003 幼なじみと再会しました!
ペリアとルヴェロスの戦闘中、たまたまギルドの前を通りがかった女冒険者が、困った様子で頭を掻いていた。
「何の騒ぎだよ、ギルドに入れないじゃねえか」
そうぼやいたのは、異様に長い剣を背負った、オレンジ色の髪の少女だった。
「……困った」
その隣に立つ白いローブを纏った少女は、眠そうな顔で紫の長い髪をいじくった。
「ハイエナどもに依頼を取られる前に、と思って早めに来たが、どーするよエリス」
「どうもこうも、待つしかない。それともフィーネが全部けちらす?」
「それもありかもな……おいそこのおっさん、ちょっといいか?」
フィーネと呼ばれた少女は、野次馬の男の肩を突いた。
「なんだよ」と不機嫌そうに振り向いた男は、真後ろに立つその姿を見て驚愕した。
「な……け、剣王フィーネ!?」
「知ってんのかあたしのこと」
「じゃあ隣にいるのは、聖王エリス! す、すげえ、天上の玉座の実物、初めて見た……サイン貰えませんか!」
「すまん、書くものがない」
「なら肌に直接刻んで貰えませんか!?」
「握手でいいか?」
「お願いしますぅ!」
ならず者っぽい風貌をした男は、フィーネとエリスの手を握って感激し、涙ぐむ。
天上の玉座とは――この国に存在する“最強の旅団”である。
Sランク冒険者の中でも、特に秀でた者のみが参加を許され、メンバーそれぞれに“王”の二つ名が与えられる。
彼らは主にギルドからの依頼を受けて動く。
そして各地で、他の冒険者では手出しできないような、凶暴な魔獣を狩って去っていくのだ。
彼らは全ての冒険者の憧れであり、王国民のヒーローであった。
そのメンバーというだけで大騒ぎなのに――フィーネとエリスは、一年前、17歳という若さ、そして女性の身で旅団に加わったという、異例の経歴を持つ有名人であった。
男が騒ぐと、周囲の人々もその存在に気づく。
ペリアとルヴェロスの戦いに夢中になっていた彼らの興味は、一斉に天上の玉座のメンバーに移った。
次々と握手を求められ、流れ作業でそれをこなしながら、二人はぼやく。
「……まずいな、想像以上の騒ぎになっちまった」
「ちょうどいい、聞こうよ。何があったのか」
「そうだな。なああんた、これは何の騒ぎなんだ?」
「は、はひっ!」
声をかけられた野次馬は、裏返った声で返事をした。
「落ち着け、話を聞きたいだけだ」
「ひゃ、ひゃいっ! あのっ、血の鬣犬はご存知ですか?」
「ああ、知ってる」
「そこのルヴェロスってやつが、冒険者志望の素人とやりあってるんですよ」
「鬣犬のメンバーならランクも高いんだろ? それが何で素人と戦ってんだ」
「通称、“門番”って呼ばれてて。新人潰しで有名なやつなんです」
「悪趣味が過ぎる。あんまりいい見世物じゃない」
「だなぁ。おいあんたら、ちょっと道を開けてもらっていいか? あたしが止める」
フィーネの一声は人混みを割り、道を開く。
その先にある姿を見て、彼女の動きが止まった。
「フィーネ?」と首をかしげるエリスだったが、彼女もまた、同じようにペリアを見て静止する。
「……どうして、ここにペリアがいるの?」
「宮廷魔術師になったはずだよなぁ」
「出張中?」
「だとしたら、あのローブ着てるだろ。合格してたときも、あたしらに自慢してたし」
「ほんとだ、普段着」
「あと、全然反撃しねえ理由もわかんねえ」
「ペリア、人を殴るのとか苦手だから」
「あー……そういやそうだったな」
そんな会話を繰り広げる二人に、先ほど会話をした野次馬がおずおずと尋ねる。
「あのぉ、女の子、知り合いなんですか?」
「幼なじみだ」
「だったら止めたほういいですよ! ルヴェロスは危険だ、キレたら怪我だけじゃ済まない!」
「確かに、危ないから止めたほうがいい。そろそろペリアも我慢の限界」
「だな。マジでやったら大怪我するだろ、ルヴェロスってやつ」
「へ?」
予想外の反応に、ぽかんと口を開く男。
するとフィーネは得意げに言った。
「おっさん、忠告はありがたいが――あのペリアって子、あたしらより強いんだわ」
◇◇◇
一方的に剣を振るっていたルヴェロスの動きが、ぴたりと止まる。
「んあ? 何だこりゃ……くっ、おい、体が、動かねえ……!」
剣を振り上げた体勢のまま、どれだけ力を入れてもびくともしない。
「傀儡術式、マリオネット・バインド」
「は? てめえがやったのか!?」
「私の糸が見えないの?」
ペリアの明らかに怒りを孕んだ口調に、ルヴェロスは強い威圧感を感じた。
先ほどまで対峙していた、情けない少女とは思えない。
「何を……糸なんてねえだろ、どこにも!」
どうやら、それが見えているのはペリアだけのようだ。
王子やヴェインに使ったときだってそうだった。
幼なじみたちは、ちゃんと見えていたはずなのだが――
「傀儡術式は、人形魔術を拡張し、対象を人間にまで広げたもの。他人だろうと自分だろうと、糸を使って操ることができる」
彼女は軽く腰を落として、武道家のような構えを取った。
左手を前に出し、右手は腰のあたりで拳を握る。
「そうか、その魔術を使って身体能力の強化をしてやがったんだな!」
「何を言ってるの? 私はまだ、一度だって傀儡魔術は使ってないよ。普通に避けてただけだし、糸は防御にしか使ってない」
「つまり……今から、それを使うってことか?」
ペリアはうなずく。
ルヴェロスの頬がひきつる。
「あまり人は傷つけたくないけど、相応の報いだよね」
ペリアの腕に模様が浮かび上がる。
それは彼女の肉体を操る、魔力の糸。
その糸を使って、自分で自分を操るのだ。
「や、やめろ……人質を取って、調子に乗ったことは謝る。だからっ!」
元より低くはない身体能力は、魔術によってさらに高まる。
ルヴェロスとて素人ではない。
魔糸は見えずとも、そこにどれだけの力が込められているのかぐらいはわかる。
「せめて、防御ぐらいはさせてくれえぇぇええ!」
「傀儡術式――マリオネット・ストライク」
ルヴェロスの目の前から、ペリアの姿が消えた。
そう思った次の瞬間、すでのその拳は腹部に当てられていた。
めり込む。ねじれる。全身がすり潰される。
「ご、がぁっ!」
ガクンッ、と一瞬で意識が揺さぶられて、その体は一直線に観客に向かって飛んでいった。
もちろんペリアは無関係の人間を巻き込んだりはしない。
そこにいるのが、同じ血の鬣犬のメンバーだとわかった上でそうした。
ルヴェルトの体は仲間を巻き込みながら、それでも速度は落ちず。
最終的に、奥にある広場――その中央にある噴水に突っ込んで、ようやく止まった。
うるさかった野次はピタリと止まり、ペリアに視線が集中したまま沈黙が流れる。
そんな中、彼女は自らの拳を見て、ため息交じりにつぶやいた。
「……殴っちゃった」
勝者だが、あまり嬉しそうではない。
もちろん死なないように加減はしたつもりだが――
すると、ペリアの前に男たちが立ちはだかる。
無事だった血の鬣犬のメンバーだ。
彼らはペリアよりも遥かに大きな図体で、見下ろしながら睨みつけた。
「やってくれやがったな、ガキが。人形魔術だか何だか知らねえが、卑怯な手を使いやがって!」
「へっ? いや、勝負を仕掛けてきたのはあちら側で――」
「うるせえ、俺らにもメンツってもんがあるんだよおぉぉぉッ!」
問答無用で剣を振り下ろす男。
すると瞬時に人影が割り込み――その刃を、指でつまんで止め、さらに粉々に砕いた。
「やめとけよ」
「なっ……安物じゃねえんだぞ? それを指でぶっ壊しただと!?」
「あ、フィーネちゃんだーっ!」
ペリアは昔なじみの顔を見て、飛び跳ねながら喜んだ。
「よう、ペリア。久しぶりだな」
「私もいる」
「エリスちゃーんっ!」
とてとてとエリスに駆け寄ったペリアは、胸に飛び込むように抱きつく。
無表情なエリスも、これには顔がにやけるのを抑えきれない。
わずかに微笑みながら抱き返す。
「フィーネにエリスだと……ま、まさか、あの娘も天上の玉座……!」
「あたしらの仲間ではあるな。実力差はわかったろ? 怪我したくなきゃとっとと失せな」
「く……さすがに相手が悪すぎる。ちくしょう、お前ら撤退だ! ルヴェロスたちも回収しとけ!」
尻尾を巻いて逃げ出す血の鬣犬たち。
フィーネは彼らを小馬鹿にするように、ひらひらと手を降った。
その姿が見えなくなると、ペリアのほうを振り向き――
「フィーネちゃーんっ!」
彼女に抱きつかれる。
「おっ、お、お前っ! そういうのやめろって、人前だぞ!?」
フィーネは顔を真っ赤にしてしどろもどろになった。
「相変わらずフィーネちゃんは照れ屋さんだなぁ」
そんな彼女の頬をつんつんと突くペリア。
「ちげえよ! あたしは、そういうのは人のいないとこでやれって、正論を言ってるだけでな!」
「人前じゃなくても真っ赤」
「だよねー?」
「仕方ねえだろ、恥ずかしいんだから! とにかく離れろって!」
引き剥がされるペリアは、再びエリスにぴたりとくっついた。
天上の玉座のメンバーが二人に、彼女たちに『自分より強い』と言わしめるペリアという少女――血の鬣犬が撤退してもなお、野次馬たちの騒ぎは止まらない。
ここでは落ち着いて話もできないから、とひとまず三人はギルドの中に移動した。
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