029 一件落着です!
ドッペルゲンガーとの戦いが終わり、ペリアたちはその残骸を回収。
テラコッタと一緒に街へと戻っていった。
診療所に到着すると、入り口で待っていたマローネがテラコッタに抱きつく。
そして涙を流しながら「ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返し、胸に顔を埋めていた。
テラコッタは少し悩んだ様子だったが――久しぶりに触れ合えた喜びが勝ったのか、その背中に腕を回す。
その後ろでは、両親がほっとした様子で抱き合う二人を眺めていた。
◇◇◇
ギルドや衛兵に聞き取りをされたり、ゴーレムについてあれこれ聞かれたり、街の人々に囲まれたり――何だかんだで時間は過ぎていった。
そして昼過ぎ、ペリアのお腹がグゥと鳴る頃、三人の姿は酒場にあった。
「いただきますっ!」
「いただきまーす、結構うまそうじゃん」
「いただきます。重いのばっかり」
テーブルには、味付けの濃ゆそうな肉料理が並んでいる。
冒険者が多いだけあって、特に昼間はがっつりとしたメニューが多いようだ。
フィーネが骨付きの鶏肉にかぶり付き、ペリアは野菜を口に運び、エリスはその姿を見て心を満たす。
「うん、おいひい!」
「何か色々あった気がするけど、まだ夕方ですら無いんだよな」
「その間に、気になることが増えすぎた」
「私はやっぱり……二人が見たっていう、ピンクの怪しい女の子が気になるかな」
「怪しいなんてもんじゃねえよ。ありゃ確実に化物だ、ドッペルゲンガーより強かった」
フィーネには、今も感じた悪寒が体に残っている。
少なくとも人間相手にあんな寒気を感じたことはなかった。
「フィーネの感覚が正しいなら、あの少女がドッペルゲンガーにコアを埋め込んだ?」
「このコアだよね……」
ペリアはポケットから、回収したコアを取り出す。
外側は透明のガラス玉。
中には紫色のもや。
そして中心には、モンスターコアと似た形状の球体がある。
「意思を持ったモンスター……フルーグを思い出すなあ」
「二人目か。拳将なんて名乗った時点で察してたが、やっぱ相手は組織なんだな」
「しかも普通に結界の中に入ってる」
「その気になりゃあ、人間を滅ぼすのなんて簡単なはずだ。だがあいつは、人間への過度な接触を禁じられてると言って、どこかに消えやがった」
「じわじわ滅ぼさないといけない約束でもあるのかな?」
「約束するとしたら、相手は王族しかいない」
「だな。結界の動力源はモンスターコアの可能性が高いんだ。やっぱ王族が繋がってんだよ。百年前、自分たちだけが助かるために、モンスターの親玉と契約でもしたんだろうさ」
「歴史の裏側って感じだねぇ。今の王様とかどう思ってるんだろ」
「変わらねえだろ。王都で引きこもって暮らせるよう、農業プラントとやらの研究も進んでたんだろ?」
「そのうち王都以外の街は全て切り捨てるつもりだった可能性が高い」
「やだな……偉い人たちが、みんなそんなことを考えてるとは思いたくないのに」
思いたくはない。
しかしそういう人間が存在する――そんな現実をペリアは知っている。
だからこそ辛いのだ。
「もっとご飯が美味しくなる世界だったら、みんな幸せになれるのにね」
暗い表情のまま、肉を口に放り込むペリア。
「あたしらがぶっ潰すしかねえよ。偉い人間の計画をな」
「そのためには強くならないといけない」
「そこなんだよなー」
「こんな小さなコア一個で、ただの人形にモンスター並の力を与えられるとしたら……」
「せっかくモンスターとの戦力差が縮まってきたってのに、また差をつけられた感じがするな」
「でもあの人形、明らかに意思を持ってた」
「うん、体の他のパーツは人形そのものだから、このコアが人格を与えたと考えていいと思う」
「真ん中の球体はモンスターコアと同じものとして、だ。この紫のは何なんだ?」
「それが人形に意思を与え、同時にコアの小型化を可能にしたものだとすれば――」
「……やべえ代物ってことしかわかんねえな」
「考えるのは戻って解析してからだね。ちょうど上級魔術師の人たちも来るだろうし!」
協力を要請せずとも、彼女らなら自ら首を突っ込んでくるだろう。
ヴェイン以外の上級魔術師は好奇心の塊ばかりだ。
「コアに関してはそうだな。で、テラコッタのほうはどうすんだ? マニングまで連れてくのか?」
「そうしたいなぁ、って思ってる。ドッペルゲンガー理論、あれがあればゴーレムちゃん操縦をもっと簡略化できそうな気がするの」
「体の動きと人形の動きを連動させる、か。テロドトスのじいさん、あの頃から人形劇の人気が落ちてるの気にしてたんだな」
「それだけじゃないかも」
エリスは目を細め、少し寂しげに語る。
「テラコッタの両親が人形遣いに反対してた理由、たぶんテロドトスおじいさんが滅多にここに帰ってこなかったからだと思う」
「……そっか。王国中を旅してたんだもんね」
「子供がいるってことは、奥さんもいたんだろうしなあ。あたしが覚えてる限り一緒には来てなかったから、ダジリールに残ってたのか」
「外の子供には人気だけど、自分の子供とは滅多に会えない。そんな経験が、人形遣いへの偏見を強めていった」
「じゃあもしかしたら、おじいさんがドッペルゲンガー理論を考えたのって――娘さんと、一緒に人形劇を楽しむためだったのかもしれないね」
今となっては真相を知ることはできない。
だが、いくつもある理由のうちの一つに、おそらくそれもあったはずだ。
「テラコッタがそんなじいさんの想いを継いで研究を続けてたんだとしたら、辛かっただろうな」
「そうでなくとも、自分の母親と祖父の不仲を見せられたら、子供は不安になる」
「そこにマローネさんとの確執や、将来への不安もあって……大変だったんだろうねー」
「でももう心配ない。あの技術がゴーレム改良に必要なものなら、誰もテラコッタの人形魔術を馬鹿にはできない」
「残った問題は、テラコッタさんがドッペルゲンガー理論をゴーレムに利用するのを許してくれるか、だよねぇ」
「駄目とか言われるのか?」
「だって、あれは人形劇を広めるために作ったものだから。私の人形魔術は、ああいう正統なものに比べると、戦いに利用してる時点で邪道だから。もしかしたら嫌がる人もいるかも……」
ペリアは手元に視線を落とした。
フォークを握る手は、肉に伸ばしかけたまま止まる。
彼女も人形遣いだ。
だから、そういう気持ちもわかる。
できれば、今後の戦いのためにも協力してほしいが――
「手が止まってるぞ。食え食え」
「こっちもおいしい。あげる」
停止するペリアの口に、フィーネとエリスが次々と料理を差し出してくる。
ペリアはそれを「あーん」と抵抗せずに食べ、もきゅもきゅと咀嚼した。
◇◇◇
「もちろんいいですよ!」
家を訪れたペリアたちの前で、テラコッタは即答した。
何が良いかと言えば、もちろんドッペルゲンガー理論をゴーレムに使うことに関して、である。
それは同時に、テラコッタがマニングについてくることを意味する。
杞憂するだけ無駄だったと肩を落とすほど、良い返事だった。
「本当にいいの? 故郷のこととか、ご両親のこととか……」
「両親とは話し合いました。まだ完全に和解できたわけじゃないですけど、ある程度、わだかまりは解けたと思います」
「ヘロドトスさんのことも?」
エリスの急な問いに、テラコッタは驚く。
「どうしてそれを……ええ、母と祖父のことについても聞きました。母は人形遣いに苦い思い出があるみたいで」
「やっぱそうだったのか」
「でも、それは僕が活躍すれば解決することです。それに――工房が燃えてしまったので、このまま街に残っても研究は進められないですし」
「資料とか大丈夫だった?」
「全焼です。ですが安心してください、理論は僕の頭の中に残ってるので」
そう言って、彼女は人差し指の腹でこめかみを叩いた。
自信を伺わせる言動――どうやら控えめに見えて、人形魔術の知識に関しては、それなりの実力を持つ自覚があるらしい。
テラコッタへの協力を取り付けられたところで、ペリアは視線を彼女の後ろに移した。
「えっと、それで……マローネさんは、付いてくるのかな?」
テラコッタの服にしがみつき、じっと彼女を見つめるマローネ。
彼女の瞳は不安に揺れていた。
どうやら二人で話すうちにすっかり仲直りしたようで、今は空白の時間を埋めるようにべったりとくっついている。
その最中、ペリアたちがマニング行きの話を持ちかけてきたのだ。
置いていかれるかもしれない――そんな不安で胸がいっぱいになっているのだろう。
「いきますっ! 私、一生テラコッタについていくって決めたんです!」
マローネは食い気味に言った。
テラコッタは少し照れくさそうに笑った。
「ふふっ……僕もマローネ無しで行くつもりなかったんだけどな」
「わかってるけど……」
テラコッタの背中に顔を埋めるマローネ。
「見てるこっちが恥ずかしくなりそうなぐらいだ」
呆れるフィーネ。
そしてエリスは負けじとペリアの背中に抱きつく。
「……張り合わなくていいんだぞ」
「フィーネもやれば勝てる」
「だからなんで張り合うんだよ!?」
見ての通り、どっちもどっちである。
べたべたといちゃつく三人と二人は、ダジリールに別れを告げて、マニングへと戻ることにした。
余談だが、さすがに五人も乗ると操縦席はかなり狭かったらしい。




