025 急に自白されました……
冒険者は、三人を診療所まで案内してくれた。
石造りの建物に入ろうとするペリアは、ふと入り口の手前で足を止める。
診療所の外で、窓から中を覗き込む怪しげな金髪の少女を見つけたのだ。
彼女はペリアの視線に気づくと、『しまった!』という顔をして走り去っていった。
「ペリア、どうしたの?」
「んー……なんか変な人いた」
「事件の容疑者かぁ?」
「まだ放火と決まったわけじゃない」
現場を検証した衛兵たちは、それを事故だと判断したようだ。
研究内容が魔術である以上、火が発生する可能性はどこにだってあるし、人形作りの道具にもそういうものはある。
使い方を誤れば、ああいった古い木造の建物が燃えてしまう確率もゼロではない。
テラコッタが眠る部屋の前までやってくる。
外から様子を伺うと、両親らしき男女が暗い表情でベッドの近くに座っていた。
さすがに他人であるペリアたちは中に入りにくく、一旦部屋の前から離れて、話し合いを行う。
「人形について聞けるような雰囲気でもねえなあ」
「だねー。まさかこんなタイミングになっちゃうなんて」
「……ペリア、フィーネ。私はこの診療所の医者と話をしてくる」
「お医者さんと?」
「見たところ、火傷の治療はされていたけど、体内の毒素が抜けてないのかもしれない」
「その手の魔術って、外傷の治療より毒とか病気の治療ほうが高度だからな」
「それに、外傷治療の魔術を極めると、他の回復魔術の習得が疎かになる。特にダジリールは魔獣の出現が多くて、冒険者の治療をすることが多いはずだから」
「外傷以外の治療は苦手かもしれないってことだね」
「でも私ならできる。テラコッタを癒やせば、話も聞かせてもらえる」
あちらとしても、治療してもらえるのなら不満はないはずだ。
三人は診療所内で医者の姿を探した。
見つかった白衣姿の男性は、エリスを見るなりひれ伏すように喜ぶと、むしろ向こうから相談を持ちかけてきた。
テラコッタは、魔力を多分に含んだ煙を吸い込んだせいで意識が戻らないらしい。
思惑通り――エリスは彼と共に病室に向かい、テラコッタの治療を始めた。
エリスは聖王と呼ばれるほどの存在だ。
光属性の魔術に関しては、王国一と断言できるほどの腕を持つ――彼女に癒せない病はない。
あっさりと、五分程度で毒素の排除は終わった
医者とテラコッタの両親はエリスに感謝した。
しかし両親は、心から喜んでいる様子ではない。
フィーネはそんな二人の様子を、目を細め、鋭い視線で見つめていた。
◇◇◇
目を覚ましたらテラコッタと話したい――そんな約束を取り付けて、ペリア、フィーネ、エリスの三人は診療所を出た。
フィーネはそこで足を止め、顎に手を当て考え込む。
「きな臭えな」
「私も気になる」
「自分の子供さんが無事だったのに、あんまり嬉しそうじゃなかったね」
「自分の家が燃えたってのに、やけにあっさりしてるしなあ」
「テラコッタさんが目覚めるまで、まだ時間あるんだよね?」
「本人の体力次第だけど、三時間ぐらいは寝てると思う」
「だったら、聞き込み行ってみますか」
「そこまで首突っ込む?」
「もやっとしたままじゃ帰れねえよ。なあ、ペリア?」
「うん、もしあれが放火なら、またテラコッタさん狙われちゃうし!」
「……わかった。じゃあ私はギルドに向かう。冒険者たちが何か知ってるかもしれないし」
「あたしは酒場だな。ペリアには行かせられねえ」
「えー、私なら絡まれても平気だよ? 全部ぶっ飛ばすから!」
笑顔でかわいらしく拳を握るペリア。
フィーネは思わず表情をほころばせ、エリスも彼女の頭を撫でるが、おそらく本気でその拳を振るえば首ぐらい簡単に吹っ飛ぶだろう。
「でもわかった。じゃあ私はそのへんの人に聞いてみるねっ」
三人は分かれて、テラコッタに関する情報集めをはじめた。
どうやら祖父であるヘロドトスが有名人だったおかげか、彼女を知る人間も非常に多い。
軽く聞き込みをしただけで、かなりの情報量を得ることが出来た。
◇◇◇
テラコッタは祖父の影響を受け、幼い頃から人形魔術を学んでいた。
人形魔術を学ぶためには、基礎魔術の学習も必要だ。
その習得速度は同世代どころか、大人と比べても驚くべき早さで、神童と呼ばれていたのだという。
将来は魔術師になることが確実視され、冒険者になってくれればダジリールの未来は安泰だ、とまで言われていたそうだ。
だが彼女は、そのようなものに興味を示さなかった。
ひたすらに人形魔術だけを追求し、『そんなものは金にならない』という周囲の反対を押し切ってまでそれを続けた。
いつしか周囲の人々も彼女の説得を諦め、興味も失せていった。
しかし住民たちは、思い出したように嘆く。
この街から生まれるはずだった一流の魔術師のことを思い出して。
『もったいないことをした』
そんなふうに、口を揃えて言うのだ。
きっとテラコッタにも、その言葉は聞こえていただろう。
なにせ、最もそれを強く彼女自身に言っていたのは、最も近い場所にいたであろう、母親と、幼馴染のマローネという少女だったのだから。
母親は父であるヘロドトスと不仲だった。
理由は不明だが、できれば娘を人形遣いになどしたくなかったのだろう。
だがテラコッタはそんな母の想いも知らず、ヘロドトスの跡を継いだ。
そんな娘に母は愛想を尽かし、同じ家で暮らしながら滅多に言葉を交わすことすらなかったそうだ。
一方、幼馴染のマローネは二年ほど前まではテラコッタを応援していた。
だが、大人になるに連れて、その思いは反転していった。
今では、酒場ではした金を稼ぐ彼女を、隠しもせずに馬鹿にする。
見せつけるように、男と腕を絡めて。
しかし、そんな胸糞の悪い話が街中に広がるほど話題になっても、誰もテラコッタの目指す研究の終着点は知らないのだという。
そもそも、彼女は人形魔術を誰かに見せることすら稀で、今はどれほどの腕なのかわからないそうだ。
旅の人形遣いがテラコッタのことを知っていたのは、祖父とも繋がりのある同業者だから特別に、ということなのだろうか――
◇◇◇
一時間後、再び診療所前に集合し、互いの情報を共有した三人。
話を終えると、ペリアは唇を尖らせて頬をぷくっと膨らませた。
フィーネが背後から両手で頬を押しつぶすと、ぷしゅうぅ……と口から空気が抜けていく。
「きーげーんーをーなーおーせー」
そのままむにゅむにゅと押しつぶされるペリアの頬。
なおも彼女は不機嫌だったが、フィーネとじゃれあえてちょっとだけ嬉しそうだった。
「有名な人形遣いがいた街だから、余計に人形遣いへの偏見が広まってる」
「テラコッタさんがかわいそうだよ! みーんな人形遣いのこと馬鹿にしてっ! 人形遣いはすごいんだからね! この街の人たちを人形代わりにして劇だってできるんだからね!」
「そりゃペリアだけだ。あと怖いからやめとけ」
「でもテラコッタさん、絶対にすごいよ! 私はわかる。それだけの才能があって、それを全部人形遣いにつぎ込んでるんだから、きっと素晴らしい研究に違いないよ!」
情報を集めてさらにテラコッタへの期待が高まったのか、ペリアは両手を握ってぴょんこぴょんこと飛び跳ねている。
「しかし、話を聞いたら余計に胡散臭くなったな。どういうことだ、今回の火事がテラコッタの自作自演って」
「彼女が外に逃げていったところを見た人がいる」
「自作自演なのに何で逃げてるの? テラコッタさんはあの場所で倒れてたんだよね?」
「この街の冒険者が言ってた」
「テラコッタは酒場で働いてるらしいから、冒険者との繋がりは深い。顔を見間違えるとも思えねえんだよなあ」
「ううーん……あ、そうだ。最初に診療所から逃げてったあの怪しい人だけど、たぶん幼馴染のマローネさんだと思うんだよね。金髪の美人さんだって言ってたから」
「両親が喜んでなかったのは、元から人形遣いになるのを反対してたのと、自作自演の噂を聞いたせいだとして――」
「テラコッタが目撃されてるのと、幼馴染のマローネが逃げたのが怪しい」
「さしあたってはマローネさんだね。話を聞いてみよっか」
「場所はわかんのか?」
「うん、たぶんあそこにいるから!」
そう言って、ペリアは民家の向こうを指差した。
「あー、何か見られてると思ったら」
「あれがそうなの?」
「逃げた時と体型が同じだから間違いないと思う」
三人の視線を向けられ――少女の体がこわばる。
(い、一度もここから出てきてないのに、どうして断定できるんですか? まずい、逃げないとっ!)
マローネは慌ててその場から走り去ろうとする。
が、体がびくとも動かない。
(な、なんですかこれっ! 何が起きて――はっ、私の手足に繋がっているのは……糸!?)
ペリアはゆっくりとマローネに歩み寄る。
足音が近づくたび、マローネは心臓が握りつぶされそうなほどのプレッシャーを感じた。
(あの人、只者ではありません。この魔糸……テラコッタの何十倍の強度があるんです? 見たことがない、こんな太くて、鋭利な――)
そしてペリアは、彼女の肩にぽんと手を置き、笑顔で言った。
「糸を見てる」
「ひっ……」
あまりの恐怖に思わず声が漏れる。
「マローネさん、だよね。あなたから強い魔力は感じない。けど、私の魔糸は見えてる。つまり――」
「許してくださいっ! 私、謝りますからぁっ!」
マローネはペリアの顔を見るなり、涙目で叫んだ。
想定外の反応に、戸惑うペリア。
「……ふぇ? ち、違うよぉ! 私、別にそんなつもりじゃなくてっ! ちょっと話を聞かせてほしいと思っただけで!」
「だからぁっ、気づいたんでしょう!? 私が人形遣いでっ、ドッペルゲンガーを作ったことにっ!」
「んん? どっぺるげんがー……?」
ペリアは首を傾げる。
そして困った表情のまま、遅れて近づいてきたフィーネとエリスのほうを見た。
だが二人にも心当たりはないようで。
三人は頭の上にハテナを浮かべ、一緒に首を傾げた。




