037 納品です!
エイピックとの約束の日を五日後に控え、着々と準備を行うペリア。
一方でマニングには、続々と移住希望者が来ていた。
ケイトが連れてきたと思われる他の村の大工も合流し――学校建設は一時中断。
急ピッチで住宅の建設が行われている。
その間にも、ペリアたちは付近のモンスターを排除し、結界の配置を行っていたため、土地の確保には何ら問題は生じていない。
目下の不安は、異なる村の住民同士で争いが起きないかどうか、だろうか。
「にゃははははっ、そこから先は村長さんの腕の見せ所だにゃあ」
ケイトは人を集めるだけ集めて丸投げしようとしたので、またエリスに睨まれていた。
もっとも、現状ではさほど大きな問題は起きていないようで、順調にマニングは発展しているようだ。
◇◇◇
ペリアはその日、ブリックの工房を訪れていた。
中からはハンマーが金属を叩く音が聞こえてくる。
ペリアが顔を見せると、彼は意外そうに彼女を見て、
「魔術師からすりゃ原始的なもんだろう。見たって得るもんは何もないぞ」
とぶっきらぼうに言った。
「そんなことありません! 鍛冶に関しては素人も同然ですから。ゴーレムちゃんの装甲だって見様見真似の加工です」
「それであんだけできるんなら大したもんだ」
「ブリックさんならもっと上手にできませんか?」
「……ちと作りが雑だと思うことはあるがなあ。あの大きさにしちゃあ上出来だろ」
やはり気になる部分はあるようだ。
さらに完璧なゴーレムちゃんを目指したいペリアとしては、やはりブリックからも技術を教わりたいところである。
「なのでやっぱり勉強になります。いずれ短期で弟子入りさせて貰えないかなー、なんて企んでたりもします」
「そこは女が鍛冶場に入るんじゃねえ、と言うところなんだが……ペリアの実力を知っておると何も言えんのう」
ブリックから見ても、ペリアを含めた魔術師たちは規格外の存在だ。
魔術のみならず、身のこなしも、そんじょそこらの男なんて相手にならないほどである。
怪我をしては家事に差し支えるから、鍛冶場に入るな――なんて古い慣習は、彼女には不要だろう。
「それは、つるはしの頭部ですか?」
ペリアはブリックの手元を覗き込んだ。
「ああ。50年ほど、毎日のようにこればっかり作っておる」
「みなさん言ってましたよ、ブリックさんのつるはしは天下一品だって」
「それでも強度が足りんのだろう? ウレアの嬢ちゃんが言っておったぞ。しかしわしにはこれ以上のもんは作れん」
「そこで相談があるんですけど」
「なんだ、わしにか?」
ペリアは頷きながら、どこからともなく鉱石を取り出した。
そして、それをブリックに見せ頼み込む。
「ミスリルでつるはしって作れませんか? できれば、柄も金属製にして」
「できんことはないが……単価が上がりすぎる。鉱山で使うのは無茶だ。何より柄まで金属にしたら重かろう」
「重さは大丈夫です。魔力が頭部まで伝播するのが重要なんです」
「何を作ろうとしておるんだ?」
怪訝な表情を見せる彼に、ペリアはどこか得意げに語りだした。
◇◇◇
――一通りの説明を終えると、ブリックは思わず声をあげる。
「結界をつるはしに刻んで強度を高めるぅ?」
今の王国の民にとって、結界とは空に浮かぶ陽のような存在だ。
つまり、そこにあるのが当たり前だし、誰もが知っているが、その実態を掴むのは不可能な物体。
だがペリアたちがマニングに来たことによって、その存在は一気に身近なものとなりつつある。
「エリスちゃんのおかげで、結界はどんどん小型化してます。その技術を使えば、あの採掘用人形のパワーにも耐えられるんじゃないかと」
そう語るペリア。
考え込むブリック。
すると、ペリアの表情が、なぜか不安に染まっていく。
「はっ――ごめんなさいブリックさん!」
「なぜ謝った」
「つるはしが壊れなくなったら、ブリックさん商売上がったりですよね……」
何事かと思えば――斜め上の心配に、ブリックは思わず声を出して笑った。
「はははははっ! そんなもんは心配せんでいい。わしも体力的に限界を感じておったし、何より最近は村長の真似事をさせられておるからのう」
「大変ですね……」
「お前さんの忙しさほどじゃあない。では、さっそく作ってみるかのう。ミスリルはどれぐらいある?」
「はいっ、最近は採掘量も増えたので、たっぷり貰ってますっ」
どっさりと、山のようなミスリルを倉庫より取り出すペリア。
ブリックはそれを手に取り不敵に笑うと、早速作業に取り掛かった。
◇◇◇
そして約束の日がやってきた。
他の上級魔術師たちにも手伝ってもらい、ペリアは鉱山入り口付近にコアの設置を行う。
ラティナたちがわざわざ自ら手伝いを申し出たのは、コアを使った新たな試みに興味を示したからである。
鉱夫たちも、今日ばかりは仕事を休み、興味津々でその様子を見つめていた。
「夢みたいな設備ね」
ラティナはつぶやく。
台座の上に設置されたコアと、そこから伸びるミスティブロンズにオーガの皮膜をかぶせた魔導線を見ながら。
「王都にも似たような仕組みはあるけど、かなり人間の力に頼っていたわ」
「奴隷や囚人の魔力を使っている施設もあると聞きました」
ペリアはその導線とチャージストーン充填用の台座を繋ぎつつ、彼女と話す。
「対してこっちは、置いておくだけで無限に魔力を生み出す夢みたいなエネルギーがあるんだもの。加えて、一度作ったものならいくらでも複製できる、馬鹿げた固有魔術を持った魔術師もいる」
「持ち上げ過ぎですよ。ラティナ様だって、火にまつわる固有魔術をもっているんでしょう?」
「人や魔獣を殺すのには便利なんだけどねー。生憎、誰かの生活を豊かにするのには向いてないのよ、私の魔術」
ラティナは手のひらを見ながら言った。
もっとも、彼女の性格からして、ペリアと同じ魔術を習得しても、まったく違うことに使うのだろうが。
「ペリア、こっちもできた」
そこにエリスがやってくる。
彼女が歩くたびに、両手に持った籠の中で、銀色――おそらくミスリル製の、フックが付いた手のひらより小さな板がガチャガチャと音をたてる。
「うわー……すごい量! 言ってくれれば私が作ったのに」
「ペリアの作業量も相当だった。私もできることはやる。フィーネだって頑張ってるんだから」
エリスはそう言って、坑道入り口前に新たに作られた倉庫に人形を運び込むフィーネを見た。
魔術方面ではできることがないから、と力仕事を一手に引き受けてくれたのだ。
彼女と一緒に、ペルレスも自ら運搬を申し出た。
「フィーネちゃん……」
「それで、そのミスリルの板っきれは何なのよ。随分と初歩的な術式が書き込んであるけど」
「これはですね、魔導線にひっかけると――ほら!」
線にぶら下がるだけで、ミスリル板は白い光を放った。
「光ったわね」
「マニング鉱山では今までろうそくを使っていたそうなんですよ」
「わーお、原始的」
「だから代わりにこれを使ってもらう。どうせ空気の入れ替えやポンプの設置のため、中まで導線を伸ばす必要があるから」
「そこに引っ掛けるだけで光源が確保できるってわけね。へー、便利じゃない」
手にとって、重さを確かめるように何度か持ち上げるラティナ。
するとそこに、髭面の男性が手を上げながら近づいてきた。
「よう嬢ちゃん」
「エイピックさん! お世話になってます」
「世話になってるのはこっちのほうだ! あの人形、腕が取り替えられるようになってんだな。つるはしを振るだけじゃねえ、他の作業にも使えるようになってやがる」
「他にアタッチメントが必要なら言ってくださいね」
「明かりも、空気も、水も、トロッコもリフトも、この短期間で別物みたいに変わりやがった。こりゃもはや革命だ! なあウレア!」
「うっす」
一緒に来たウレアも、こころなしか嬉しそうだ。
「最近は一日の採掘量が全盛期に近づいてたんだ。そこにあの装備がありゃあ、もしかしたらマニングが一番栄えてた頃を超えちまうかもな! がはははははっ!」
「そのお手伝いができて嬉しいです」
「嬉しいのはこっちだっつうの! はははっ! 笑いがとまんねなぁ、ウレアぁっ!」
「うっす」
まだまだ荒削りだとペリアは思っているが、それでも飛躍的に労働環境は改善されるだろう。
そしてその日、鉱夫たちは導入された新装備を早速使い始めた。
彼らはそのあまりの快適さに感動し、ペリアの巨大銅像を作る計画が本気で立案されたとか、されなかったとか。




