057 彼の救いは死だけです
ガーディアンに乗るエリスは、レーダーの反応を見て険しい表情を見せる。
「大きな魔力の反応。結晶砲とは違う、何かが解き放たれた?」
漠然と嫌な予感がした。
何が起きているのか、一発目の煙に包まれた中では視認できない。
だが、どうやら相手は先程の一撃で死んではくれなかったようだ。
彼女はすぐさま魔力結晶砲の発射準備に入る。
「砲身の持つ熱を考えると、二発までなら連発可能。私の魔力もまだまだもつ。出し惜しみの必要はない」
一人そうつぶやきながら、ガーディアンの向きを調整して照準を合わせる。
「3、2、1――」
発射直前、地面が揺れるのを感じた。
さらに煙の向こうで大きな影が揺らめく。
その影は一瞬で大きくなると、煙を突き破って姿を現した。
ガーディアンより二倍以上大きな図体。
曲がりくねった異形の角。
帯電する薄い茶色の体。
そして裂けた口が、ガーディアンを呑み込まんとするほど大きく開かれ、並ぶ鋭く尖った歯は、ただ鋭利なだけでなくバチバチと帯電していた。
殺意の襲来。
リュムは不意打ちのつもりなのだろう。
だがいくつもの戦場で勝ち抜いてきたエリスは動揺しない。
「発射」
幸い、相手の居場所は射線上だ。
両脚を地面から放し飛び上がっている以上、今さら軌道を変えることもできまい。
二つの砲門から透明の結晶が高速で放たれる。
そこから先は、一瞬の出来事だった。
直進する結晶。
空中で体をひねり、その表面を沿うように回避するリュム。
その雷牙は瞬く間にガーディアンに迫り、涎を撒き散らしながら噛み砕く。
エリスは即座に右肩のチャージストーンの魔力を利用し結界を展開。
己の人形を守る。
しかし“将”を名乗るモンスターを前に、その程度の結界など薄板のようなもの。
結界は即座に砕ける。
次、左肩のチャージストーンで結界を展開。
噛み砕く。
しかしまだ右手がある。
左手がある――それらの結界を重ねれば、1秒にも満たぬが時間は稼げる。
それは刹那の応酬を繰り返す戦いに置いてはあまりに致命的なタイムラグ。
ガーディアンは後退し、リュムの顎はガチンッと空を切る。
だが、すかさずリュムは次の攻撃を繰り出す。
「極電磁ィ――!」
彼女から見て、ガーディアンが次の攻撃を繰り出すにはまだ時間が必要だと思われた。
ゆえに踏み込み、攻める。
一見して窮地――そんな状況下でも、操縦席のエリスは冷静そのものである。
「結界術式、刺殺聖域」
右のつま先が、トンッと地面を叩いた。
するとあらかじめ地面に描かれていた術式が起動する。
地面からせり出してきたのは、先端の尖った複数の結界であった。
それらが、無防備なリュムの腹部に突き刺さる。
「こんなよわよわ魔術でさああっ!」
しかし、その刃は彼女の皮膚を突き破ることはできなかった。
無情にも砕け散る。
ガーディアンはその間に、さらにリュムから距離を取った。
「どーせ結晶砲を撃てばとか思ってるんだろーけど」
異形の化物から流暢な人間の言葉が発せられる姿は、何度見てもやはり異様だ。
人形を使っての初戦闘ゆえ、緊張もあってか、エリスの手のひらにわずかに汗がにじむ。
「その前にぷちって潰してあげる! 焼き尽くせェ――極電磁・新星爆発ァァァァァッ!」
リュムの体が、先ほどよりさらに大量の雷をまとう。
(まずい――)
ぞわりと粟立つ肌が、死の危険を教えてくれる。
エリスは可能な限りリュムから距離を取り、同時に限界まで多くの結界を張った。
溜め込まれた電気が爆ぜる。
「てえぇぇりゃあぁぁああああッ!」
「づうぅぅうっ!」
ガーディアンの視界は一気に白に包まれ、得られる情報は外部から与えられる強い衝撃だけだった。
結界で防げているのか。
機体は無事なのか、それすらわからない。
数秒後、視界が晴れる。
リュムは少し離れた場所に立っている。
大量放電の余韻か、パチパチと体の回りで雷光が弾けていた。
対するエリスは、両腕を動かしガーディアンのコンディションを確認する。
「少し焼けてるけど、動きは問題なし。結界で防げたみたい」
彼女は安堵する。
それは同時に、リュムが苛立つことを意味する。
「今のを防ぐとか本当に生意気ィ。結界だけじゃなく、対魔術コーティングまで施してるなんて、ほんと今のうち潰しとかないとヤバいよあんたたち」
ペリアたちの技術の進歩により、ミラーストーンを砕くことができるようになった。
その粉末を塗料に混ぜることで、装甲がいくらか魔術を反射するようになったのである。
リュムたちの時代ではミラーストーンは大量生産され、装甲機動兵には標準装備されていたものだが、それは100年以上未来の話。
過去であるはずのこの世界で、早くも人形がその機能を得たことは、ハイメン帝国にとっては笑えない事実だった。
そんなリュムに向けて、エリスはあえてスピーカーを付けて言い放つ。
「この世界にコアをもたらしたあなたたちの自滅。まあ、無くてもペリアが作ってただろうけど。結局、ハイメン帝国はどうあっても負ける運命だった」
言うまでもなく、挑発である。
リュムもそれは理解していたが、だからといって感情を押さえられる彼女ではない。
「は……ははっ……王国軍のパチモノ作ってそこまで調子に乗るなんて。あの世でもそんな口がきけなくなるぐらい、徹底的に焼き尽くしてやる!」
再び、四足歩行の異形は電気を纏い、ガーディアンに飛びかかった。
「冷却完了まであと少し」
エリスは表情一つ動かさず、その冷たい瞳で襲い来る化物を見つめる――
◇◇◇
「心の底から失望したわ」
ラティナは、地面に這いずるランスローに向かって言い放った。
「どうせ死んだ奥さんと子供を蘇らせるとか言われたんでしょう? どうしてあんたほどの人間が、胡散臭い連中の言うことなんて信じたのよ」
「信じてなんていなかったさ」
彼は観念した様子で、覇気のない声で語りはじめた。
「スリーヴァという老婆は僕にこう言った。自分たちは過去に戻る技術を持っている、それを使えば妻と子供にもう一度会える、とね」
「……それは」
ペルレスが息を呑む。
それは確かに、ハイメン帝国には存在した技術だ。
「僕は疑った。しかし同時に、これは好機だと思った。部下と一緒に逃げ出すために、その誘いに乗ったのさ。スリーヴァも僕が約束を反故にする可能性ぐらい考えていただろうに、あっさりと逃してくれたよ」
「そ、それは……ランスローが裏切る確信があった、から?」
「どうだろうね。案外、あの老婆はどうでもいいと思っていたのかもしれない。ちっぽけな人間の一人や二人、どうなってもいいと」
「でもあなたは私たちを裏切ったわ」
「仕方ないだろう」
「何が仕方ないっていうのよ!」
「生き証人が目の前に現れたんだから」
ランスローは顔を上げ、ペルレスを見つめた。
彼女も、それが自分のことだと気づいていたのか、目を見開いて、拳を握った右手をわずかに震わせている。
「最悪のタイミングだった。君が、僕に希望なんて与えなければ……いや、この村に来た時点で時間の問題だったんだろう。どのみち、僕は君たちを裏切る運命だった」
「私が……正体を明かさなかったら、ですか……?」
「ペルレスのせいじゃないわッ! どう足掻こうとも、裏切っていい理由にはならないもの」
「ランスロー、あ、あなたは、ペリアに殺意を抱いた。そ、そして、それを実行した。その時点で……」
「絶対に許されない、だろう?」
彼は不敵に微笑んだ。
その表情からは、見る角度を変えると、どこか自虐めいたものも感じられた。
「何がおかしいの」
「僕は、君に冷酷さを期待していたのかもしれない」
「意味のわからないことを……」
「簡単に他者を切り捨てられる人間がいるのなら、どうせ実行できないから、どこまでだって残酷な計画を建てられる」
「だから、何を言ってるのよあなたは! その体でどうしようっていうの!?」
「もう、どうにかなってるさ」
ランスローがそう言うと、突如として、彼の背中がボコッと膨らんだ。
「ランスローッ!?」
ペルレスが驚愕の声をあげる。
レスは己の探知魔術の結果を見て青ざめた。
「た、体内に、と、突然、小型コアの反応が……」
「妙な手品を使うと思ってたけど、体内に直接コアを出現させたっていうの!?」
「研究の、副産物さ」
腕の傷口が泡立ち、新たな腕が生えてくる。
しかしその色は肌色ではなく、黒に近い紫だった。
「ぐ、ガッ。時を、巻き戻す理論は……クキッ、加速を、可能とする風の魔術と相性、しょ、が……アアァアッ! い、いい。そう、時空を、操る魔術……その、副産物が――」
ラティナたち三人は後ずさる。
相手がモンスターと化すのなら、どのみち生身で戦ったところで勝てる見込みなど無いからだ。
「こうならないために来たっていうのに……」
「な、なったからには、もうどうしようもない」
「ペリアに任せるです……あとで謝るしかないですっ……」
肉体が一気に肥大化する中、彼の顔は、いよいよ人から爬虫類に近いものに変わっていく。
手足からは鋭い爪が生え、肌は鱗のあるゴツゴツとしたものに置き換わる。
さらに、首の付け根あたりがボコッと腫れた。
直後、そこから大量のどす黒い血が噴き出したかと思うと、新たな頭が生えてきた。
それは人と爬虫類の間の子とも呼ぶべき、異形の姿。
右側の首は、まだ幼い子供のように見える。
そして左の首は、長髪の女性――新たに生えた二本の首は、真ん中のランスローに向かって愛おしそうにこう言った。
「ぱぱぁ」
「あなたぁ」
あれほど待ち望んだ、妻と子供だ。
ただし――それはランスローの中にある強すぎる願望が生み出した、悪趣味な模造品に過ぎないが。
「は、ハハ、僕は、こんなことのためにいぃ……グガアァアッ! コンナ、終わりのためにイィィィィィイイイイ!」
瞳から涙のように血を流し、口からも同様の液体を吐き出して、彼の変質は完了する。
高さは40メートルほど。
だが特殊な経緯で生まれたモンスターだ、大きさが強さという単純な話ではないだろう。
また、変化途中の醜い体型に比べれば、完成したランスローはいくらかスマートになっているように見えた。
二足歩行、かつ顔に半端に人間の面影を残しているため、何も知らぬ者が見ても“人とモンスターが混ざりあった存在”だとわかるような外見をしている。
額からは鋭い角が生える。
瞳は黒く、虹彩は金に輝く。
口には鋭い歯が並び、中からは二又に別れた舌がでろりと伸びていた。
臀部からは長い尻尾が生える。
尻尾は歩いた拍子に左右に揺れ、それに当たると、巨岩ですら軽く砕け散った。
「フゥ、ウオォオ……」
うめき声も、音量こそモンスター水準なものの、どこか人間臭い。
迫力というよりは、不気味さ、異様さが際立っている。
村に突如として現れた二体の化物を見て、住民たちは恐怖していた。
もっとも、戦いが起きる可能性を事前に知らされていたため、隣村と繋がっている街道方面に避難しているのだが。
もしランスローが人の溢れた村でモンスター化していたら、その本能にしたがって、今頃何人かは喰らっていた頃だろう。
だが、彼に対峙するのは人間ではない。
鈍色の巨人だ。
「あの形状……三つ首の竜というと、アジダハーカかな」
数百メートル離れた距離からランスローを観察し、分析するペリア。
「ゴオォォ……レムゥゥ……」
腹の底に響くような低い声で、彼は己の敵の名を呼んだ。
そしてズシリと地面を揺らしながら、そちらに向かって歩き始める。
「ランスロー様、私はあなたのことを、魔術師として尊敬していました。あなたがいなければ、研究所は組織としての体を成していなかったでしょう。それだけ偉大な人間でした。しかし、モンスターになった以上は――」
ペリアもまた、外部スピーカーを使って彼に向かって宣戦布告する。
「迷いなく殺します」
その声に一切の温度は存在せず。
その瞳には殺意以外存在せず。
「リミッター解除。傀儡術式、ゴーレム……」
ゴーレムは脚部の術式を起動する。
それはランスローから与えられた、高速移動術式。
風が爆ぜる。
人形が加速する。
かつての1秒は――0.01秒となって、怪物に襲いかかる。
「ブラストォッ!」
瞬きの間に、ペリアとランスローの距離はゼロとなる。
拳は彼の顔に突き刺さり、ひねりを加えながらその鼻っ面をえぐった。
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●名称
ゴーレム
●搭乗者
ペリア・アレークト
●装備
主材質:強化ミスリル(フレームは結界により強化)
副材質:アダマスストーン・チャージストーン
コア:40メートル級
●スペック
高さ:20.2
重量:145→155
装甲強度:1200→1600
コア出力:500
最高速度:350→340
最高速度(加速術式使用時):1700
●武装
キック:
近接攻撃
威力90
アダマスストーンナイフ:
近接攻撃
威力110
パンチ:
近接攻撃
威力120
ミスリルスライサー改:
小範囲中距離攻撃
威力250
使用時にミスリルを消費(戦闘終了後に回収可能)
傀儡術式ゴーレム・ブロウ:
近接攻撃
威力270
スフィア・ブレイカー:
近接攻撃
威力300
使用時にチャージストーンの魔力消費・非戦闘状態なら30秒で再チャージ
傀儡術式ゴーレム・ストライク:
近接攻撃
威力420
傀儡術式ゴーレム・ブレイカー:
近接攻撃
威力520
傀儡術式ゴーレム・ブラスト:
中距離攻撃
威力600
●特殊能力
リミッター解除:
コアへ魔力信号を送り、普段は抑えている出力を引き上げる技術。
コアの発熱量も増加するため、冷却システムをフル稼働させる必要がある。
現在の解除限界は200%、稼働時間は3分。
マリオネット・インターフェース:
人形魔術の仕組みを利用した操縦システム。
操作が非常に複雑、かつ繊細な力加減が要求されるため、現状ペリアにしか扱えない。
ゴーレム・プロテクション:
胸部チャージストーンの魔力を開放することで、ゴーレムの周囲に結界を展開する。
持続時間1分。非戦闘状態なら1分で再チャージ。
現在、40メートル級の魔術を防ぐことまで確認済み。
加速術式:
脚部に刻まれた風魔術を起動し、ゴーレムを高速移動させる。
レーダー
機体に取り付けられたアンテナが受信したデータを、操縦席全面右上に表示している。
モンスターのコアの大きさ、及び大まかな形状が表示される。
ミラーコーティング
粉末状のミラーストーンを塗布した状態。
ある程度まで魔術を反射する。
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●名称
ガーディアン
●搭乗者
エリス・メイラガイラ
●装備
主材質:アダマスストーン
装甲:アダマスストーン
コア:40メートル級
●スペック
高さ:20.0
重量:210
装甲強度:2300
コア出力:500
最高速度:230
●武装
スティグマ:
威力100
触れた対象に任意の図形を焼き付ける。
足裏や拳に搭載されている。
結界術式・刺殺聖域
設置型攻撃
威力250
結界を切り取り、先端を鋭利にした状態で突き刺す魔術。
スティグマにより任意の場所に設置可能。
結界術式・ガーディアンブレイカー
近接攻撃
威力400
相手を殴りつけ、破綻結界で焼く技。
どうしてもペリアの真似をしたかったエリスの希望で搭載された。
魔力結晶砲:
広範囲遠距離攻撃
威力1000
発掘された装甲機動兵に搭載されていた兵器。
魔力を結晶化して発射、着弾と同時に炸裂し広範囲を焼き尽くす。
●特殊能力
リミッター解除:
コアへ魔力信号を送り、普段は抑えている出力を引き上げる技術。
コアの発熱量も増加するため、冷却システムをフル稼働させる必要がある。
現在の解除限界は200%、稼働時間は3分。
ドッペルゲンガー・インターフェース:
搭乗者の動きをダイレクトに人形の動きに反映させる技術。
コクピット内にて、搭乗者はまるで操り人形のように全身に魔糸を絡みつかせ、その糸を通して動きを人形に伝える。
ちなみにコクピットブロックの形状は球体で、取り付け、取り外しが簡単な設計となっている。
また、常にパイロットの正面が機体の前方となるよう回転するようになっている。
マリオネット・インターフェースと異なり、誰にでも人形の操縦ができる一方で、魔糸と肉体の接続の関係で人形から人体へと感覚がフィードバックしてくる。
さらに操縦者に高い身体能力が求められる他、操縦席に複数人乗ることができないという欠点もある。
サンクチュアリ・プロテクション:
体の各部に搭載されたチャージストーンの魔力を解放し、複数の結界を展開する。
任意で刺殺結界や破綻結界への切り替えも可能。
ただし使いこなすには結界魔術への高度な知識が必要となる。
レーダー
機体に取り付けられたアンテナが受信したデータを、操縦席全面右上に表示している。
モンスターのコアの大きさ、及び大まかな形状が表示される。
ミラーコーティング
粉末状のミラーストーンを塗布した状態。
ある程度まで魔術を反射する。
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