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028 間に合いました!

 



 少女は藪に潜んだまま、戦いの様子を見守り続ける。




「ふーん……なるほどぉ。体内のコアを動力源にして結界を展開した、と。つまり結界術式、完全に解析されちゃってるんだよねぇ。人間のくせに生意気ー」




 唇を尖らせるその表情は、十歳程度の人間そのもの。


 しかし彼女の口ぶりからして、その中身は人よりモンスターに近いのだろう。




「別に人形はどーでもいいんだけど、ババアに怒られるのやだなー……まあいいや、壊しちゃえ」




 少女は結界を殴りつけるドッペルゲンガーに人差し指を向けた。


 指先に魔力が渦巻く。


 そこから小さな粒が音もなく放たれると、結界を貫き、粉々に砕いた。




「今のは――」


「誰が邪魔しやがったッ!」




 とっさに少女のほうへと飛び出そうとするフィーネ。


 しかしドッペルゲンガーがそれを許さない。




「よそ見してる場合かなあッ!」




 繰り出される人形の拳。


 フィーネは体をひねってギリギリで避ける。


 風圧が腹の肉を裂くが歯を食いしばって耐える。


 しかし無理な回避運動ゆえに、次撃への対応が遅れた。




「もらった!」


「あげない」




 すかさずエリスがフィーネを攻撃。


 致命打を避けるべく、威力は控えめ、しかし衝撃は強い光球をぶつけて飛ばす。


 ドッペルゲンガーの拳が空を切り、フィーネは木に背中をぶつけて地面に倒れ込んだ。




「ははっ、素敵なコンビネーションだね」


「フィーネは私とペリアのものだから。あなたの汚れた手には触れる権利が無い」




 エリスは不機嫌にそう言って、手のひらをドッペルゲンガーに向けた。




 一方で、地面に横たわるフィーネは、視界にわずかに入り込むピンク頭の存在に気づく。


 そちらに視線を向けると、少女と目が合った。




「てめえ……さっきあたしらに道を教えた……!」


「うげー、気づかれちゃった」


「そうか、このガキが黒幕かッ!」




 飛び起きたフィーネは、すぐさま剣を構える。


 異変に気づいたエリスとドッペルゲンガー、そして少し離れた場所から様子を見守るテラコッタがそちらを見た。




「……誰?」




 首をかしげるエリス。


 どうやらテラコッタはもちろん、ドッペルゲンガーすらもその正体は知らないらしい。




「ごめんねー、過度な接触は禁止されてるんだ。お姉さんたちがモンスターを追うならそのうちまた会うと思うから。まったねー」




 少女は手を振って、その場から立ち去ろうとする。




「逃がすかよぉ!」




 フィーネがそれを許すはずもない。


 すかさず飛びかかり、刃を振り上げると――




「逃がす? 逆でしょ」




 少女の体から、呼吸が止まるほどの殺気が発せられる。


 振り向いたその瞳を見た瞬間、フィーネの体は金縛りに合ったように動かなくなった。


 少女は口角を吊り上げ笑う。




「いいよお、お姉さん。斬りたいなら斬っても。でもさ、せーとーぼーえーが成り立っちゃう。私が反撃してもいいよーってことになっちゃう。いくらか弱いお姉さんでも、そんなことで死にたくないでしょ?」


「こ、こいつ……!」


「雑魚のくせに、力の差がわかってえらいえらーい。ほんとはその子を連れて帰ったほうがいいんだろうけど、このままのほうが楽しそうだから放っておいてあげる。あははっ、じゃあねー!」




 堂々と背中を向けて走り去っていく少女を、フィーネは追うことができなかった。


 彼女の言葉通りだ。


 力の差が歴然としすぎていて、刃を振りおろすことができなかった。


 それは自殺にも等しい愚行だと理解できてしまったからだ。




「今の誰? 何だったのかな?」




 一番動揺していないのは、意外にもドッペルゲンガー本人だった。




「お前を作った張本人だろうがよ」


「ふうん」




 フィーネが言っても興味を示さない。


 彼女にとって、そんなことはどうでもいいのだ。


 自分が人ではなかろうと――マローネの望みを、自らの存在意義を果たせるのなら。




「まあいいや、もう終わらせよっか。三人まとめて殺してあげるよ」




 彼女は天高く手をかかげ、巨大な魔力を集める。


 天上に膨らんでいく、水のように揺れる溶岩の球体。


 それは近くにいるだけで、肌をじりじりと焼かれ、顔をしかめてしまうほどの熱さだった。




「く……マジで決着付けにきやがったか……!」


「そうはさせない。結界術式――」




 再度、ドッペルゲンガーを結界内に封じようとするエリス。


 しかし彼女の術式は成立しなかった。


 浮かび上がった魔法陣は、流星の尾のように儚く消える。




「そう何度も同じ手は食わないよ。僕の動力源を使った結界なら、僕が拒絶すれば成立しないはずだろう?」


「気づくのが早い」


「テラコッタを超えなくちゃならないから、頭は良いんだ、僕」




 そんな会話の間にも、溶岩は大きさを増していく。




「だったらあたしが! おおぉぉおおおおッ!」




 フィーネは剣を振り回し、刃を飛ばす。


 しかし受けてもドッペルゲンガーは涼しい顔。


 対して、周囲の温度はあがる一方。




「あんなものが爆発したら、街だって危ない……」




 テラコッタの恐れに、ドッペルゲンガーは愉しそうに返事をする。




「平気さ、マローネさえ無事なら」


「それを、彼女が望んだと?」


「彼女は望まない。けど僕は気づいたんだ、彼女のやり方に従っていては、いつまでもその望みは叶わないと」


「人殺しの言い訳に……マローネを利用するなッ!」




 感情をむき出しにするテラコッタ。


 だがその情動はドッペルゲンガーをさらに高ぶらせる。




「だったらどうだって言うのさ! マローネを幸せに出来なかった君が、今さら何を言ったって!」


「僕が止める――お前が人形だって言うんなら、人形遣いの僕が操れない道理は無い!」




 テラコッタは相手に向かって両手を伸ばす。


 その指先から十本の魔糸が伸びると、ドッペルゲンガーの体に絡みついた。




「やっぱりそうだ……体が人形なら、魔糸はうまく絡みつく……!」


「はははっ、両手が震えてるよ? そこまで全力でやって、この程度の抵抗しかできないの?」




 ドッペルゲンガーの上に掲げた手をおろそうとしているようだが、びくともしない。


 対するテラコッタは、額に汗を浮かべて苦しげな表情を浮かべている。




「そう、そうさ、人形遣いなんてこの程度なんだ! どれだけ打ち込んでもさあ、無駄なんだよ! こんなものじゃ、マローネは幸せになれない!」


「黙れよモンスター。これから、てめえをその人形遣いが潰しに来るんだ!」




 なおも諦めずに斬りかかるフィーネ。


 それをドッペルゲンガーは片手で軽く受け止める。


 エリスも術式を変えながら結界の展開を試みたり、光球による攻撃でフィーネを援護する。




「何それぇ? どうでもいいよ、その前に全員死ぬんだからさ!」


「やらせない」


「まだ言ってる。もう切れる手札もないくせに」


「カードなら残ってる。未完成だろうと――お前を止めるぐらいならッ!」




 テラコッタが怒りを込めた声を発すると、ドッペルゲンガーから(・・)糸が伸びる。


 それはフィーネとエリスの体に絡みついた。




「何だこりゃ……」


「私たちとドッペルゲンガーが繋がった?」


「ドッペルゲンガー理論……おじいちゃんが遺した、“誰にでも人形を操る方法”だよ」




 テロドトスが遺したそれは、決して“人形を自律させる”理論などではない。


 “人形をもうひとりの自分のように操る”という目標に、ドッペルゲンガー伝承との繋がりを見出し、名付けただけだ。




「魔糸で繋いだ人間と人形の動きを連動させる」


「こんなものを……!」


「なるほどな、つまりあたしらの動きでドッペルゲンガーの動きを拘束できるってわけだ」


「確かに抵抗が伝わってくる」




 フィーネとエリスが腕を下げたのなら、ドッペルゲンガーにも同じ動きが強制される。


 一人では歯が立たなくとも、三人ならば――天にかかげた腕が震えだす。


 火球の膨張はすでに十分だったが、それを振り下ろすことができないでいた。




「確かに人形遣いは時代遅れかもしれない。子供だましかもしれない。だけど、まだ進化の余地は残ってる! もっと簡単に、たくさんの人が人形劇に参加できるようになれば、未来だって開けるはずなんだ!」


「それでも、子供だましの域は出ない! 未来などあるものかあぁぁぁッ!」




 すると、ドッペルゲンガーの体、その関節部から炎が噴き上がった。




「魔術で体内の温度を上昇させてる」


「人体じゃないから無茶できるってことか!」




 炎により魔糸は断ち切られ、再び彼女は自由を取り戻した。




「殺す。殺す。マローネの望みを邪魔するやつらを、マローネを悲しませるテラコッタを、僕はここで殺してみせるッ!」




 もうドッペルゲンガーを縛るものは何もない。


 その腕を下ろすだけで全てが終わる。


 だが――フィーネとエリスは微笑んでいた。




「残念だが」


「うん、時間切れ」




 興奮したドッペルゲンガーは気づいていないようだが――二人は、近づいてくる地面の揺れを感じていた。


 遠くで巨人が強く地面を蹴り、宙を舞う――




「死ねえぇぇぇええええッ!」




 ドッペルゲンガーの魔術がついに放たれる。


 それとほぼ同時に――巨大な腕が隕石のように天から降り注ぎ、火球に突き刺さった。


 リミッター解除により得られた速度が、重量級の打撃が、そして腕から展開された結界が、三位一体となって熱源を押しつぶす。




「あ、あれが……人形……!?」


「僕の魔術が押し負ける!?」




 テラコッタとドッペルゲンガーは驚愕する。


 一方、フィーネとエリスは、巻き込まれないようにテラコッタを回収して距離を取った。


 火球が爆散する。


 ゴーレムは着地すると、容赦なく二発目の拳を振り下ろした。


 ペリアは操縦席内で叫ぶ。




「傀儡術式ッ、ゴーレムストライィィィクッ!」




 全力の一撃。


 だがそれを、人間サイズのドッペルゲンガーは両手をクロスさせて受け止める。




「ぐうぅぅぅう……ッ!」


「あれをガードするとかどんなパワーしてんだよ」


「よく生き残れたと自分たちを褒めたい」




 しみじみつぶやくフィーネとエリス。


 テラコッタは呆気にとられて、口を開いたまま黙り込んでいる。


 しかしドッペルゲンガーにも限界が生じる。


 腕と足にヒビが生じ、体から何かが砕けるような音が聞こえはじめた。




「く……くうぅ……ようやく……ようやく得た命をぉ……!」




 ドッペルゲンガーの表情は、もはや人そのものだ。


 到底、人形に人工的に与えられたものには見えない。




「そうだ……そうだ僕はっ! 僕は人だ! 人なんだあぁっ! 僕の名前は――ッ!」




 威力不足と見たペリアは、さらに追撃を仕掛けた。




「まだ足りないんなら――ブレイカァァァァアアッ!」




 結界発動。


 ストライクからブレイカーへと、殴りながら進化させる。


 バチィッ! と魔力が弾け、ドッペルゲンガーの体を焼いて押しつぶす。


 その衝撃に、もはやボディは耐えられなかった。




「そう……僕は、テラコッタなんかじゃ、なくて……僕の名前は…」




 誰にも聞こえない声でそう言い残して、粉々に砕け散る。


 地面に投げ出された破片の数々――その中央には、内側に紫の色の煙を閉じ込めた、ガラス玉のようなものが落ちていた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 私は複雑な気持ちを持っています、それは本当に良いです。 一方では、ドッペルゲンガーは自分自身を見つけましたが、他方では、彼女はまだ殺人的で正気ではありませんでした。 私は祖父の技術の復活が…
[一言] これはドッペルの技術がフィーネとエリスが対大型モンスターの戦力化に向けてのとっかかりになるのかな?
[一言] ……ぐっばい。
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