004 ゴーレムちゃんを見つけました!
最初はペリアに冷たかった、ギルドの受付嬢だったが、彼女が天上の玉座の仲間だと知ると急激に態度が変わった。
全力の愛想笑いに「変なの」と首をかしげるペリア。
そうして奥の部屋を借りた三人は、ようやく落ち着いて顔を合わせる。
「改めて、ひさしぶり、ペリア」
「会えて嬉しいよ。あたしらもちょうど、会いに行こうと思ってたところだからな」
「そうだったの!? 私も嬉しいな、急に追い出されて行く場所なくて。すっごく不安だったから」
「追い出された?」
「うん……お仕事、うまくいかなくてさ。クビになっちゃった」
ペリアがそう言うと、途端にフィーネとエリスは真剣な表情になる。
「ペリア、何があったんだ。あたしらに聞かせてくれ」
「実はね――」
できるだけ愚痴にならないよう気をつけながら、ペリアはクビに至る経緯を語った。
彼女は、あまり自分に自信が無いタイプだ。
その傾向は、宮廷魔術師になって二年間、ひたすら上司に否定されたことでさらに顕著になった。
ゆえにペリアの語った経緯は、かなりヴェインに気を遣ったものだったが――それでも、話を聞き終えたフィーネとエリスは明らかに怒っていた。
「よし、その上司を殺しに行くぞ」
「私も手伝う」
「二人とも落ち着いてぇ!」
立ち上がったフィーネとエリスの目は完全に本気だった。
止めようとするペリアに、フィーネが吠える。
「そんな話を聞かされて落ち着けるか!」
「うんうん」
「要するに、平民嫌いの貴族がペリアに仕事を押し付けて、自分だけおいしい思いをした上にクビにしたって話じゃねえか! とんだクソ野郎だ、絶対に許せねえ!」
「それだけじゃない。理不尽な物言いや、ゴーレムを勝手に捨てて、ペリアの心を傷つけてる。万死に値する。仕留めたあとに蘇らせて何度でも苦痛を味わわせる」
二人は本気の目をしていた。
ペリアは必死で引き止める。
「でもほら、もうクビになっちゃったから。確かに嫌なこともあったけど、二年分の嫌なことを全部束ねたって、二人にまた会えた喜びのほうがずっと大きいよ!」
「ペリア……」
真っ直ぐな笑顔を向けるペリアに、フィーネは思わず涙ぐむ。
そして彼女に歩み寄ると、自らぎゅっと抱きしめた。
「フィーネちゃんのほうからハグされた!? しかも自分からだから恥ずかしさが倍増していつも以上に真っ赤になってる……!」
「わざわざ解説すんな! あたしだって恥ずかしいけど……けどよお、あんなこと聞かされたら、抱きしめるしかねえだろ!」
「私も同感」
エリスも逆側からペリアに優しく抱きついた。
「ペリアは、人を憎まないタイプだから。私たちにできることは、傷が癒えるよう、それ以上の喜びを与えることだけ」
「もう十分だけどなぁ……」
「んなわけあるかよ。ペリア、今はフリーなんだろ。だったらあたしらと組まないか?」
「いいの……?」
「それはむしろこっちの台詞だ。ペリア、お前は紛れもなく天才だ。友達としても、旅団の人間としても、逃がす手はねえよ」
「縛ってでも逃さない」
「逃げないよぉ。私も、二人と一緒にいられるなら嬉しい!」
三人は、二年前までずっと一緒だった。
同じ町で育ち、同じ師匠に育てられ、同じ夢を見ていた。
しかし、その夢を叶えるための方法は、少しだけ違っていた。
ペリアは宮廷魔術師になり、フィーネとエリスは天上の玉座への入団を目指す。
きっと同じ夢を見続けていれば、その道は再び交わると信じて。
結果として、思っていた形とは違ったが――三人は再会した。
「三人で頑張ろうね。モンスターをやっつけるために!」
――だが、彼女たちが今も同じ夢を見ているとは限らない。
現実は残酷だから。
「……モンスターか」
「ん……そうだね」
ペリアの言葉に、フィーネとエリスは言葉を濁した。
その微妙な反応に、ペリアは「ん?」と首をかしげる。
◇◇◇
部屋から出ると、ペリアはフィーネとエリスを引き連れて、掲示板の前まで来た。
すでにギルドが開いて少し経っているため、おいしい依頼は残っていない。
しかし、ペリアが狙っていたものは残っていたようで、彼女はほっと胸をなでおろした。
「さっきギルドに入ったときにね、ちらっとこっちを見たら気になる依頼があったんだ」
それは一瞬の出来事だったが、ペリアの記憶にははっきりと刻まれていた。
フィーネは紙に顔を近づけて、文字を読み上げていく。
「なになに……くず鉄運搬の依頼か。巨大な金属の塊を炭鉱町マニングの依頼主まで運んでほしい。道中で危険な魔獣に出くわす可能性は低いが、重量がかなりあるため注意、と」
「依頼内容の割に報酬がショボい」
この時間まで依頼が残っているのは、そういうことである。
だがペリアの目的は別のところにあった。
「これ、もしかしたら捨てられた私のゴーレムじゃないかと思って」
「なるほど、そういうこと」
「あわよくば買い戻そうってわけだな」
「でも、私ぜんぜんお金がないから……」
「そこは心配すんな、あたしらが腐るほど溜め込んでるからな」
「天上の玉座のお給料は無駄に高い」
「そうなんだ……いいなぁ」
「つか宮廷魔術師も本来は高給取りなんだよ、ペリアが不当に安くされてただけで」
「あはは、私は趣味につぎ込んじゃってたから。でも――本当にいいの?」
「何がだ?」
「お金もそうだけど、天上の玉座って忙しいんでしょ? なのに、私の都合に付き合う流れになっちゃってるから」
ペリアがそう言うと、フィーネは少し寂しげに笑った。
「ははっ、いいんだよ」
「元々、私たちはペリアに会うために都を目指してた」
「そうだったんだ! じゃあ待ってても会えたんだね!」
「どうだかな。その場で許可を取るつもりだったから、あの門が平民のために開かれる可能性は低かった」
「あー、確かに。なのに、会いに来ようとしてたの?」
「可能性が小さくても賭けたかった……ひょっとすると、私たちのほうが参ってたのかも」
「何かあったの? 大変なことが起きてるなら、私も手伝うよ?」
エリスの顔を心配そうに覗き込むペリア。
彼女は救われたように口元に笑みを浮かべる。
「ありがとう、後で話す」
「ペリアにわかっといてほしいのは、再会できて救われたのは、あたしたちも同じだってことだ」
「そう。こうして並んで話せるだけで、気持ちが明るくなる」
エリスはそう言って、隣に立つペリアの手を握った。
その温もりが懐かしくて、ペリアはすぐに指を絡めて握り返した。
「エリスちゃん……今日からはずっと一緒だからね!」
「ありがとう」
「……お前ら、外でよくそんな手のつなぎ方できるな」
「フィーネちゃんもつなぐ?」
「つながねえよ!」
「つなぐべき」
「だからつながねえっての!」
その後、フィーネはペリアに無理やり手を握られた。
赤面を満足いくまで堪能したペリアは、くず鉄運搬依頼の紙を受付に持っていく。
そこでようやくFランク冒険者証を受け取った彼女は、さっそく依頼主の元へと向かうのだった。
◇◇◇
「こりゃあ驚いた、まさか天上の玉座が依頼を受けてくれるとは」
依頼主は、急にやってきたフィーネとエリスを見て呆然とした。
「会えるだけでも依頼を出した甲斐があったってもんだ。もう運んでくれなくていいぐらいだよ!」
「さすがにそうはいかねえだろ」
「それにしても――依頼のくず鉄が、本当にペリアの持ち物だったなんて」
依頼人の家の前には、鉄の巨人が膝を抱えたような姿勢で座っている。
ペリアはその姿を見た瞬間、目に涙を浮かべながら、突進するように足元に抱きついた。
そして今も、冷たいボディに頬ずりを続けている。
「ゴーレムちゃぁん、よかったよぉ……もう会えないかと思ってたぁ……うわぁぁぁぁんっ……!」
「あの巨大な人形、お嬢さんの持ち物だったのかい?」
「上司に勝手に捨てられたんだとさ」
「すぅぅぅ……はぁぁぁ……あぁ、この金属と油の匂いぃ……これを吸わないと死んじゃうところだったよぉ……!」
「譲ってほしい。お金なら出す」
「そりゃあ災難だ。しかしなぁ……金は嬉しいが、もう引き渡す約束をしちまってるんだよ。運悪くうちの運搬車両が壊れちまったもんでな、それでギルドに依頼を出したってわけだ」
「金じゃ信頼には変えられない、か」
「それにこの鈍色の輝き! 騎士を思わせる重厚な鎧姿! 雄々しい頭の一本角! 陽の光を反射して輝く姿! ああぁ! 見てるだけで心臓バクバクだよぉ! やっぱりゴーレムちゃんは最高だよぉお……!」
「あー……どうしても交渉したいってんなら、マニングにいる依頼主に直接言ってくれねえか」
「まあ、どうせそうしねえと依頼もクリアできねえからな。それでいいよな、エリス」
「私は問題ない。たぶんペリアも納得する」
「すーはーすーはー! くんかくんか! はあぁぁあっ! かわいいよぉ、ゴーレムちゃんかわいいよぉー!」
「お、おう、じゃあ……それで」
ペリアのあまりの暴走っぷりに言葉を失う三人。
そういう趣味を知っているフィーネとエリスはともかく、依頼主は未確認生物でも見るような目をしていた。
かくして、マニングへの運搬依頼が始まる。
依頼人は家に戻り、三人だけがそこに残った。
問題は、この巨大なゴーレムをどうやって運ぶか、である。
「あたしが持ち上げるか?」
「フィーネの馬鹿力なら行けそう。でもマニングまで2日はかかるのが問題。ペリアはどうしたい?」
「せっかくだし乗っていこうよ。私も一度ぐらいは、外で自由に動かしてみたいと思ってたんだ!」
「乗る……? 手にか?」
「ううん、中に!」
ペリアはどこか自慢気にそう言うと、「えいっ」とゴーレムの膝に飛び乗り、胸元に触れた。
すると胸部装甲が開き――“操縦席”があらわになる。
「なんだそりゃあ……」
「中に乗れる?」
「ふふーん。既存の人形魔術は、魔糸を人形に伸ばして外から操るものだったの。でもその方法じゃ、どれだけ極めても操作に僅かな遅延や魔力の減衰が発生する。その問題を解決するために、内側から操るシステムを私が開発したのだっ!」
珍しく胸を張って自慢するペリア。
その勢いに、フィーネとエリスは思わず『おおー』と声を揃えて拍手した。
「ささ、二人とも乗って! 三人ぐらいなら余裕で入れちゃうからさ!」
言われるがまま、タンッと地面を蹴って胸部ハッチまで飛ぶ二人。
中に入ると、確かにそこは思っていたより広かった。
ハッチが閉じ、操縦席は真っ暗になるかと思いきや、壁には周囲の景色が映し出される。
「すげえな……どうやって操るのかと思ったが、外が見えるようになってるのか」
「見えるというより、映し出されてる」
「んふふー、驚いてくれたなら、作った甲斐があったよ。じゃあ立ち上がるね。結構揺れるから気をつけてね!」
ペリアの前方に、頭上から複数本の糸が垂れてきた。
彼女が腕を前に伸ばすと、糸は左右十本の指にそれぞれ絡みつく。
目を閉じる。
魔力を伝搬させる。
糸はわずかに発光し、ゴーレムとの接続が完了した。
ペリアが指を曲げ、わずかに糸を引っ張ると、巨人はその足で立ち上がる。
映し出される外の景色――その視点一気に高くなり、見張り塔を見下ろせるほどであった。
「あのドデカイ人形が立ちやがった……」
「とてつもなく目立ってそう」
エリスの言う通り、町は突如として現れた巨人に大騒ぎである。
「だったら早く外に出ないとね。また揺れるから気をつけて!」
さらに彼女が糸を操る。
ゴーレムはギイィ――と関節を軋ませながら足を持ち上げ、ずしんと大地を揺らし、踏みしめた。
その繰り返しで、巨人は足元の人間や足元を踏み潰さないよう、器用に歩く。
突如現れ、町を揺らしながらどこかに消えていった巨人を、住人たちは呆気にとられながら見送った。