順調だよ!」
「ですがその割には、ペリアさんの仕事量は変わっていないように見えますにゃ」
ケイトの素朴な疑問――現在行っている線路工事にしたってそうだ。
ペリアはたった一人で木材と金属の加工を行い、あとは組み立てるだけの状態でここに持ってきた。
だからこそ、恐るべきスピードでマニングとユントーを繋ぐ路線を開通させようとしている。
いくらファクトリーが便利すぎる固有魔術だったとしても、一人でやるには時間が足りなすぎる。
「それはすっごく頑張ってるから!」
ペリアはそう元気いっぱいに答えた。
確かに本人は疲れている様子もなく、実際しっかり休んでいるのだという。
すると彼女は、さらにこう説明を付け加える。
「でも前よりは他の人に頼る比率を上げてみた、かなぁ」
そう言って、大工たちのほうを見るペリア。
彼らはそこまで細かく指示を出さなくとも、前もって渡された図面通りに工事を進めている。
「指揮を取る経験っていうのはあまりなかったから、塩梅がわからなかったんだと思う。前より意識して、頼る割合を増やしたらすごく楽になったんだ。あとフィーネちゃんとエリスちゃんに告白された嬉しさも加わって、今の私は絶好調!」
そう言って片手でピースする彼女は、言葉通りとても浮かれているように見えた。
「ペリアさんにブレーキをかけるつもりでフィーネさんの背中を押したのに、さらにアクセルがかかるとは驚きですにゃ」
「……私もちょっと意外だったかも」
「と、いいますと?」
ペリアは照れくさそうにはにかむ。
「いつか恋人になるって、当たり前のことみたいに考えてたの。だからいつ来ても心の準備は出来てて、平然と受け入れて、今までと変わらない関係が続くのかなーと思ってたから」
「にゃるほど、想像よりも嬉しかったと」
「そうなんだよねぇ……えへ、えへへ……」
昨晩、あるいは今朝のことでも思い出したのか、ペリアの頬は緩みっぱなしだった。
その様子はあまりに幸せそうで、ケイトも茶化せないほどである。
「というわけでっ、この勢いがあるうちに、できることをやっちゃおうと思って。もちろん体調を崩したら元も子もないから、ちゃんと休みつつ、ね。慌ただしくてごめん、ケイトさん」
「問題ありませんにゃ、これが完成して一番恩恵を受けるのは我が商団ですからにゃあ。ちなみに、ユントーと繋げたあとは……」
「その先の村とも繋げるよ。交渉は済んでるからね。今日もエリスちゃんが結界の設置に行ってるし……最終的には王国をぐるっと一周する形になるのかな」
王国の町々は、都を中心として、八方に伸びる枝のように点在している。
マニングやユントーのようなFランクの貧しい村は、その末端に位置するため、それらを線で結ぶと最終的に王国を円で囲むのだ。
「素晴らしい未来予想図ですにゃ! 今後も全力で協力させていただきますにゃ」
「うん、私もケイトさんのことを信頼しすぎない程度に頼るね」
「にゃははっ、ペリアさんは賢いのでにゃかにゃか口説けないですにゃあ」
「エリスちゃんがついてる限りはね」
会話を終えた二人は、再び作業に戻る。
工事にはペリアの作った小型人形も活用され、かつ元からユントーまでの道が拓かれていたこともあって、順調に進んでいく。
彼女は『戦闘準備さえ整えばすぐにでも都に攻め込もう』と考えていたため、場合によってはこの線路がユントーに繋がる前に、戦いが始まるかもしれないと思っていたが――
(この早さなら、完成を見届けて戦いに臨めそうかな)
◇◇◇
二日後には工事が終わり、実際にトロッコが動きはじめることとなった。
マニング側とユントー側の線路の末端には、乗り降りがしやすいよう屋根の付いた簡易的な駅が設置された。
実際に運用が行われる直前になると、“次はどんな装置が動き出すんだ”とマニングの住民たちが様子を見に来た。
彼らの家にはすでに魔力導線が引かれ、明るい夜を過ごせる恩恵を享受したばかりだ。
期待に胸が膨らむのも仕方あるまい。
「随分と観客が増えてきた」
「あたしらだってそうだろ。ペリアは忙しそうだし、退屈そうな観客の前で踊りでも披露してみるか?」
「それは駄目」
フィーネは冗談のつもりで、エリスも当然そう受け取ってくれると思ったのだが――存外に、彼女は真剣な表情をしていた。
慌てて『おいおい、本気にするなよ』とフィーネが言おうとしたところで、
「今の私が二人の踊りなんて見たら……死ぬ」
エリスは心底苦しそうに胸を抑えながら言った。
フィーネは呆れ1割、嬉しさ9割の苦笑いで肩を震わせた。
「ははっ、告白する前も限界だって言ってたが、したあとも限界だな」
「愛情が落ち着くどころかますます膨らんで……正直、今もフィーネを暗がりに連れ込みたいぐらい……そうだ、別に今なら連れ込んでもいいかもしれない」
「お、落ち着けエリス! こら肩を掴むなっ、抱きつくなっ、見られてるから!」
「うふ、うふふふふ……」
怪しげな笑い声をあげながら、フィーネに絡みつくエリス。
トロッコのセッティングを行うペリアは、その声に気づいて二人のほうを振り向いた。
「いいなぁ、二人とも」
羨ましそうにつぶやく彼女に、近くで作業していた若い大工が声をかける。
彼が手にしているのはスパナだ。
どうやらボルトが緩んでいないか最後の確認をしていたらしい。
「構わないですよペリアさん、別に行っちまっても。こっちは俺らだけでもできますから」
「大丈夫です、二人にはあとで相手してもらいますから。それより早くチェックを終わらせて走らせちゃいましょう、ユントーの人たちも心待ちにしてるでしょうから」
当然、トロッコの目的地であるユントー側にも、今日の試験運行のことは話してある。
ペリアたちは実際に見たわけではないが、あちら側でもひと目見ようと観客が集まっているのは想像に難くない。
少しでも早く走らせること――それが、ペリアの“甘えたい欲”をこれ以上焦らさないためにも、最も優先すべきことであった。
するとそのとき、ふいにペリアの手元が暗くなる。
「……雲?」
どうやら、陽の光が何かに遮られたようだ。
人々も反射的に空を見上げる。
そこにあったのは雲などではない。
「にゃ、にゃんですか、あれは」
ケイトがそう声を震わせる。
村人たちも、その常軌を逸した光景に、声すらあげることができなかった。
そして、エリスがつぶやく。
「巨大な、鳥……」
それが何なのか、彼女は知っている。
もちろん、ペリアとフィーネも。
「ありゃあ、デリシャスバード……じゃねえ」
「ハイメン帝国のガルーダだっ!」
そうペリアが大声で叫ぶと、村人たちは悲鳴をあげて、蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出す。
しかし、ガルーダの大きさはあまりに圧倒的だ。
はるか高い空の向こうにいるのに、人の足では地上を覆う影から脱することもできない。
さらにガルーダは高度を下げ、マニングに接近してくる。
「この村をぶち壊そうってのか」
「やらせない――」
「フィーネちゃん、エリスちゃん!」
ペリアは二人に駆け寄ると、誰もいない空間に手を伸ばした。
彼女がわざわざ“敵だ”と叫んだのは、大型人形をハンガーから呼び出すためでもあったのだ。
ゴーレム、ブレイドオーガ、ガーディアンの三体が、膝をついた状態で呼び出される。
「ありがとよペリア!」
「どうするペリア、まともに戦える相手とは思えないけど」
フィーネとエリスは、開いたハッチに飛び乗った。
「まずはみんなを守ることを優先しよう!」
同様に、ペリアも作戦を伝えながらゴーレムに乗り込んだ。
ハッチが閉じると、人形たちはほぼ同時に立ち上がる。
ガルーダが、マニングの結界外に着地したのも、ちょうどそのタイミングだった。
地上近くで羽ばたくだけで、大地はえぐれ、数百メートル離れた結界すらバチバチと弾け、ぐにゃりと歪む。
そうして可能な限り減速して、足は地面に触れたが――それでも地面は激しく揺れた。
トロッコに積み込まれた荷物がこぼれ、逃げ惑う人々も転び、まともに歩けなくなる。
「この大きさ、間近で見ると余計に馬鹿げて見える……」
エリスが見上げても見えないほどに、その天辺は遠い。
このサイズにこの距離――もはや知らなければひと目で“鳥”だと認識することすら難しい。
さながら山が天から落ちてきたような光景だった。
「あんなもん、押し潰されただけであたしらおしまいじゃねえのか」
その高さ、およそ1000メートル。
もしこの存在が敵意を持って襲いかかってきたのなら、特別な武器など必要なく、ただ爪を振るうだけで勝負は決するだろう。
「重さや力じゃ絶対に勝てない。みんなで結界を重ねてしのぐしかない!」
拳で殴ったところで、剣で斬りつけたところで、あの翼をへし折るのは難しい。
結晶砲ですらかすり傷程度しか与えられないだろう。
とにかく、今は人命を優先して防ぐ――それがペリアにできる最善であった。
「だったらガーディアンが中心になって結界を展開する」
すでに三人とも声は外に垂れ流しだった。
こんな強大な敵が相手なのだ、聞かれて戦況が不利になる余地もないほど、すでに不利だ。
「あたしらはその補助だな」
「二人とも、相手が動くよ!」
ガルーダは翼を開いた。
それだけで猛烈な風が巻き起こり、竜巻めいた風の渦が木々を根こそぎ引っ剥がして、ゴミのように投げ捨てる。
ただの予備動作で景色が変わるほどの威力だ。
ならばあの広げた翼を、勢いよく羽ばたかせたらどうなってしまうのか――
「ゴーレムちゃん!」
「ブレードオーガッ!」
「ガーディアン」
『リミッター解除!』
三人は同時にコアのリミッターを解除し、人形の出力を引き上げる。
そしてチャージストーンに蓄積された魔力を解放し、多重結界を展開した。
対するガルーダの放った風は、もはや“空気の津波”とでも呼ぶべき代物であった。
全ての物体を飲み込み、大地を更地に変えながら、それらを取り込み灰色となった風塊がマニングの結界に迫る。
誰もが思った。
なぜ巨鳥は上空から押し潰さなかったのか。
なぜ巨鳥はわざわざ結界の外から攻撃したのか。
だがそれらの疑問は、今繰り広げられている光景を目の当たりにすると一瞬で氷解する。
本人の意図はどうであれ、つまるところ、“その必要がない”のだ。
その翼の前には、木々は塵に等しく、山は小石に等しく、結界は薄紙に等しい。
触れた瞬間、割れるでもなく、水に溶けるように消えて無くなった。
そしてついに――ガーディアンの結界が、ガルーダの風と接触する。
パチッ、とわずかに音がした。
「もう一枚目が――!?」
エリスはさっと血の気が引いた。
このペース、どう考えても最後まで抑え込めない。
だが――
(まだやることもやれないのに、死ぬわけにはいかない!)
彼女には、どうしても生き残りたい理由があった。
そうしている間にも、パキリと二枚目の結界が割れる。
続けて三枚目、四枚目と破壊され――ゴーレムとブレイドオーガの結界まで到達。
「ふんぬうぅぅううっ!」
「おぉぉおおお! 行かせるかよぉおおおお!」
必死で止める二人。
だがガーディアンと異なり、結界に特化していない二機では、止められる時間はあまりにわずかで1秒にも満たない。
その間にエリスは――
(術式の残留した魔力を破棄、新たな結界を展開する)
破壊した結界を張り直す。
再び四枚。
無論、それらもすぐに割られたものの――その間に、ぺりアとフィーネが一枚ずつ新たな結界を展開する。
(再展開――)
割られるたびに、すかさず次の結界を展開する。
多重で結界を張っているからこそ可能な戦法だ。
もっとも、これが続けられるのはチャージストーンに魔力が残留している間のみ。
魔力が尽きるのが先か。
はたまたガルーダの風が押し負けるのが先か。
相手は一度放ったきりだ。
つまり結界で止める時間が長引くほどに、着実に威力は弱まっている。
最初は1枚の結界を割るのに0.2秒ほどしかかからなかった。
しかし今は0.3秒かかっている。
これがもっと伸びれば――という話ではない。
少しでも弱められた。
かつチャージストーンに残る魔力量は十分残っている――その時点で、第一の交戦を乗り切ったことは確定しているのだ。
破壊、再展開、破壊、再展開――それを何度も繰り返すうちに、風は収まっていく。
「……」
静かに翼を閉じたガルーダは、三体の大型人形を見下ろして、わずかに首をかしげた。
ひとまず危機は脱した。
もっとも、それは“ほんの一撃”を止めたに過ぎない。
敵はまだ健在。
それどころか、ほぼ消耗していないに等しい。
一方でエリスはどうか。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
魔力はコアから供給されるにしても、結界を破棄し再展開するのは彼女の役目だ。
先程の攻防でそれを何十回繰り返したことか――
体力の消耗は大きく、汗が頬を伝い、肩で呼吸をするほどだ。
「ふぅ……やっぱエリスの結界はすげえな」
「うん、エリスちゃんがいなかったら私たち、今ごろマニングごと塵になってたよ」
「褒めても今は鼻血しか出ない」
「それやばい血管切れてるやつだろ」
「指だったら舐めて治せたのにね」
「鼻でも別に構わない」
「状況が特殊すぎんだよ!」
こんなことを話している場合ではないのだが、いかんせん主導権は完全にガルーダ側にある。
ペリアにできるのは、待つことだけだ。
ゆえに少しでも焦りや恐れを打ち消すために、フィーネやエリスと話すのは合理的な行動と言えなくもない。
しかし不思議なことにガルーダはそれをじっと聞いているようにも思えた。
少なくとも一撃目を放ってから数十秒、動かずに止まっている。
「なあペリア、エリス……」
「何、フィーネちゃん」
「生きて帰ったら、もっと恋人らしいこと色々しないとな」
「フィーネ、縁起が悪い」
「願掛けだよ」
「でもフィーネが色々やらせてくれるなら、私もやる気が出る」
「私もやりたいこといっぱいあるよ!」
「何か嫌な予感してきたぞ……」
「エリスちゃん」
「ペリア」
「生きて帰ったら」
「うん、二人でフィーネを……」
せーの、でペリアとエリスは声を揃える。
『辱めようね!』
「いやそれはおかしいだろぉ!?」
すかさず突っ込むフィーネ。
いささか戦場でふざけすぎている、という自覚は三人にもあった。
しかし――
(まさかこのガルーダとかいうデカブツ……)
(私たちのこと観察してる?)
(ひとまず会話を続けたら時間は稼げる……みたい)
理由はわからないが、敵の攻撃の手が止まった以上、そこに賭けてみるしかない。
三人はそのまま、“生きた人間の会話”をガルーダに聞かせてみることにした。
その間に、マニングでは上級魔術師たちが動きはじめていた――




