050 人間関係も色々です
ハイメン帝国は未来からやってきた――そう告げたペルレスは、前に向けていた視線を下に落とした。
金色の髪、そして瞳が寂しげに揺れる。
太ももの上に手を置いてちょこんと座るその姿は、実際よりもさらに小さく見える。
「これが、私の知ってる全てです。記憶喪失が言い訳になるとは思ってないです。私がハイメン帝国の人間だったことは、間違いないですから」
モンスターではない。
しかし人かと言われれば、イエスとは言い切れない。
敵ではないつもりだ。
しかし、敵だと言われれば、そうだろうなとしか答えられない。
だから話したくなかった。
いや――元はいえば、ペルレス自身がきっかけを作っているのだが。
「ペルレスが悪くないっすよ」
そんな彼女の不安を砕こうと、ウレアはいつもより強い語調でそう言い切る。
「一体、誰が責めるんすか。そんなやつがいたら、絶対に、オレが言い返すんで」
「ウレアおねえちゃん……」
「フィーネさんやペリアさんもそうっすよね?」
同意を求める彼女の言葉に、二人は顔を緩ませる。
「はっ、そうだな。話そのものはショッキングだったが、あんたを敵だとは思わねえよ」
「顔を隠していた理由もわかりましたから。それに、もしもさっきの話が嘘で、ペルレス様がモンスターの力を持っているとしたら、とっくに私たちは死んでます」
「二人まで……ありがとうですっ!」
勢いよく立ち上がり、頭を下げるペルレス。
するとポニーテールがぶんっ、と振れてちょんまげのように頭の上に乗っかった。
その様子に、思わずウレアの表情もほころぶ――が、すぐに曇った。
「ウレアおねえちゃん?」
「……でもペルレスって、オレよりずっと年上なんすよね。今まで通りに呼び捨てでいいんすか? やっぱりペルレスさんって」
「それはいいです! むしろ呼び捨てが嬉しいです!」
「そういえば、何で“おねえちゃん”なんですか?」
「ウレアから呼ばせた……って感じでもねえよな」
「それはですね……その……呼びたかったから、です。ウレアおねえちゃんみたいに、おっきい女の人といると安心できるです」
正直な告白ではある。
だが言わなければよかったと後悔したのだろうか、ペルレスは直後に頭を抱えてうつむいた。
「うぅ……たぶん、元々そういう人間ではなかったです。おねえちゃんと呼びたがるのも、ウレアみたいな人と一緒にいて安心するのも、たぶん……」
「体に染み付いた妹さんの記憶、ってわけっすか」
ペルレスは無言で頷いた。
つい先ほど、妹のことについては割り切ったと言っていたはずだ。
しかしそれは、あくまで彼女の中での話に過ぎない。
ペルレスの中に残る妹の欠片が、ウレアへの好意の源泉となっているのなら――
「わかってるです。他人から見たら気持ち悪いことぐらいは。だからっ、もう……今までみたいに馴れ馴れしくはしないですから。安心してほしいです」
絞り出すようにペルレスはそう告げた。
全く安心できないのは、誰の目にも明らかである。
フィーネとペリアは、ほぼ同時に、心配そうにウレアを見つめる。
しかし彼女は考えもせずに立ち上がり、若干顔を紅くしながら、ペルレスを胸に抱き寄せた。
「あぅ……」
「オレ、あんま頭はよくないんで、言ってることの半分ぐらいしか理解できてないと思うっす。けど……仕事が終わると毎日のように一緒に過ごして、色々お話したじゃないっすか。そこで、ペルレスがいい子だってことはわかってるっす」
「……嘘ついてたのに」
「聞いててもよくわかんないんで、そんなことはどうでもいいんすよ。オレがそれでいいって言ったら、それでいいんで。それ以上、深く考える必要なんて」
「これからも甘えていいですか?」
「オレなんかが役に立てるなら」
ペルレスはウレアの背中に腕を回し、きゅっと服を握った。
二人は黙って抱き合う。
フィーネとペリアは、ペルレスたちに聞こえない大きさで何やら言葉を交わすと、静かに部屋を出ていった。
◇◇◇
ひとまず診療所の外に出たペリアたち。
フィーネはその入口付近の壁に背中を預けると、天を仰いで「ふぅ」と息を吐き出す。
ペリアは肩が触れる近さで横に並ぶ。
すると、たまたま二人の姿を見かけたエリスが中から出てきた。
「ペルレスの話は終わったんだ」
「こっちはね。エリスちゃんのほうはどう?」
「一段落した、今日は家に帰れそう。でもエネルギーが枯渇寸前」
「それは大変、補充しないと!」
ペリアは両手を広げる。
エリスはぼふっとそこに飛び込み、ハグしてエネルギーを補充した。
「あ゛ぁー、い゛や゛ざれ゛る゛ぅぅぅぅ……」
「そのでけえカエルみたいな声どっから出してんだよ」
「……ふぅ、ありがとうペリア。というわけで次はフィーネを」
「あたしも!?」
「当たり前。私のラヴエネルギーは二人から供給されて初めて成り立つ」
「何だよラヴってぇ……わかったよ、勝手に抱きつけよ」
そう言いながらも、控えめながらフィーネも手を広げる。
エリスは「んふふ」と怪しげに笑いながら、胸に顔から突っ込んだ。
「むふうー。すぅー、はぁー」
「吸うな吸うな」
「いいなぁ」
「ペリアも羨ましがるなよぉ! ほら、もういいだろエリス。こんなん外でやることじゃねえって」
エリスは顔をあげると、フィーネに至近距離で言った。
「なら続きは家に帰ってからで」
「続きってなんだよ……」
「なんだろう」
「なんだろうねー?」
「二人とも楽しそうに言ってんじゃねえ!」
フィーネの顔は真っ赤だ。
彼女も何のことを言っているのかおそらくわかっているのだろう。
「ったく、こんなときでもあたしらは相変わらずだな……」
「こんなときって、ペルレスの話はそんなにすごかった?」
「すごいってもんじゃないよぉ。私たちが戦ってきたモンスターは、未来から来たんだって」
「……未来?」
「そういう顔になっちまうよなぁ。あたしもそうだ。つうか正直、今も信じきれてるかって言われたら微妙なとこだな」
「でも辻褄は合うんだよね」
「ペリア、なんだか嬉しそう」
「だってだって、私の疑いが晴れた……って言うと語弊があるかもだけど、そういうことなんだよ?」
これまで戦ってきた敵の残骸から、モンスターとペリアの間には何らかの関係があることが示唆されてきた。
モンスターは彼女にとって、憎むべき敵であり、無条件で滅ぼすべき存在である。
しかし、その発生原因に、もしペリアが絡んでいるとしたら――そんな不安が、今日までずっと胸の中にあったのだ。
「そうだな。敵が少なくとも200年以上先の未来から来たってことは、あたしらはとっくに死んでるんだよな」
「でもペリアが残した技術は残っていた、と」
「モンスターがいない世界でも、私は人形と出会ってたんだねぇ」
「運命ってやつか」
「確かに、いかなる世界でも私たち三人が離れ離れになるとは思えない。運命は存在する」
「そーだねぇ。私がその世界で本当にすごい人形遣いになってるんだとしたら、絶対に近くにフィーネちゃんとエリスちゃんがいるはずだもん。じゃないと、私は頑張れないよ」
最強の人形遣いと、剣王と、聖王。
この三人が幼馴染であるという事実は、決して偶然発生したものではない。
三人が互いに互いのことを想い、支えるために自らを磨いてきた結果、生まれたものだ。
誰か一人でも欠けていれば、ペリアたちが超人的な力を手にすることもなかっただろう。
「要するに、そっちの世界でもあたしは剣王なんだな」
「私は聖王……いや性……」
「理性があるならそれ以上はやめとけ」
「無いなら言ってもいい?」
「無くてもやめとけ! つかよぉ、ペリアが倒したドッペルゲンガーの破片に、ペリアのと同じ技術が使われてたんだよな。でもあれって、人形自体はマローネが作ったものだったよな」
「そだねぇ、だから私が作ったのはコアそのものか、理論とかなのかも」
「ということは、ペリアが偶然にもレプリカント・コアを作れたのも……」
「エリスちゃんの言う通り、何となく自分が身につけた技術と似てたから、だと思う」
無論、未来のペリアの能力は、現代の彼女を上回っているのは間違いない。
いくら解析したところで、理屈がわからなかったのも当然である。
そうなってくると、ペリアたちの故郷が襲われたのは、アレークトの血を根絶やしにするため――という可能性も考えられる。
だが、三人がこうして生き延びている時点で、それは無いと思って良いだろう。
「未来の私かぁ……きっと人形を動かしたくて作ったんだろうなぁ」
「モンスターもいないせかいで、どうしてコアのようなとんでもないものが必要になったのか……」
「人形劇の自動上映、とか? きっと街ごとに何個もそれを設置して、世界中に人形劇を広めようとしたんじゃないかな」
「スケールがでけえのかちいせえのかわかんねえな」
「でもペリアはやりそうではある」
「だな……」
「私自身、子供の頃に見た人形劇がきっかけで人形遣いを目指したんだし、やっぱり子供に伝えるのが大事だって思ったんだよ」
技術が発展していけば、娯楽も増える。
未来の世界においても、人形遣いは徐々に減少傾向だったに違いない。
そこで生きるペリアがその事実を憂いて、世界に劇を広めようとした――という説は、あながち間違ってはなさそうだ。
ただし、そのために作られたコアは、最終的にモンスターなどという兵器を生み出す結果となってしまったが。
「でも、もし私が子供なら、ペリアの劇を見て人形遣いを目指したかは微妙なところ」
「何でぇ!?」
突然エリスに突き放され、涙目になるペリア。
するとエリスは真剣な眼差しで言った。
「ペリアがかわいすぎる」
会話に参加していなかったフィーネがずっこける。
「そりゃお前とあたしだけだろ!」
「いいや、世界中にペリアのかわいさが轟いても何もおかしくはない」
「そんなことないって。それより、一緒に旅してたかもしれないエリスちゃんたちの方が有名になってたんじゃないかなぁ」
「私はどちらかと言うと、ペリアへの愛の重さで有名になる」
「重さを誇るんじゃねえ」
「いやいや違うよそれは。私が思うに、エリスちゃんは綺麗さで、フィーネちゃんは可愛さで有名になってたと思うな!」
かあぁっとフィーネの顔が赤らむ。
「……さ、さすがに言ってて恥ずかしくねえのかよ。あと逆だろ逆。いやむしろあたしは“かっこいい”方だぞ!」
「いや、フィーネはかわいい系で合ってる」
「んなぁっ!?」
「そうだよねー、フィーネちゃんはすっごくかわいいよ」
「そっ、そんなわけねえだろ! あたしらのかわいい担当はペリアだ! あたしはかっこいいんだー!」
「ほら、今のとかかわいかった!」
「じゅるり……涎が出るほどかわいい」
「やめろよぉ!」
「フィーネちゃんはかわいい」
「フィーネはかわいい」
「や、やめろって……」
「はむはむしたいぐいらかわいい」
「しゃぶりつきたいぐらいかわいい」
「近づくなぁっ! お前ら、目がっ、目がおかしいぞ!?」
「かわいいぞぉー、フィーネちゃんはかわいいぞぉー」
「かわいいと認めよ……フィーネは自分のかわいさを認めよ……」
「やっ、やめろよぉ……そういうの苦手だって知ってるだろぉ……」
フィーネは両手で顔を隠すと、弱々しい声でそう言った。
手で隠しきれない耳はりんごよりも真っ赤だ。
ペリアとエリスはそんな彼女を見ながら、
『そういうところがかわいいんだよなぁ』
とまったく同じことを考えていた。
◇◇◇
それから一時間ほどすると、ペリアたちを探すようにウレアとペルレスが診療所から出てくる。
どうやらようやく気持ちが落ち着いたらしい。
ペリアが「まだゆっくりしてていいんですよ」と言うと、二人の顔は一気に赤らんだ。
しかし、ペルレスにはやらなければならないことがある。
「ラティナやラグネル、レス……それと、ランスローにもさっきの話がしたいです。何年もお世話になった人です、このまま隠し続けるのは嫌です」
「それはいいんですが……」
「ラティナは信じてくれるのかよ」
「ペリアが一緒に来てくれたら、信じてくれると思うです」
「責任重大ですね、がんばります」
「……いや待て」
「フィーネちゃん?」
「あいつは一筋縄じゃいかない相手だ、ペリアだけでも心配だな。あたしもついていく。構わないよな?」
「助かるです! フィーネも来てくれるなら百人力です!」
ぴょこぴょこ飛んで喜ぶペルレス。
あの鎧姿とのギャップがあまりに大きく、今の姿を初めて見たエリスは、いまだにそれがペルレスだと信じきれないのであった。
◇◇◇
ウレアとエリスに一旦別れを告げ、上級魔術師たちの元へ向かうペルレス一行。
彼女たちは順番に、時間をかけて、未来より転移してきたハイメン帝国についての説明を行う。
最初に危惧していた通り、ラティナは最も強い疑いの目をペルレスに向けてきた。
「モンスターが無事なのはなぜ?」
「肉体の強度が原因だと考えられるです。人間では耐えられなかったです」
「なら、意志を持つモンスターたちは?」
「これも仮説ですが――私と同じ現象が、人間とモンスターの間で発生したです。座標のずれで、彼らの意識はモンスターと融合してしまった可能性があるです」
100年の積み重ねは伊達ではない。
ラティナの問いかけに、ペルレスは淀みない喋りで答えていく。
その中で、先ほどの説明で語られなかった細かな部分が補完されることもあり、同席するペリアやフィーネが驚くこともあった。
また、後のレスとの対話においても、明かされた事実を全て信じることはできず、多くの問いがペルレスに投げかけられることとなる。
ラティナほど強い疑念ではないとはいえ、やはり“200年先の未来から時間を遡ってきた“といきなり言われても、普通は簡単には受け入れられないのだ。
「な、なら、山や地面に埋まってた鉱物は? 帝都が転移してきたなら、モンスターの出現地域だって、は、範囲が広すぎる、よね?」
「私は最近まで、ハイメニオスだけが転移したと思っていたです。大型モンスターであれば、そのスピードだけで世界の裏側まで到達するのはそう難しいことではないです。でも――実際は違ったです」
「な、何が、起きたの?」
「転移はハイメニオスを中心に、帝国の広い範囲を対象に行われたと推測されるです。また、その中心地からずれるほどに、座標の“ずれ”は大きくなっていくです。それこそ、世界全体に散らばるほどに、です」
「そ、それで、転移に耐えうるモンスターだけが、げ、原型を留めて世界中に散らばった……」
「そうです。地形もそれと同様です。王国の近くに埋まっている鉱物や、巨大な木の森、周囲の環境にそぐわない岩場が見つかるのは、比較的ハイメニオスに近いからだと思われるです。もっと離れた場所に行くと、細切れになって、散りばめられたような地形が点在するようになり、そして最もハイメニオスから遠い場所では、もはや混ざっていることすらわからないほどになってるはずです」
「な、なら……ハイメニオス以外にいた、人間は……」
「全滅だと思われるです。ハイメニオスにいた人間ですら、人の形で生き残れたのは私一人ですから。少なく見積もっても、数百万人が……」
「そんな……て、帝国は……なんて、ことを……失われた命は、も、もう、戻らない、のに……」
優しいレスは民のために心を痛める。
それはいかなる理由があっても許されないことだ。
しかし、理由を知らなくてもよいという意味ではない。
なぜ100年前の事件は起きてしまったのか――誰もが、その訳を知りたがっていた。
一方で、ペルレスの話を聞いた人間の中で、若干異なる観点から疑問を投げかけてきた者がいる。
ランスローだ。
普段冷静な彼は、軽く前のめりになるほどに興奮気味だった。
「本当に、ハイメン帝国は時空を操ることができるのかい?」
「それが確立された技術かは、私にはわからないです。少なくとも、100年前に使ったときは失敗したと私は思うです。無数の民の命が失われては、国として意味がないです」
「そこに関しては僕も同感だ。成功はしていない。けれど、転移の中心点ではどうだろう。そこから離れれば離れるほどに座標のずれは広がった。逆に言えば、中心ではずれは発生してないということではないかな」
「確かめてないのでわからないです。ずれの様子から言って、おそらく中心は皇帝の住まうお城だと思うですが……そこも、大きな木のようなモンスターに呑み込まれてたです」
「そうか……だが少なくとも、帝国がこの世界より遥かに優れた魔術を使えることは間違いない……」
「どうしてそんなに気にするです?」
「……あ、すまない。そうだね、不謹慎だった。魔術で過去に遡るなんて、夢のような……と言っていいのかわからないけど、そういう技術じゃないか。聞いていると、どうしても研究者の血がうずいてね」
ペルレスとハイメン帝国の関係を疑ったラティナ。
失われた命を悼んだレス。
そして、時間を操る魔術に興味を示したランスロー。
三者三様ではあるが、どれもらしい反応だったと言えよう。
同席したペリアやフィーネからしてみれば、“冷静で理知的な男性”だと思っていたランスローの受け答えが意外ではあったが。
◇◇◇
ランスローとの話を終え、彼が軟禁されている宿から出たペリアたち三人。
一人一人の話が長かったせいか、すでに空は暗くなろうとしていた。
草むらから聞こえてくる虫の音に、夜の訪れを感じる。
すると、道の向こうから人影が近づいてくる。
病衣から普段着姿になったウレアだった。
「うっす、お疲れ様です」
「ウレアおねえちゃん!」
ペルレスは目を輝かせて、彼女の胸に飛び込んだ。
「元気っすね。てっきりへとへとかと思ったんすけど」
「伊達に上級魔術師を名乗ってねえな。見た目より何倍もタフだぞ」
「研究所では、寝れないまま何日も過ごすことがよくあったからね」
「それは体に良くないと思うっすよ……」
「ところで、ウレアはどうしてここに来たです?」
ウレアの胸に埋もれていた顔を上げ、まるで本当の子供のようにあどけない仕草で尋ねるペルレス。
甘える演技――というよりは、ああいった動きが体に染み付いているのだろう。
「そろそろ終わると思って迎えに来たんすよ。体ももう万全なんで、夕食でも一緒にどうかと思って」
「行くです! ペリアたちはどうするです?」
「あたしらは――」
一緒に行ったら、また邪魔にならないか、という考えが首をもたげる。
フィーネは目でペリアに『どうする?』と問いかけた。
だが彼女の視線は、ウレアの背後に向けられていた。
「ペリア、どこ見てんだ?」
「ごめんねウレア、嬉しいお誘いなんだけど今日は用事ができちゃった」
「気を遣わないでいいですよ?」
「そういうんじゃないですよ、ペルレス様。本当に用事があるんです」
「……そうですか」
「また改めて誘うんで、そんときお願いします。うっす」
手を繋いで去っていくウレアとペルレス。
その背中を見送ってから、フィーネはペリアに尋ねた。
「用事って何だ?」
「レス様が歩いてたから、聞きたいことがあって」
「あれか、さっき話してたときに微妙な表情してたやつ」
フィーネにも心当たりはあった。
ペルレスの過去を聞いたレスは、死者が大量に出たという事実を嘆いていたが、それ以外にも――
「絶対に何か他のことを考えてたよな」
「フィーネちゃんもやっぱりそう思ったんだ。あれ、何か隠してる顔だったよね」
「あの人、不気味な雰囲気を出してる割には、お人好しで表情とかわかりやすいもんな」
「だから子供に好かれるんだと思うなっ」
そんな人物が胸の奥に秘めた隠し事。
ペルレスの話と関係があるとすれば、気にせずにはいられない。
ペリアとフィーネは駆け足でレスを追いかける。
彼女に追いついたのは、よく子供たちが遊んでいる空き地の前だった。
「レス様っ、こんなところでどうしたんですか?」
「ペリアちゃんに……フィーネちゃん。ふ、二人こそ、どうしてここに?」
「あんたを追いかけてきたんだ。さっき、何か考え込んでる顔してたからな」
「う……」
露骨に『しまった!』という表情を見せるレス。
やはりわかりやすい。
「困りごとなら私たちに話してください。力になりますよ」
「こ、困ってるわけじゃ……いや、困ってるんだけど……」
「やっぱ困ってるんじゃねえか。しかもハイメン帝国絡み、なんだろ?」
「そ、それは違って……えっと……無関係では、な、無いんだけど……」
「どうしても私たちには話せないことですか?」
「は、話さなくちゃいけないかな、とは、思う。た、ただ、プライバシーに、関わるから……か、考えてて……」
「誰のプライバシーだ?」
レスはもにょもにょと口を動かし、話すか隠し通すか葛藤しているようだ。
もっとも、“話すべき”という結論が出ている時点で、そこから隠し通せる性格はしていないのだが。
「ラ、ランスローの……」
「ランスロー様とペルレス様の話に、何か繋がりが?」
「あっ、ううん! そ、それは違って……わ、私の勝手な心配で、繋がりなんてないんだけど……じ、実は、昔……ランスローと、喧嘩したことがあって」
「あんたが喧嘩なんかすんのか」
「すごく、珍しい、と思う。そのせいで……実は今も、あ、あんまり……仲がよくないん、だよね」
見た目は女幽霊のようで不気味だが、レスは誰にだって好かれるタイプの人間だ。
そんな彼女が喧嘩した上に今も不仲というのは、非常に珍しいことのように感じられた。
「どんな内容で喧嘩したんですか」
「え、えっと……ほ、他の人に、言わないで……ね?」
「ああ、よっぽどのことが無い限り話さねえよ」
「わ、私が、魂とか、死者の研究をしてることは、知ってると……思う、けど。ランスローは、その研究に、興味を持ってて……」
そこまで話して、レスは深呼吸をした。
話すと決めた今でも、ランスローへの罪悪感があるのだろう。
彼女はそんな優しさの枷を振り切って、胸に手を当て、口を開く。
「私に、死んだ奥さんと子供を、よ、蘇らせてほしいって……た、頼んで、来たんだ」
研究内容を考えれば、頼む相手としては間違っていない。
しかしどうやら、それはレスにとっての地雷だったらしく――




