022 交渉します!
『いいわよ』
通信に出たラティナは、あっさり承諾した。
あれから――ゴーレムで村に戻り、収穫品を整理したあと、ギルドにやってきて、通信機で王都と連絡。
そこから二時間ほど待たされ末に、通信が繋がった直後の発言がそれだった。
かかった時間に対して、あまりに軽すぎる答えに、ペリアたちは通信機の前で思わずガクッと崩れる。
「ほ、本当にそんなに簡単でいいんですか? 王都を離れて、マニングまで来てもらうんですよ?」
『実を言うと、こっちから連絡しようと思ってたところだったのよ。伝えたいこともあったしね』
「伝えたいこと?」
『ちょうどさっき、ヴェインが王都に戻ってきたわ。今は地下牢にぶち込まれてる』
それを聞いて、ペリアのみならず、フィーネとエリスも驚く。
「ち、地下牢って、何かしたんですか!?」
『マニングの結界が消えたことあったでしょう? あれの犯人、ヴェインだったのよ』
「ええぇぇええっ!? そんなことできたんですか、あの人が!」
ペリアが驚いたポイントに、ラティナは思わず肩を震わせ笑った。
『んふふっ、あなたからもあいつそんな評価だったのね』
「へっ? あ、いや、そういうわけでは……」
『いいのよ、あなたが部下にいながらあの体たらくだったんだから。それで嫉妬の果てに、結界を消して殺そうとするだなんてね』
「そんなことのために……?」
『取り調べはこれからだから、まだ確定ではないわ。だからランスローが忙しくて、私が通信に出たんだけどね。あなたが言った通り、あいつ程度の魔術師が結界に触れるのかって疑問もあるし』
「結界を管理する部屋は、王族しか立ち入れないという話でしたよね」
『ええ、だからこれはかなりデリケートな事件よ。王族の介入があれば、何も解決せずに終わる可能性だってあるわ。現に、軍人でもないランスローが取り調べに付き合わされてるんだもの』
ラティナがそこまで話したところで、フィーネが前に出た。
ペリアに目配せすると、通話を変わる。
「おいあんた、ラティナとか言ったな」
『無礼な第一声ね。どなた?』
「フィーネ・ティシポルネだ。剣王って言えばわかるか?」
『ああ、あなたがペリアと一緒に行動してるっていう。一緒に聖王さんもいるんでしょう? よろしく伝えておいてよ』
「よろしくする前に、聞いてもいいか」
『答える義務は無いけど』
「どうしてペリアのことを放っておいた。同じ研究所で働くあんたなら、ヴェインのこと止められたんじゃねえのか」
ペリアは、喧嘩腰のフィーネの横であわあわと困惑している。
助けを求めるようにエリスのほうを見たが、彼女も険しい表情をしていた。
『あー、そういうこと。別にペリアのせいにするわけじゃないけど、彼女は外に助けを求めなかったわ』
「だからって!」
『第一、私だって忙しいのよ。普通の上級魔術師はね、会議以外でいちいち他所の研究室の仕事を覗いたりしない』
「そんなもんなのか!?」
『ヴェインは例外よ。ま、不甲斐ない彼をサポートさせるために、意図的にペリアをその研究室に入れた件に関しては、関わった人間に責任はあるでしょうけど。この件に関しての最大の不幸は、ペリアがヴェインの無茶振りに対応できちゃったことじゃないかしら』
ペリアは研究所にいる間、一人でがむしゃらに頑張った。
才能と能力があるがゆえに、頑張れてしまったのだ。
もしもっと早くに限界が生じていれば、会議などで他の上級魔術師が異変に気づいたかもしれないが――
『ヴェインの悪事を調べる段階で、軽く資料に目を通したけど――あの量の術式開発や魔道具製作、全部一人でやってたっていうんでしょ? 普通は不可能よ、そんなこと。他の宮廷魔術師なら一ヶ月ともたずに潰されてるわ』
「……そうなのか」
半分はペリアへの賞賛ゆえに、言葉を濁すしかないフィーネ。
ペリア自身も、嘆いていいのか微妙な表情を浮かべていた。
『当然、新人の宮廷魔術師が一ヶ月で辞めるだなんて言い出したら、研究所全体で問題になる。でもそうはならなかったのよ』
「うーん……」
『あなたとペリアの関係は知らないけど、納得いかないのは理解するわ。でも、私が謝ったところで何か解決するかしら?』
「する。少なくとも責任者は一言ぐらいペリアに謝っとけ。こいつはそういうの、自分から言い出せないタイプだ」
『こういうときって、“自己満足”だって気づいて引き下がるものじゃない?』
「脚本通りに動かなくて悪かったな」
『いいえ、最近は聞いてるだけで知能が下がる会話だったから助かるわ。私もペリアに会ったら一言謝る。ランスローも義理堅いから、そのうち言うでしょう。それで満足かしら、保護者さん』
「ああ、大満足だ」
『……皮肉って伝わってる?』
「過保護な保護者って自覚はあるからな」
皮肉にも屈さず、堂々と胸を張るフィーネ。
エリスもその後ろで腕を組み「うんうん」と頷いた。
もちろんその姿はラティナには見えないが、何となく察したらしく、
『ペリア、あなた面倒な女に囲われてるわね。その子、束縛するタイプよ?』
やんわりと忠告した。
だがペリアははにかみ、こう答える。
「ずっと一緒にいるつもりなので、縛られても平気ですっ」
開き直った発言に、ラティナは呆れた様子で言った。
『あー、完全に世界ができあがっちゃってる感じね。わかったわ、把握した』
「わかってもらえたようで何よりだ」
「ところでラティナ様、マニングに来るのは一人ですか?」
『あまり大勢で押しかけたくはないけれど、みんな行きたがるでしょうね……ゴーレムやモンスターの死体見たさに。誰か会いたい相手でもいるの?』
「できればペルレス様を呼んでほしいんです。ゴーレムの開発で相談がありまして」
『あいつかぁ。みんな行きたがるとは言ったけど、ペルレスは例外かもしれないわね』
「あまり動きたがらない人、ですよね……」
上級魔術師の一人、ペルレス・ヴァルモンターグナ。
氷魔術を極めた彼は、常に鎧を身にまとった変人だ。
その姿を見たものは誰もおらず、声も鎧を通して変わっているので、実は性別すらも誰も知らない。
採用に関わった国王は知っている様子だが、聞いても『プライベートだからなぁ、はっはっは』とまったく教えてくれないらしい。
『何か餌でもあれば動くでしょうけど』
「ありますよ! 未発見の鉱石ですっ! 結界の外に出たときに見つけたんですよっ!」
『あ、それなら絶対に行くわあいつ』
ペルレスは氷魔術を専門とする他、趣味で鉱石を集めている。
自分の鎧も、その集めた鉱石で自分で作り上げたものだ。
ゆえに新たな鉱石が手に入るたびに、その鎧の材質は変わるのである。
『わかった、じゃあペルレスは決まりね。あとはこっちで選ばせてもらうから』
「お願いします!」
そう約束を交わし、通話は終わった。
ゴーレム強化の目処がたち、ペリアは上機嫌だ。
一方でフィーネとエリスは不安げだった。
「上級魔術師か。やっぱまだ信用できねえな」
「私も同感。でも私が通信に出たら話がまとまりそうにないから、フィーネに任せた」
「大丈夫だよ二人とも。だって、ヴェイン……はちゃんと捕まったんだし。そういう不正をちゃんと許さずに正す人たちってことなんだから。ねっ?」
「そこは朗報だけどよぉ……まあ、会わずにグチグチ言ったってしょうがないか。会って話して信用できるか判断する」
「いざというときはペリアを縛ってでも守る」
「それぜんぜん守ってないよ!?」
魔術の特性からして、どちらかというと縛るのはペリアのほうだろう。
だがおそらく、エリスはペリアに縛られるなら、それはそれでと喜ぶタイプだ――
なにはともあれ、上級魔術師たちがマニングに来ることが決まった。
今日はもう遅いので、王都を出るのが明日として――三日後には到着するだろう。
その日が来るのを楽しみにするペリア。
その日に備えて脳内シミュレーションを繰り返すフィーネ。
その日に備えずペリアを抱きしめるエリス。
それぞれの思惑を胸に抱きながら、夜は更けていった。




