表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

62/87

062 理性は感情の消しゴムにはなれません

 



 戦いを終えたエリスとフィーネは、付近に落ちていたリュムのコアを回収後、ゴーレムの元へ向かった。


 ランスローとの戦いの方が一足先に終わったはずなのだが、ゴーレムはまだそこに立ち尽くしたままだ。




「おーいペリア、大丈夫かー?」


「ペリア、こっちも終わった。戻って休もう」




 操縦席のハッチを開き、呼びかける二人。




「うん……休むぅ……」




 返ってきたのは、なんとも気の抜けた声だった。


 顔を見合わせるエリスとフィーネ。


 遅れてゴーレムのハッチが開く。


 中にいたのは――顔から首にかけて血まみれになり、へたりこんだペリアの姿だった。




「なっ――ペリアっ!?」


「っ!」




 二人は同時に駆け出し、ゴーレムの操縦席に飛び込む。


 そしてフィーネはペリアの体を抱き寄せ、エリスは即座に治癒魔術をかけた。




「大丈夫かっ、意識はあるか!?」


「うん……あ、ごめんねエリスちゃん、これ傷じゃなくて、顔から出てきた血だから」


「そっちの方がやべえだろうが!」




 フィーネに怒鳴られ、「あはは」と苦笑するペリア。


 戦闘中はまだまだ動ける気がしていたが、脳内麻薬が麻痺させていただけなのだろう。




「さすがに空中での高速機動はまだきついねぇ」


「当たり前だ! あんま無茶すんなよ……」




 涙目になりながら、抱きしめるフィーネの両腕に力がこもる。




「うん……次からは気をつける」




 少し苦しさを感じながらも、ペリアは幸せそうに目を細めた。




「ふぅ」




 そうしている間に、エリスの治療が完了する。




「ひとまず血管の断裂は塞いだ。出血は止まったはず。あとはしっかり休むこと」


「ありがとぉ、エリスちゃん」


「それと――」




 彼女はいつになく怖い表情で、ペリアに顔を近づけた。




「な、なにかな……?」




 怒られる――そう思ったが、エリスの視線はペリアから外れ、フィーネに向けられる。




「フィーネばっかりずるい。私も抱きしめる」


「そっちかよ……まあ、そうしたい気持ちはよくわかるけどな」




 当人の了承をすっ飛ばして、フィーネからエリスの手へと渡されるペリア。


 エリスはじーっと腕の中の愛おしい人を見つめ、彼女に告げた。




「お疲れ様。一人で勝てたペリアはすごい」




 そして、ぎゅーっと自分の胸にペリアの顔を押し付ける。




「むぐっ……くりゅひい……」


「9割ご褒美1割罰」


「99%はご褒美かなぁ……でも」




 ペリアはずぼっとエリスの胸から顔を出した。




「エリスちゃんとフィーネちゃんもすごい。やっと一人目を倒せたんだね」


「ペリアが戦ったからこそだ」


「つまりみんなすごい」


「んへへ……だね。私たちの大勝利、だよっ」




 三人はようやく果たされた1つ目の復讐を祝し、笑みを浮かべた。




 ◇◇◇




 翌日、戦闘に参加したペリア、エリス、フィーネの三人が休養している間に、上級魔術師たちが中心となって村の片付けが行われた。


 そんな中、ペルレスは密かにリュムの亡骸を回収し、村外れの墓地まで運んでいた。


 遺体を木箱に入れ、掘られた穴に収める。


 その後、シャベルを手にしたウレアが上から土をかけた。




「ありがとです、ウレアおねえちゃん」




 しゃがみながら埋められていく箱を見つめるペルレス。




「これぐらいどうってことないっすよ。それに、真っ先に話を聞かせてくれて嬉しかったっす」




 戦いの後、ペルレスの様子がおかしいことに最初に気づいたのがウレアだった。


 そこで彼女は聞いたのだ。


 ペルレスの記憶が、少しだけ戻ったことを。




「私のことを気持ち悪いと思うどころか、こんなに良くしてくれるなんて……」


「前も同じこと言ったと思うっすけど――誰も思わないっすよ、そんなこと」


「それはおねえちゃんが嬉しいからです。この世界をめちゃくちゃにした帝国の研究者だった上に、妹を犠牲にして生き残ったいい大人が、子供のフリをして、おねえちゃんなんて呼び方してまで甘えて……」


「あんまり自分を責めないでほしいっす。オレまで悲しくなるんで。むしろそれだけ辛い思いをしながら、立ち止まろうとしないの……マジで、尊敬できるんで。うっす」


「私、そんな立派な人間です?」


「そうっすよ。オレに話してくれたことだってそうっす。誰かに正直に打ち明けるって、そう簡単にできることじゃないっすから」




 話しているうちに穴は完全に埋まった。


 そして最後に、ペルレスが作った木の十字架をウレアが突き刺し、墓は完成する。




「でも……本当にオレ以外、誰にも言わなくてよかったんすか?」




 ウレアの問いに、ペルレスは首を振る。




「この世界の人たちにとっては、帝国の人間が全ての元凶です。リュムちゃんも何百人……ううん、ひょっとすると何千人って人を殺してきたと思うです。恨むほうが正常なんです。特に、故郷を滅ぼされた人なんかは」




 だから、死体を回収したことも、ここに墓を建てたことも誰にも言わなかった。


 ペルレスとウレアだけの秘密だ。


 どのみち、本当の意味でリュムを弔うことができるのは、この世界ではペルレスだけなのだから。


 彼女は墓に手を伸ばすと、撫でながら寂しげに表情を曇らせる。


 ウレアが黙ってその様子を見ていると――カサリと、背後で草が揺れる音がした。


 二人は同時にそちらを向く。


 赤く長い髪を揺らしながら、女は木の陰から姿を現す。




「ラティナ!」


「どこにもいないと思えば、こんなとこに居たのね」


「オレたちの話、聞いてたんすか」




 ウレアが軽く睨むと、ラティナは観念したように両手を上げて答えた。




「言っとくけど、盗み聞きするつもりはなかったわ。本当にペルレスを探しにきただけ」


「お墓を作るにもタイミングが悪かったかもですね」


「死体を長期間保存するのは難しいから仕方ないっす」


「それで埋葬された女の子――あのモンスターの正体は誰だったわけ?」




 心配そうにペルレスを見つめるウレア。


 するとペルレスは『大丈夫です』と答えるように微笑んだ。


 彼女は立ち上がり、ラティナと向き合う。




「リュムっていう、八歳の女の子です。私の妹であるラウラの親友だったです」


「面識があったわけね」


「でもペルレスが思い出したのは、昨日の戦いのあとっすから!」


「わかってるわよ、別に疑ってるわけじゃないわ。ただ私に限らずみんな興味があるの、ハイメン帝国を名乗る連中の正体にね」




 ラティナは墓に歩み寄り、少し不格好な十字架を見下ろす。




「聞いたところ、今回の相手は元一般人みたいじゃない。組織的な動きがあまり見えないとは思ってたけど、いわゆる烏合の衆ってやつかしら」


「リュムに関しては偶然生き残ったから組み込まれたんだと思うです。ただ、スリーヴァとフルーグは……」


「身内だった?」


「そういうのではないです。でもおぼろげに、新聞や書類で名前を見た覚えがあるです」


「有名人だったんすか」


「フルーグは……確か軍の関係者です。スリーヴァも皇帝にかなり近い位置にいたと思うです」


「皇帝、か……やっぱそのあたりの話は共有しときたいわね」


「わかってるです。私もそのつもりだったです」


「ならいいんだけど」


「あの、待ってもらえるっすか。この墓のことは――」




 ウレアの言葉を途中まで聞いて、ラティナは「ふっ」と笑った。




「何で笑うんすか」


「いやぁ、ペルレスもいい世話焼きを見つけたなぁと思ったのよ。ま、うちのラグネルがナンバーワンだけど?」


「……どういうことっすか?」




 いまいち発言の意図を理解できないウレアに対し、ペルレスの頬はほんのり赤らんでいた。




「心配しなくてもこの墓のことは誰にも言わないわ。ペリアたちの気持ちを尊重した上で隠した方がいいって判断したんでしょう?」


「私のエゴかもしれないです」


「自信なくしすぎよ。あんまり落ち込んでると、貴女のことを好きな人まで落ち込むわ」




 そう指摘され、ペルレスはふいにウレアのほうを見る。


 二人の視線が重なった。


 今度はウレアが赤らむ番だった。




「あー、暑い暑い」




 わざとらしく手で顔をあおぐラティナ。


 彼女は墓から離れ、二人に背を向ける。




「明日にでもみんなに帝国のことを話す場を設けるわ。記憶を取り戻した理由は私が適当に考えとくから。あと、街の片付けはまだ終わってないから早く戻ってくるのよー」




 ラティナは手をひらひらと振りながら去っていく。


 その姿が見えなくなってから、ペルレスは苦笑しながら口を開いた。




「ラティナは本当に遠慮がない人です」


「ラグネルさんが控えめだからバランス取れてるんすね」


「あは、そうかもです。でもラティナの言う通り、そろそろ戻らないとです」




 抜け出してサボっていたのは、紛れもない事実だ。


 怒らなかっただけ、ラティナにしてはかなり優しい対応だったと言えるだろう。


 手を繋いで一緒に戻ろう――そう思い、ペルレスがウレアの手を握ろうとすると、彼女はうつむいて暗い表情を浮かべていた。




「ウレアおねえちゃん?」


「明日、ランスローさんのお葬式やるんすよね」


「です。関係者だけで、簡単にですけど」


「頭ではわかるんすけど……なんか、言葉では説明できない、モヤッとした気分っす」




 ウレアが言っているのは、リュムとランスローの差についてだろう。


 ランスローだって裏切った。


 だけどその死を惜しむ人はいて、魔術師だけで葬儀を行うことになった。


 一方で、こうして誰にも知られずに埋葬するしかない人間もいる。


 ペルレスは柔らかな笑みを浮かべ、ウレアに語りかける。




「おねえちゃんは私から事情を聞いたから、リュムちゃんに同情するです。けれど被害者側の事情を聞けば、また感じ方は変わってくるです」




 誰がペリアたちを責められるだろうか。


 リュムが殺されていなければ、死んでいたのはエリスとフィーネのほうだ。


 そのあとで彼女は村人を皆殺しにしただろう。


 今まで、人の命を暇つぶしのおもちゃとして扱ってきた――それと同じように。




「戦いってそんなものです。万人が幸せになって終わりなんてことはないです。それでも、この戦いは泥沼でもなければ、袋小路でもないです。より多くの人が幸せになるための“答え”があるですから」




 一般的に、“悪”の存在する戦争なんて無い。


 だがこの世界はどうだろう。


 わざわざ未来の世界からやってきて、一方的かつ理不尽な暴力で全てを滅ぼし、支配したハイメン帝国。


 あるべき時代ではなく、あるべき姿でもなく、あるべき理念もそこにはない。


 彼らを滅ぼすことは、この世界の住民が持つ共通した“正義”と呼べるものではなかろうか。


 例外として、ペルレスのように彼らの死に胸を痛める者もいる。


 だがそんなものは止まる理由に鳴りえない。


 絶対正義とは呼べないが、限りなくそれに近い道理がペリアたちにはある。




「私たちは、そこに向かって進んでいくです!」




 彼女はぐっと両手を握って、ウレアを励ますように言った。




「うす……そういうとこ、やっぱペルレスのほうが大人だなって感じっすね。オレなんて当事者ですらないのに……情けないこと言って」


「たまには頼りになるところも見せるですよっ。それに、おねえちゃんが自分のことのように考えてくれて嬉しかったです!」




 そう言って、改めてウレアの手を握るペルレス。


 ウレアは少し救われたように微笑し、二人は町へと戻っていった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] これは悲しく悲劇的ですが、少なくとも閉鎖があります。 愛する人のために葬式や埋葬を手伝うことで、不快ではなく、安心できる方法を書く方法が好きです。 あなたは死から逃げるべきではありません、…
[良い点] 「戦争に正義なんて無い」は平和な世界や時代を生きる上ではある種の心の支えになるし、未来の展望にも繋がりますけれど、戦時にそれを掲げても味方は勿論、敵だって報われませんからね…自己満足ですら…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ