040 計画始動です!
メトラ王によるクーデターを知らされた翌日。
結界の外――マニングから南側にある岩山地帯に、ゴーレムの姿があった。
機体は岩陰に隠れ、何かの様子をうかがっている。
操縦者はもちろんペリア。
しかし同乗者はエリス一人であった。
「ペルレスさんが言ってたモンスター、このあたりにいると思うんだけど」
真剣な目であたりを見回すペリア。
「王国では見慣れない地形」
エリスも同様に、殺風景な景色の中で、岩陰に潜んでいるかもしれないモンスターを探して、視線を左右させながら紫色の髪を揺らす。
「ここに来るまでの間も、色んな景色があったね」
「私たちは結界の外をほとんど知らない。だから何の根拠も無いけれど――私には何箇所かちぐはぐに感じられる場所があった」
「私も間違えたパズルみたいだな、って思った。思えばチャージストーンやミラーストーンの埋もれ方も不自然だったし……」
「まるで、別の世界が混ざっているよう」
ペリアもちょうど、エリスと同じことを考えていた。
100年前、この世界に突如として表れたモンスターという名の侵略者は、ひょっとすると別の世界からやってきたのかもしれない、と。
「でも、どーしてそこに私が関係してくるんだろうね」
「可愛さは時空すら越える」
「そういうことじゃなくってぇ!」
「どうせメトラが攻めて来るなら、嫌でもわかる。そんな気がする」
「そうだね。あの人なら、何か理由とか知ってそうだし。そのためにも材料を……あっ、何か動いた!」
ペリアの視線の先で、地形がゴゴゴと音を立て隆起する。
「うわわわわ……」
「小山だと思っていたらモンスターだった」
「横にある岩のほうじゃなかったんだ。あれがロックジャイアント……って大きいよお!」
立ち上がったモンスターは、ゆうに200メートルを越える大きさだった。
見上げるゴーレム。
ロックジャイアントは赤い瞳を光らせ見下ろす。
あの高さでは、岩陰に隠れても上から簡単に見つかってしまう。
「50メートル級以上は見かけたことなかったのに……」
「急にそんな大きなモンスターが現れるとは思えない」
「レーダーの反応は40メートル級だね」
「もしかしたらハリボテかも――む、攻撃してきた」
岩の巨人は緩慢な動きで拳を振り上げると、勢いをつけて地面に叩きつけた。
その狙いはゴーレムではない。
だがペリアは後退した。
すると、拳が大地をえぐり、砕けた岩が飛散する。
「ゴーレム・プロテクション!」
ゴーレムは胸部チャージストーンの魔力を開放し、結界を展開。
飛んできた岩を防いだ。
「この程度の威力なら、ゴーレムの装甲でも弾けそう」
「スピードもそんなに早くないね。40メートル級程度なのは間違いないかも」
「モンスターの体に大量の岩が張り付いてる?」
「かもかもっ。今はとりあえず距離を取りながら攻撃してみよう! ミスリルスライサーッ!」
ペリアはファクトリーで結界術式を刻んだミスリルの円盤を生み出す。
それをゴーレムがフリスビーのように投擲した。
鋭い斬撃がロックジャイアントの肩を襲う。
腕は斬り落とされ、ずしんと地面を揺らしながら砂埃を巻き上げた。
「落ちた瞬間に腕がバラバラになった」
「魔力でそこらの岩を繋げてたんだ」
つまり、ロックジャイアントの本体は40メートル程度。
それがさながら磁石のように、周囲の岩を引き寄せてまとっているというわけだ。
しかし所詮、その鎧はただの岩に過ぎない。
「タネさえわかればっ! それそれそれそれぇっ!」
ペリアは次々とミスリルスライサーを投げる。
ロックジャイアントはザクザクと切り刻まれ、あっという間に小さくなってしまった。
「今のペリアの相手じゃない」
「40メートル級コアを使いこなすゴーレムちゃんは最強なんだから!」
ロックジャイアントは、ついに岩を纏うことを諦めたのか、残った破片を自ら捨てた。
中から表れた本体は、真っ黒な岩の戦士だ。
明らかに先ほどより身軽な動きでファイティングポーズを取り拳を握る。
「相手はやる気らしい」
「でもゴーレムちゃんの相手じゃないよ。もういっちょ、ミスリルスライサーでっ!」
ゴーレムは再び円盤を投げた。
するとロックジャイアントは、それを拳で殴る。
一般的なモンスター相手なら、拳ごとずたずたに引き裂かれるはず。
しかし今回は、円盤は金属音と共に弾かれ、明後日の方向に飛んでいってしまった。
「撃ち落とした!?」
「元々、あの手の魔法生物は斬撃に強い。相性が悪いのかもしれない」
「体が大きくなって、相性の影響まで大きくなっちゃったんだ」
ペリアは少々驚いたが、焦った様子はない。
一方でロックジャイアントはこれを好機と見て、一気に距離を縮めてきた。
顎に手を当てて「ふむふむ」と何やら考え込んでいたペリアは、迫る敵を前にして、軽くゴーレムに拳を握らせた。
「つまり――打撃にはかなり弱い」
動作は最小限に。
本気の一撃がストレートなら、これはジャブと言ったところか。
「ゴーレム・ストライク」
バゴォンッ、と発破音が鳴り響く。
その瞬間にロックジャイアントの頭部は、ゴーレムの拳に弾かれ砕け散った。
モンスターの体から力が失せる。
続けて、ゴーレムは左手を敵の心臓部に突き刺し、その奥にあるコアを引き抜くのだった。
「よし、いっちょあがりぃっ」
「お疲れ様」
「んふふー」
エリスはぽんぽんとペリアの頭を撫でる。
撫でられた彼女は猫のように目を細めてエリスに甘えた。
「でも今日の目的はコアじゃないんだよねぇ」
「ロックジャイアント……本当にこの残骸で新しい鉱石が作れるのかな」
「ペルレス様がそう言ってたんだから間違いないよ」
そう、この“狩り”の目的は、アダマンタイトを越える新たな素材を得ることにあった――
◇◇◇
マニングに戻ったペリアとエリス。
ゴーレムから降りた二人を迎えたのは、鎧姿のペルレスと不機嫌そうなラティナ、そしてそんな彼女と腕を組むラグネルだった。
ペリアは操縦席から飛び降りると、ペルレスに駆け寄りロックジャイアントの破片をどすんと取り出した。
「ペルレス様のおっしゃった通り、ゲットしてきました!」
「ご苦労だったな、さすがに仕事が早い。しかし……黒いな」
「コアの影響で変色しちゃったんですかね」
ロックジャイアントは、その名の通り岩の魔獣である。
コアによって巨大化していない、通常の固体の場合は、他の岩と同じく灰色をしている。
「色が違うとまずいですかね……」
「いや、色の変化だけならば理論上は問題ない。すぐに取り掛かろう」
「お願いします!」
「ラティナ、話した通り手伝ってもらうぞ」
「めんどくさいわねぇ。私の指導を子供たちが待ってるっていうのに」
「お前は子供に嫌われていただろう」
「ぐうぅっ……!」
胸を抑えて崩れ落ちるラティナ。
今の一言は、どんな魔法より効いたらしい。
ラグネルが「よしよし」と慰めると、ラティナはそんな嫁に抱きついた。
「世間の風が……冷たいわ……!」
「大丈夫よラティナ、いつだって私はあなたの側にいるわ」
「とんだ茶番」
エリスは冷めた目で見ていたが、甘えてるときの彼女も大差ない――と思ったが口には出さないペリアだった。
◇◇◇
ペリアとエリスはペルレスたちと別れ、今度はケイトの元に向かった。
彼女はエリスの知らぬ間に、ブリックやペリアと話を付け、土地を貰ったらしい。
一応は、村人集めの報酬ということになっている。
そしてそこに自らの店を建設中だった。
「にゅふふふ……」
建設途中の我が家を見ながら、うっとりと微笑むケイト。
エリスはそんな彼女に背後から近づくと、肩にぽんと手をおいた。
振り返る猫耳商人。
微笑む聖女。
「にゃふ? にゃ……ケ、ケイトは何もしてませんにゃあぁぁあああっ!」
エリスの怪しげな笑顔を見るなり、ケイトは叫びながら後ろに飛び跳ね距離を取った。
「なぜそんなに怯えてるの? 私は何もしていないのに」
「そ、その顔で言っても説得力ないですにゃ! 人殺しの目ですにゃ!」
「失敬な。私が殺すのは人ではなく猫」
「やっぱり殺す気ですにゃあー!」
「エリスちゃん、イタズラはそこまでにしよ?」
「……仕方ない」
「恐ろしいですにゃ……イタズラの域を越えてますにゃ……」
青ざめた顔で、胸に手を当てながら呼吸を整えるケイト。
彼女が落ち着いたところで、ペリアは話を切り出した。
「事前に話していた通り、隣の村との交渉をエリスちゃんとケイトさんに任せようと思って来たんだ」
「あれですかにゃ……確かに、王国が把握していない道の構築は重要ですにゃ」
メトラ王は、近々マニングに何らかの攻撃を仕掛けてくる。
それがペリアを含む、上級魔術師たちの共通認識であった。
ロックジャイアントから素材を採取してきたのも、そして今回の隣村との交渉も、それに備えての行動である。
もっとも、隣と言っても、今はまだ隣接しているわけではない。
本来、人間が出ることのできない場所―― “結界の外側”に新たな結界を設置し、それを繋げて、他のFランクの村と道を繋げようという魂胆である。
成功すれば、万が一王国の軍勢が攻め込んできても、マニングは袋小路にはならない。
むしろ、うまく立ち回れば逆に挟み撃ちできる可能性すら出てくる。
もちろん、向こうの村は王国に忠誠を誓う貴族が治めているだろう。
だがしょせんはFランクの村。
王国からもあまりいい扱いを受けているわけではない。
そこにケイトが赴き、マニングの発展した姿をちらつかせれば――こちらに付いてくれる可能性は限りなく高い。
「でもそれにしたって、ケイトとエリスさん二人きりだなんて正気ですにゃ?」
「結界について説明できるエリスちゃんと、交渉術に長けたケイトさん。ぴったりの組み合わせだと思うな」
「それに、私にはケイトの暴走を止める役目もある」
「だからそれが怖いんですにゃあ! ケイトだってもうペリア王国の一員ですにゃ、裏切るような真似はしませんにゃあ」
「ペリア王国……?」
「そういうこと言うところが信用ならない」
「……これは言葉のチョイスをミスりましたにゃ。とにかく、この件に関してはあまり疑わずに、信用してほしいですにゃ。ペリアさんからエリスさんにその旨をしっかり言い聞かせてもらえるなら、交渉に向かってもいいですにゃ」
「私がエリスちゃんに言うの?」
「ですにゃ。ケイトの言葉なんて絶対に聞かないですにゃ。その点、ペリアさんが言い聞かせれば、この猛獣――」
「誰が猛獣だって?」
「ひいぃぃっ! こ、この麗しき聖女様は言うことを聞いてくれるはずですにゃ!」
もはや犬猿の仲を越えて、捕食者と食料の関係のようであった。
確かに、エリスは冷静なように見えて、割と暴走しがちなタイプである。
ここでペリアが一言釘を差しておくのは有効かもしれない。
そう考えた彼女は、エリスに耳打ちをした。
「帰ってきたら、私の体を一箇所だけ好きにしていいから、今日だけはケイトさんと仲良くして。ね?」
口を離すと、ペリアは上目遣いで微笑む。
その姿はエリスにとって、もはや天使を越え、女神を越え、もはやペリアとしか言いようのないものだった
「ど……ど、どこでも……いい……?」
「うん、エリスちゃんならどこでもいいよっ」
「私が……ペリアの体を自由に……ふふ、うふふふっ、うふふふふふふふっ」
エリスはピンク色のオーラを纏うと、怪しげな笑い声をあげはじめた。
「ペリアさん、何を約束したかは聞こえにゃかったですが、やりすぎですにゃ……」
「そうかなぁ」
「これを見て怖いと思わないんですかにゃ?」
「そういうところも含めて、エリスちゃんのこと好きだからっ」
「愛と懐が深すぎますにゃ……」
こうして、いつまでも笑い続けるエリスと、ドン引きするケイトは馬車に乗り、二人で隣の村へと向かうことになったのだった。




