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061 死を浄化とは思いたくありません

 



 マニングの空を舞う、黒の竜と鈍色の巨人。




「うおぉおおおおおおおッ!」


「うがあぁぁああああッ!」




 互いに咆哮を轟かせながら、空中での高速戦闘。


 翼を使い器用に飛ぶランスロー。


 対してゴーレムは、脚部の風魔術を利用して飛翔しているため、その動きは直線的であった。


 読みやすい――ランスローは最初こそそう思っていたが、すぐにその評価を覆すこととなった。


 とにかく動きが速いのだ。




「いつまでもちょこまかとっ……ぐうぅっ!」




 ゴーレムは無理に接近せず、一定の距離を保ちながら脚部砲門での攻撃を主としている。


 アジ・ダカーハは尻尾を振り回して対応するのだが、その巨体ゆえにどうしても1つの動きが大きくなってしまう。


 ペリアはそのタイミングを狙ってチャージを仕掛け、拳を叩き込んでいくのだ。


 さらに、この速度ではレンジで劣る竜の爪は使いにくい。


 もちろん相手の重さを奪うのがベストなのだが、すでにペリアはランスローの固有魔術の存在に気づいている。


 そう簡単に触れさせてくれるほど不用意ではなかった。




「空中ならばッ! 翼のある自分が有利だと思ったのでしょうが!」




 ペリアは目から血の涙を流し、鼻からも血をだらだらと垂らしながらゴーレムを操っている。


 美少女が台無し――いや、ある意味で輝いていると言えるかもしれない。


 確かにその瞳には、いつになく激しい炎が宿っていたのだから。




「慣れていないんですよ、ランスロー様はッ!」




 空中戦のみではない。


 その竜の体にも、だ。


 ゆえに鞭のようにしなる尻尾も、まだうまく扱えていない。


 羽ばたき、ゴーレムを追って、体をひねり振り下ろしても、すでにそこに敵はいないのだ。


 遅すぎるから。


 それを補うために尻尾に風をまとわせ、風の刃で切り裂いてみたり、風の流れでゴーレムを引き寄せようとしているようだが、やはりそれらの魔術が発動するより、ゴーレムが範囲外に出る方が速い。


 加えて、慣れない体ゆえに魔術の制御も難しいのか、高度な風魔術を使えないでいる。




「だからといって、そんな無茶な飛び方をする君に押される理由は無いさ!」




 決して強がりではない、とランスローは叫ぶ。




「いいえあります! 元より身体能力は私の方が上ですからッ!」




 一方でペリアもまた、自信を持ってそう言い放った。


 純粋な魔術師として生きてきたランスローと、人形遣いの技術を戦闘に利用するという邪道を進んできたペリアの違いだ。


 身体能力――もっと言えば反射神経の差は、どんなに肉体が強化されても即座に埋められるものではない。




「だとしても、そう長く続くものではないだろう! ぐ……君の体がいつまでもつと言うんだ、こんな馬鹿げた戦い方で!」




 ランスローからペリアの顔が見えるわけではない。


 だが客観的に見れば、今の血まみれでぐしゃぐしゃのペリアの顔は、死ぬ間際と言われれば納得してしまうような有様だ。


 しかし、ペリア自身はまだ限界は遥か遠くにあると感じている。


 血が出ているだけだ。


 体が押しつぶされそうになっているだけだ。


 どうせ死にさえしなければ、エリスが治癒してくれるのだ。


 だったらまだ生きて動ける――と。




「あなたをッ! 倒すまでですッ!」




 ゴーレムが放った砲撃を防ぐべく、尻尾が砲弾を叩き落とす。


 その動きに隙を見出したペリアは一気に接近し、竜の胸部にパンチを放った。




「が、はっ……!」




 コアが肉体のエネルギー源となっているとはいえ、肺への衝撃に耐えきれず、わずかにランスローの動きが止まる。




「てぇりゃあぁぁあああっ!」




 ゴーレムは続けて、加速を利用した蹴りを脇腹にめり込ませた。




「うぐおぉおおおっ!」




 苦しげなうめき声とともに、ランスローは破れかぶれに腕を振り回す。


 少しでもかすめれば相手から“重さ”を奪えるのだ、ペリアもこれには蹴った反動を利用して距離を取るしかない。


 しかし今のゴーレムには、ランスロー自身が与えてくれた加速機能がある。


 離れた直後、指向性をもたせた風を噴射し、ゴーレムは空中でぐるりと宙返りをして、かかと落としを相手に叩き込んだ。


 真上から脳天を潰され、竜は急降下していく。


 そして大量の砂煙を巻き上げながら地面に叩きつけられた。


 なかなか起き上がれないアジ・ダカーハに、着地したゴーレムがずしん、ずしんと大地を踏みしめながら近づいていく。


 そしてファクトリーよりアダマスストーンのナイフを取り出して握ると、真ん中の首に向かって振り下ろした。




『グォアアァアアアッ!』




 瞬間、三つの首が同時に叫ぶ。


 そこには先程のペリアの肉体を破壊した音波――から少し波形をずらした(・・・・)ものが含まれていた。


 ずらした分、威力は若干劣るが、人間の反応速度では、とっさに逆の波形を発して打ち消すことは不可能。




「づ、ぐぅうっ!」




 強烈な頭痛にペリアの動きは一瞬だが止まってしまう。


 その間に翼の力で起き上がろうとするランスローだが――




「に、がすかあぁあああっ!」




 頭痛と目眩の中、気力だけでペリアが動き、握ったナイフを一番近くの首に突き刺した。


 残念ながら本体である真ん中の首ではなかったが、




「グギャアァアアアッ!」




 ランスローの子供を模したものと思われる竜の首が、悲痛に叫んだ。


 さらにゴーレムはその首を両手で掴むと、ぐいっと横に引っ張る。




「おぉおおっ! これだけ大きさに差があるというのにっ! くっ、引きずられるッ!」




 ランスローも体をばたつかせて抵抗する。


 だが不安定な体勢ゆえに、ゴーレムの力に抗えない。




「うおおぉおおおおおおッ!」




 まるでゴーレム自身の感情を代弁しているかのようにペリアは吼え、回転しながらずるずると竜の体を引きずる。


 その速度は少しずつ上がっていき、ある程度の勢いがつくとランスローの体はふわりと浮かんだ。




「ちぃぃぃぃぎぃぃぃれぇぇぇぇろぉおおおお!」




 竜巻が起きるのではないかというほど激しく周囲の大気をかき混ぜながら、ぐるんぐるんと振り回される漆黒の竜。


 ゴーレム自身の腕関節も無茶な戦い方にギシギシと軋んでいたが、それ以上に限界が近づいていたのは、ゴーレムが掴んでいる竜の首であった。


 ナイフが突き刺されているため、そこから裂けようとしていたのだ。


 すでに皮は裂け、血も撒き散らされ、むき出しになった筋肉もブチッ、ブチッと音を立てながら切れている。


 そしてついに耐えられなくなり、首は分断され、体は山に向かって猛スピードで飛んでいった。


 山のど真ん中に突き刺さるランスローの巨体。


 ペリアは手にした首を投げ捨てると、間髪をいれずに、倒れ込む敵に向かって全力疾走した。




「ゴーレムッ、ブラストォ!」




 ある程度進んだところでさらに爆発的に加速。


 その勢いのまま、拳を突き出す。




「オぉおおおおおっ!」




 いよいよランスローも余裕が無くなってきたのか、雄叫びをあげながら翼で空に飛翔し、既のところで死を免れた。


 代わりにゴーレムのパンチを受けた山は、真ん中から上が完全に吹き飛んで消えてしまっている。


 飛ばされた巨岩が遥か彼方で川に落ち、水柱をあげた。




「はは……まさか、君がここまで強いとはね」




 空中からゴーレムを見下ろしながら、しみじみとランスローは言った。


 彼は失われた首をちらりと見た。


 そこからはどす黒い血がだらだらと流れている。


 模したところで――どうせ同じ結果になる。


 あたかも、運命がそう告げているかのように思えた。




「負けを認めますか?」




 ゴーレムの紅い瞳に睨まれると、わずかに体がすくむ。


 “痛み”を与えられたことで、若干ながら相手に対する恐れが芽生えてしまったのか。




(これが……覚悟の違いだとでもいうのか)




 それだけは、断じて“否”だと思いたかった。


 妻を子を失った。


 その悲しみは、そして蘇らせたいと願う気持ちは、紛れもなく本物だったのだから。


 たとえ歩んできた道の先に、地獄に続く崖しかなかったとしても。


 それを“間違い”だとは思わない。




「いや――とっくに僕は負け犬だ。彼女たちを守れなかった時点でね。そう、失うものなどもう何もない。どれだけ恥知らずと罵られようとも、これ以上落ちることは無いんだ。だから最後まであがくさ」


「そうですか。でしたら私は、叩き潰すだけです」




 ゴーレムが構えを取る。


 ランスローも腕に力をこめ、爪を振り上げた。


 そう、尻尾ではなく――爪。


 触れた瞬間に相手の重さを奪う。


 砲撃の存在を知っている以上、さっきと同じような展開にはならない。


 掠めた時点でランスローの勝利が決定する、まさに一撃必殺だ。


 無論、リーチの短さという大きな問題はあるが。


 そのリスクを負ってでも、彼はやると決めた。


 つまり次の衝突が最後ということだ。


 互いに睨み合ったまま沈黙する。


 翼が羽ばたく音だけが、辺りに響いている。


 ゴーレムとて、その気になれば空中に対して仕掛けることも可能だ。


 上を取ったとはいえ、腕による攻撃に依存する以上、ランスローが有利なわけでもない。


 どちらが仕掛けるか。


 攻めるか、待つか、正答はどちらか――




(敗者がリスクを恐れる必要などない)




 ランスローは己にそう言い聞かせ、前に出た。




「食らえぇッ!」




 空中からの急降下。


 この戦いの中で見せた動きの中で、最も俊敏な動きであった。


 同時に、徐々に肉体に慣れて(・・・)いた彼は、全身に風魔術を纏った。


 そしてゴーレムを上から押しつぶすように、空気による“圧”をかけたのだ。


 ペリアは強い“重み”を感じた。


 ランスローとの距離が近づくほどにゴーレムの足は地面にめり込んでいく。


 すなわち後退しての回避は不可能。


 無論、重たいのは脚部だけではない。


 腕の動きも鈍り、カウンターで相手より先に拳を繰り出すのは難しい。




(もらった――!)




 ランスローの爪が振り下ろされる。


 ゴーレムはそれを、やむなく()で防いだ。


 ボディを引き裂かれるより、重さを失うほうを取ったのだ。




「僕の勝ちだ、ペリア君!」




 勝ち誇るランスローの目の前で――ガコンッ、と腕部装甲が外れる(・・・)


 視線が自然とそれを追う。


 彼は既視感を覚える。


 ぞくりと、背筋に寒気が走った。




(まさか、脚部だけでなく)




 その下から現れたのは、風の魔術が刻まれた強化ミスリルの装甲。




(腕部にも、術式の応用をッ!?)




 ゴーレムの腕部に魔力が注がれ、碧く光を放つ。




「ゴーレム・ブラスト」




 ズトン、と――腰の入った右の正拳突きが、風の加速を得て胸部を貫く。


 もはやそれは打撃ではなく、穿撃。


 アジダハーカの背中からは、血で汚れた巨人の拳が突き出している。




「お……が、あ……っ」




 竜の首が、どろりとした血を吐き出した。


 心臓部に埋まっていたコアも外に押し出されたらしく、ランスローの体から力が失われていく。


 腕は偽の装甲を握ったままだらりと垂れ、やがてそれを保つ力すら失われ、ミスリル塊はずしりと地面に落ちる。


 広がっていた翼も畳まれ、立っていることすらままならなくなったのか、体もゴーレムに向かって傾いていく。


 ペリアはランスローの体から腕を引き抜いた。


 支えを失った竜が力なく倒れ伏す。




「君を見たら……僕みたいな人間は……女々しいことを、考えてしまうよ……」




 倒れ込んだまま、ランスローは語る。




「もっと、早くに……君が、いてくれたら……こんなことには……」


「奥さんを蘇らせる研究は手伝わなかったと思いますよ。私にはフィーネちゃんとエリスちゃんがいるので」


「ああ……そうだね。僕の、家族が死んだことと……その人形は、何の関係も……ごほっ、く、ぁ……はは……でも、思ってしまうのさ……ひょっとしたら、もしかしたら、って……」




 死は終わりだ。


 少なくとも、この世においては。


 だから死んだ者を求め続けた彼は、死ぬまで後悔するしかない。


 人は終わるまで、終わりに触れることはできないから。




「こわい、なあ」




 果たして終わりの先に何かあるのか。


 それも、終わるまでわからない。




「消えるのか……思い出も……亡くした悲しみも……すべ、て……」




 自分が間違っていたとしても、それを失うということは、愛すべき記憶も消えてしまうということだ。


 だったら、いっそ地獄に落ちてしまったほうがいい。


 死んだ家族が天国で幸せになっているのからそれでいい。


 地獄で罰を受けたとしても、“愛する妻と子は幸せに暮らしている”という事実があれば十分だ。


 だが、実際は魂に貴賤はなく、残酷なまでに公平で平等だという――


 ペリアはわずかに目を伏せ、控えめの声で行った。




「……そこに関してはランスロー様と同感です」


「ペリア、くん」


「せっかく復讐が果たせそうなのに、悲しいじゃないですか。あの世から誰も見てくれてないなんて。それに、私は寿命をまっとうして死んだあともフィーネちゃんやエリスちゃんと一緒にいたいですから」




 たとえあの世がなかったとしても、ペリアが歩みを止めることはないだろう。


 だが、見てくれていると嬉しい。


 己の命を奪った元凶を滅ぼし、どうか笑顔になってほしい。


 ペリアも、そう思っている。




「だから、失わずに逝けるあの世があるといいですね」


「ぁ……」




 わずかな声を出して、それきりランスローは動かなくなった。


 ペリアは「ふぅ」と息を吐いて、操縦席内でへたりこむ。


 そして床を撫でながら口を開いた。




「がんばってくれてありがとう、ゴーレムちゃん。あとはフィーネちゃんとエリスちゃんが無事に勝てば――」




 彼女はリュムと戦う二人のほうに視線を向けた。




 ◇◇◇




 リュムは防戦一方。


 体には無数の傷がつき、絶え間なく血を流している。


 さらには体重を支える四肢は震え、「はぁ、はぁ」と荒い呼吸を繰り返していた。


 もっとも傷の一部は徐々にふさがっており、時間を空ければすぐに回復するため、見た目ほど絶体絶命というわけでもなかったが――




極電磁(ハイヴォルテージ)……破撃(ブレーク)ぅぅぅッ!」




 しかし、今のリュムには“時間稼ぎ”を選ぶ冷静さはなかった。


 角に蓄えられた電気が放たれ、ブレードオーガを襲う。


 しかし、その威力は体力の消耗ゆえに明らかに弱まっていた。




「その程度の攻撃ィ、ペリアの作ってくれた人形に通用するかよぉおおッ!」




 ブレードオーガは、自身に搭載された結界の他に、ガーディアンが刻印したスティグマによって身を守っている。


 弱まったとはいえ、リュムの放つ雷撃にはそれなりの威力があったが、二重の結界は突破してもミラーコーティングされた装甲には傷一つつけられない。


 そのままフィーネは敵の攻撃を突っ切り、高く飛び上がる。


 そして機体重量を全て乗せて、体の上から剣を突き刺した。




「ぎゃあぁぁああああああッ!」




 少女の叫び声が一帯に響く。




「ハイメン帝国の串刺し、いっちょあがりィ!」




 フィーネは血走った目で、高らかにそう宣言した。


 明らかに彼女のテンションは高い。


 それもそのはず、なにせ相手はこの世界にモンスターを出現させた張本人なのだ。


 つまり、ずっと探し求めてきた復讐相手の一人。


 それを己の手で殺し滅することができるこの状況で、感情が高ぶらないわけがない。




「離せぇ……殺してやるっ、殺してやるからその剣を抜けぇぇえっ!」




 リュムはじたばたと暴れ、あたりに雷撃をばらまくがブレードオーガは柄を掴んだままびくともしない。




「エリス、こっちは捕まえたぞ。行けるか!?」




 フィーネが呼びかけた先には、リュムによって外された魔力結晶砲を抱えるエリスの姿があった。


 二門あったうちの片方を持ち、彼女は近づいてきた。


 そして――




「みんな殺すぅぅうっ! 王国も帝国もみんなっ――あがっ」




 その砲門を、リュムの口に突っ込む。




「それ手持ちでも行けるんだな、便利じゃねえか」


「かなり汎用性が高い。フィーネも使う?」


「あんま性に合わねえけどな。けど、そういう使い方は結構好きだ」


「私も好み」


「んがあぁっ! あがあぁあああっ!」




 リュムは涎を垂らしながら、必死に砲身を噛み切ろうとする。


 だが未来の王国が作った最新鋭武器だ、その頑丈さは相当なものである。




「というわけで、カウントダウンはじめる」


「おう。さーん」


「にぃ」


「いーち」




 エリスは結晶砲に魔力を込めた。


 内部で魔力の塊が精製され、リュムの口内を照らす。




「むがっ、おがっ、うああぁぁあああああっ!」




 もはや、彼女に逃げるすべはなく――




『ゼロ』




 結晶は、リュムの体内に向かって発射された。


 そして腹部まで到達し、何らかの壁に衝突し、炸裂した。


 フィーネは剣を抜いて離脱。


 エリスも爆風を利用しながら巻き込まれないよう遠く離れる。


 フルフュールの体は一瞬でぼこっと膨らみ、それだけでは勢いを抑えられずに、内容物を周囲にぶちまけながら、盛大に爆発した。


 周囲に血の雨が降り注ぎ、マニングの至るところに肉片が飛び散っていく。




 ◇◇◇




 ラティナ、レス、ペルレスの三人が避難していた小屋の窓にも肉片は衝突した。




「うへぇ……派手にやるわねぇ」




 椅子に腰掛けたまま、若干引き気味のラティナ。




「あ、あっちも……終わったん、だね」




 レスは赤くまだら汚れた窓の向こう――佇むゴーレムと、倒れたまま動かないランスローの姿を見て言った。


 ラティナもそちらに目を向け、感傷的に目を細めて相槌を打つ。




「そうね……」




 止められなかった後悔と、終わった寂しさに、安堵。


 彼女の中で様々な感情がごちゃまぜになっていた。


 一方でペルレスだけは、見ているものが異なる。


 同じ窓に視線を向けているものの、その目線の先は低く――地面に落ちた肉片の一つを見つめていた。


 そして何かを思い出したように立ち上がると、外に駆け出す。


 ラティナが「ちょっと、ペルレス!?」と呼びかけたものの、彼女は足を止めない。


 小さな体で必死に走った先にあったのは、他の肉片とは異なる、“人間の一部”だった。


 桃色の髪に、まだ幼い顔。


 しかし完全なのは頭部だけで、首から下は存在しない。


 断面は、まるでたった今切断されたように赤く新鮮な血を垂れ流していた。




「あ、あなた、は……」




 ペルレスの声と、きゅっと握った手が震える。


 名前は知らない。思い出せない。


 しかし、彼女は確かにその少女を知っている。


 ペルレスの言葉を聞いたリュムは、薄っすらと目を開く。


 瞳に光は無く、虚ろだ。


 息絶えるまで幾ばくの時間も残されていないだろう。




 ◇◇◇




 少女は夢を見ていた。


 いや、正確には“現実に戻ってきた”と言うべきかもしれない。


 長い長い悪い夢がようやく終わって、リュムはようやく日常に回帰したのだ。




「なんだラウラ、そこにいたのね」




 彼女は親友の姿を見つけて、年相応の笑みを浮かべる。




「どこに行ってたのよ、探したんだからね? 一緒に遊ぼうって約束したのに」




 リュムはラウラの手を握って、二人で見慣れた道を歩きだす。




「え、私こそどこに行ってたのかって? ずっとここにいたわよ。確かに今朝は……なかなか起きなかったけど。変な夢を見てうなされてたのよね」




 王国との戦争も終わり、平和になった世界で。




「内容? 忘れちゃった。夢なんてそんなものだもん。それよりラウラと遊ぶほうが大事なんだから」




 彼女が望み続けた、平穏な日常で生き続けるために。




 ◇◇◇




「さ……ラ……ぅ、ラ……はや、く……い、こ……」


「そうですね、リュムちゃん。今日も、一緒に、たくさん遊びましょう……」




 ペルレスがそう返事をすると、リュムは満足げに微笑んで、それきり動かなくなった。




「ああ……」




 妹の親友――その亡骸の前で、膝から崩れ落ちるペルレス。


 胸に手を当て、自分のものではない体温を感じながら、天を仰ぐ。




「ラウラ……リュムちゃん……」




 100年前、踏み潰してしまった妹の脳の感触を思い出して。


 そして今、看取った幼い少女の死に際を噛み締めて。




「どうか正しき場所で、幸せになれますように……」




 せめて今だけは少女が犯した罪も忘れて。


 ただ静かに、彼女はきっとあの世に続いているはずの空に祈った。




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― 新着の感想 ―
ランスローとアジダハーカ、リュムとフルフュールの地の文の呼び方がちょこちょこ混じってますね。中身と外側の違いを表しているのか単純に間違ったのか判断に迷うところです 落としたランスローに歩いて近づくの…
[良い点] あぁ… 巨大ロボ VS モンスター の熱い展開が一段落してしまった… 片方へ肩入れしながら読めないだけに、終わってしまった… という寂しさが。 みんな自分の感情を大事にしていて、“自分に…
[良い点] 怪物になって大暴れって展開は、冷静に考えてみると確かに「人間がいきなり翼を自在に扱えるか?爪や牙の戦いに適応できるか?」って話になっちゃいますしね…最初から負けていたし、一矢報いる隙すら無…
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