052 改造計画進行中です
ブレードオーガが完成し、エリス専用大型人形の開発が進む中、ペリアはゴーレムにその二機と異なる役目をもたせる必要がある、と考えていた。
フィーネの機体は装甲が厚く、またフレームも頑丈な重戦士型とも呼ぶべき人形だ。
最前線で紅纏鬼という巨大な剣を振り回し戦うのが役目。
一方でエリスの人形は後衛――つまり後方からの支援が主な役割になる予定である。
ゴーレムは現状、拳による近接戦闘を得意としており、今さらそのファイトスタイルを変えることはできない。
つまり、ゴーレムを強化するのなら、ブレードオーガに近づける方向性ではなく、異なる長所を伸ばす必要があるわけだ。
そこでペリアが出した結論は、“機動力を伸ばす強化”。
フレームや装甲をすべてアダマスストーンに変える案もあったが、それでは機体重量が上がってしまう。
そこで現在、ペリアは急所にあたる部位、そして攻撃に使用するであろう腕や肘、膝、足などだけにアダマスストーンを用い、機体重量を抑える方向で考えていた。
結界で強化されたミスリルフレームもそのままだ。
強度に多少の心配はあるが、装甲を貫かなければ問題は無いし、わずかな差ではあるが、アダマスストーンと比べた時に感じるミスリルの“柔らかさ”も、格闘術においての武器にできると考えた。
「強度を捨ててまで機動性を選ぶんだね」
ランスローは、ゴーレムの現状とこれからの話を聞いて、うなずきながら感想を口にした。
補足するようにペリアは言う。
「やはり戦闘力では、フィーネちゃんのほうが上ですから」
「謙遜しすぎじゃないかな。君も十分強いように思えるけど」
「そんなことありませんよ。私は研究者ですが、フィーネちゃんは生粋の剣士です。本気の真っ向勝負なら、私に勝ち目なんてありません。エリスちゃんにも同じことが言えます」
「ははは、それは末恐ろしい話だね」
「伊達に剣王と聖王って呼ばれてないんですよ? いずれこちらの戦力がハイメン帝国を上回るのも時間の問題だと本気で思っています。でも、私だって頭を使えば少しは二人に近づけるので、ゴーレムちゃんの機動性を上げることで戦闘中の“選択肢”を増やしたいんです」
「なるほどね……じゃあこんなのはどうかな。ゴーレムの足に、風の術式を直に刻み込むんだ」
「具体的にはどんな魔術なんです?」
「圧縮された空気が炸裂する。本来は物体を破壊するためのものだけど、ゴーレムを急加速させることも可能なはずだよ」
確かにそれは面白い案だ、とペリアは思った。
言ってしまえば、ただ単にゴーレムを吹き飛ばしているだけ。
制御は難しく、下手すれば空中でバランスを崩してしまうだろう。
しかし“一歩目”から加速を得るための手段としては、単純かつ強力である。
強襲にも、回避にも、あるいは攻撃にすら転用できるかもしれない。
「それは良さそうですね」
「先ほどの話から察するに、全身を重たいアダマスストーンで覆うわけじゃないんだろう?」
「数カ所に軽い材質を使いたいと考えてます」
「ちなみに有力候補は?」
「ミスリル……になるんですかね。たぶん、それ以外に選択肢は無い気はしてます」
「脚部装甲の実物って貸してもらえたりするかな?」
「それなら問題ありません」
ペリアは空間に向かって手を伸ばすと、ファクトリーを起動させた。
目の前に、ゴーレムの脚部装甲が現れ、ずしんと地面を揺らす。
「こ、これはまた……」
軽くのけぞり驚くランスロー。
「実際にゴーレムちゃんに装着するのとまったく同じものです。これでいいですか?」
「ははは……なるほど、噂には聞いてたけど、これが君の固有魔術か。驚いたな、ミスリルでもこんな簡単に加工できるなんて。王国中の職人を集めるより君一人に任せたほうが早いんじゃないかな」
「量では負けない自信があります。質では負けるでしょうけど」
「謙遜するなあ。あと……見せたくないかもしれないけど、脚部の内側も確認してしていいかな。術式に干渉する可能性があるからね」
「確かにそれは……」
ゴーレムの内部にあるフレームや人工筋肉にも魔力は流れる。
それは必ずしも、その物体内だけを通っていくわけではない。
たとえば魔力を増幅する効果を持つ魔石の場合、魔力を“膨らませた”勢いで、魔石の外にも微量ながらエネルギーを放出してしまうのだ。
まあ、その程度の魔力で動作不良を起こす術式はそんなに多くないのだが、原因不明の不具合が発生した際、実はそれが原因だった――というのは割とありがちな話である。
しかし――
(内部構造まで見せていいのかな。触れられなければ問題はないんだけど)
ランスローの言動に不自然な点は無いとはいえ、警戒は怠りたくない。
だが、あまり警戒心を表に出しすぎても、逆にランスローに怪しんでいることを感づかれてしまう可能性がある。
(ゴーレムちゃんの構造は私が一番知ってるんだもん。たとえ何かされたとしても、先に見つけちゃえばいいだけ、かな)
むしろ隙を見せることで、ランスローがそれに乗じ、何か仕掛けてくるかもしれない。
今は前向きに、そう考えることにした。
「それではゴーレムちゃんの脚部装甲を取り外しますね」
装甲の内部にある束になったミスリル糸を、興味深そうに観察するランスロー。
少なくともその表情から、悪意は読み取れない――
◇◇◇
ランスローは三時間ほど観察をした後、宿に戻って術式の設計を始めた。
ペリアは資料は必要ないか問いかけたが、彼は首を横に振る。
完璧に記憶した自信があるらしい。
彼とてラティナたちと同じ上級魔術師だ、常識のある人間のように見えて、必ずどこかが人間離れしている。
決して過信などではなく、実力に裏付けされたものなのだろう。
ランスローが宿に戻った以上、直にペリアが監視する必要はない。
彼は術式の設計図を明日には必ず提出すると言っていた。
それまでの間に、エリス用の大型人形の製作に取り掛かろうか――そんなことを考えながらペリアが屋敷に戻っていると、前から鉱夫長のエイピックが走ってきた。
彼の体は土で汚れている。
仕事柄、そういった状態になるのは日常茶飯事ではあるが、そのまま外を出歩くことは無いはずだ。
「ペリアの嬢ちゃん、ここにいたのか!」
「また鉱山で何か起きたんですか?」
「悪いことじゃねえんだがな……俺らの手に余るものが出てきちまったんだ、見てもらっていいか?」
「手に余る、ですか」
ペリアはエイピックの困惑した様子を見て、一抹の不安を抱えながら、共に鉱山へと向かった。
◇◇◇
「これは……すごいですよ、エイピックさん!」
鉱山の入口付近に山積みになったそれを見て、ペリアは思わず声をあげた。
そして駆け寄ると、土で汚れたその“金属の塊”にぺたぺたと触る。
「これって、全部が鉱山の中から出てきたんですか?」
「そうだが……嬢ちゃん何か知ってんのか? 確かに俺も、これを見てゴーレムに似てるなとは思ったが」
エイピックの言う通り、鉱山から“発掘”されたのは大型人形に酷似した、金属の塊だった。
パーツはバラバラになっていたが、手足に当たる部位があることは素人でもわかる。
ペリアがその表面にぺたぺたと触れ、その感触を確かめた。
「材質はミスリルに似てるけど、少し違う。金属加工の技術も、私よりずっと洗練されてる」
「任せちまっても大丈夫か?」
「その前に、どういう状況で発見されたか教えて下さい!」
「落盤事故があったろ? あれで崩れた場所から見つかったんだよ。最初は魔石の塊かと思ったんだが、いざ掘り出してみると見てのとおりだ」
「地中に埋まってたんですね。バラバラなのは最初からでしょうか」
「ああ、だから余計に魔石かと思っちまったんだよ」
切断面はやけになめらかで、鋭い刃物で切断されたように見えた。
ペリアは顎に手を当て考え込む。
(一人で結論は出せません。ですが、この大型人形の存在をペルレス様の話と示し合わせると……)
パッと見た限りでは、この大型人形も、ペリアが生み出した技術の血脈にあるように思えた。
つまり根幹にあるのは、本来あるはずだった未来のペリアが生み出した人形魔術。
「呼んでくださってありがとうございます、エイピックさん。すごいことがわかりそうですっ」
一旦思考を中断すると、ペリアはぺこりと頭を下げた。
「そりゃこっちのセリフだ、俺らにはどうしようもねえ代物だからな。移動するなら運搬ぐらいは手伝えるが――」
「いえ、それは私がどうにかします。お手は煩わせませんっ」
「そうかい。じゃ、後は任せたぜ」
ひらひらと手を振って去っていくエイピック。
彼を見送ると、ペリアは再び残骸を見上げ、思案に耽る。
(胴体……胸部装甲に刻まれた紋章。あれって少し形は違う気がするけど、たぶん王国のものだよね。つまりこの兵器は王国が所有していたもの。それが、帝国の過去への跳躍に巻き込まれて地下深くに眠っていた――)
ペルレスの話を聞いたあと、疑問に思うことがいくつもあった。
そのうちの一つが、『なぜ帝国は大量のモンスターを生み出したのか』だ。
過去跳躍に備えるために?
だとすれば、ずいぶんと後ろ向きな動機である。
帝国を名乗る以上、他国への侵略を繰り返してきたのだろうし、その戦力としてモンスターを使っていたことは想像に難くない。
つまり、大量のモンスターが存在した理由は――
(ハイメン帝国は、同等以上の戦力を持つ相手と戦争中だった。要するに王国産のこの兵器は、帝国のモンスターと戦うためのもので、しかも帝国の都であるハイメニオスの近くにまで迫っていたんだ)
人形対モンスターの構図は、言わば“未来の再現”だと言えよう。
今まで100年間、動きを見せてこなかったハイメン帝国がペリアたちの前に姿を表したのも、ひょっとするとそれに反応してのことかもしれない。
(まあ、この兵器が埋まった経緯はともかく……動力源はモンスターと同じコアみたい。使用された人形魔術の理論も私のものと近い)
自分の技術を使い、かつ自分を上回る人形を見せられ、若干の嫉妬を覚えないでもないが――それを上回る、好奇心と喜び。
ペリアの血が滾る。
「これ、私たちの人形に使えるかもしれない」
自分のためにも。
エリスのためにも。
そして――ランスローの本心を暴くためにも。
いくつものプランが、ペリアの脳内に浮かんでいた。




