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017 謎の石を調べてみました!

 



 宿から出たペリアは、全力疾走でゴーレムの元に向かった。




「ゴーレムちゃあぁぁぁぁあんっ! ごめんねぇぇええーっ!」




 そう叫びながら、瓦礫の上に倒れ込むゴーレムの足元にずりずりと頬ずりをする。


 そして操縦席に乗り込み、まず広い場所まで移動させた。


 瓦礫の撤去はフィーネが自らやると言ってくれたので、ペリアはありがたく修理に専念する。


 幸い、潰された建物の所有者も『村を守るためです、仕方ありません』とペリアの前で笑ってくれたので、憂うことはない。


 まっさきに水の魔術で血を洗い落とすと、損傷箇所のチェックに入る。




「頭部が少し歪んでて、あとは背中と……両腕の装甲。この様子じゃフレームまでは影響なさそうだけど、握られただけでここまで潰れるなんて、ミスリルの限界ってことかなぁ」




 決して悪い材質ではないが、お世辞にも耐久性に優れているとはいえない。


 やはり全身アダマンタイトが理想か。


 だがそのためには30メートル級のコアがほしいところ――しかしオーガコア以上の出力となると、排熱の問題が出てくる。




「排熱機構の効率化……パーツをエーテライトに変えれば増幅率は上がるけど、マニングじゃ手に入らないし。氷魔術の勉強もしないとなー……」




 思考内で術式を展開し、自然の法則を無視した力を発揮することを魔術と呼ぶ。


 しかしそれとは別に、魔術には、物質に刻まれた術式に魔力を注ぐことで発動するという方法もある。


 このときに使用される術式が刻まれた道具を“魔道具”と呼ぶ。


 当然、魔道具に刻まれる術式は思考内で展開されるものよりも複雑だ。


 たとえば、氷を生み出す魔道具を作ろうとすれば、氷魔術の知識と、魔道具の知識の両方が必要になる。


 現状、ペリアにはその氷魔術の知識が足りない、ということである。


 ちなみに、一般的に魔術は一つの属性を学ぶと、他の属性を学ぶのは難しいと言われている。


 勉強しないとなぁ、などと言って本当に習得できるのは、ごく一部の、限られた魔術師だけの特権なのだ。




「氷を専門に上級魔術師の人に話を聞ければいいんだけど。今の立場じゃ難しいよねぇ」




 本来、宮廷魔術師になれば、上級魔術師との交流を経て、ペリアはさらに成長できるはずだった。


 だが実際に待っていたのは、彼女を精神的にタフするだけの、どす黒い労働の数々。


 そういう意味でも、この二年という日々は非常にもったいない時間だったのである。




 ◇◇◇




 一通りの作業を終えたペリアは、結界の調整を行うエリスの様子を見に来た。


 彼女は真剣な眼差しで、ミスリルに刻まれた術式とにらめっこしていた。


 ペリアはそーっとその後ろから様子を覗き込む。


 するとエリスのペリアセンサーは即座に反応し、振り向いた。




「見つかっちゃった」


「私がペリアに気づかないわけがない」




 根拠はないが、説得力はある言葉だった。




「すっごい複雑な術式だね、台座の周りは見ててもちんぷんかんぷんだよ」


「外側はどう? 専門家であるペリアの意見が聞きたい」


「んー……丁寧ですごく見やすい術式だと思う。そのおかげで発生してるノイズも少ない。ただ、外側の隣接するクレセントライン、ジェンマの比例則を使ってると思うんだけど」


「そのつもり」


「だとすると線と線の間の距離が少し近すぎるかな、内側の魔力の流れが滞って魔力効率が下がってると思う」


「具体的にどれぐらい?」


「ミスティブロンズの魔力導線一本分」




 エリスは線に顔を近づけ、じぃーっと睨みつけた。




「……本当だ」


「ミスリルなら溶かしてリカバリできるから、それで修正して、あとは――」




 ペリアは細々とした修正案をエリスに伝える。


 そのたびにエリスは頷き、その言葉を飲み込みながら、術式を直していった。




「……これぐらいかな」


「ありがとう、ペリア。やっぱり頼りになる」


「えへへ、こういうときは頼りにして。結界周りは何も手伝えないから」


「そんなことはない。このミスリルの円盤、凹凸が極端に少なくて光も乱反射しない。とても加工しやすかった」


「そう言ってもらえると嬉しいなー」


「こちらからも何か恩返しできるといいんだけど」


「じゃあ今度、結界術式に関して教えてよ!」


「結界?」


「そう、簡易術式でもゴーレムに搭載できたら、装甲の材質に頼らない防御力強化ができるんじゃないかと思って!」


「小型結界を人形に搭載するってこと? それは面白そう」


「でしょ? あとの問題はエネルギーをどこから確保するかだけど……実は、目処が立っててさ」




 そう言って、ペリアは倉庫から鉱石を取り出した。


 黄色く輝く半透明のそれは、ゴーレムの腕が突き刺さっていたほうの石だ。




「私はこれを、チャージストーンと名付けました!」


「すごくわかりやすい名前」


「わかりやすさが大事だって学んだから。それでね、この石なんだけど、魔力を注ぐとすっごい貯めるの。しかも時間が経ってもほぼ減衰なし! といっても、確定するにはまだデータ不足だけど……」


「これをゴーレムに搭載する?」


「そう! 今までの魔石は、質量あたりの魔力貯蔵量は低い上に、時間経過による魔力減衰が早いから、流入させて、すぐ放出するのが基本だったでしょ?」


「うん、増幅装置(アンプリファイア)として使われることが多い」


「でもこのチャージストーンは、魔力増幅率こそほぼ1に等しいかわりに、魔力を留めておける。しかもコアと違って熱を発生させないの!」


「それはすごい。時間制限がある代わりに、熱を気にせずに上限を無視した稼働ができる」


「しかも非戦闘時に魔力をチャージしておけば、再使用だってできる!」




 チャージストーンは、エリスにもすぐに有用性のわかる代物だった。


 排熱を気にしなくていいということは、何ならゴーレムの小型化だって可能ということだ。


 魔力をチャージするには、コアとつなげるだけでいいのだから、運用も楽である。




「正直、その鉱石の存在は私の不安も払拭してくれる」


「心配事があったの?」


「コアについて。無尽蔵に魔力を生み出し続けるこの物体は、かなり危険。その気になれば、魔術で何だってできてしまう」




 無限の魔力――それは多くの魔術師たちが夢見る言葉だ。


 それが現実として、誰にでも扱える状態で、そこらに転がっている。




「結界を作るのだってそう。誰にでも結界を作れるようになれば、王国は国という形を維持する必要すらなくなる」


「あー……そっか、王様って、結界を管理してるから王様なんだよねー」


「……もしかして、今それに気づいた?」


「うん、結界作れるエリスちゃんすごいなーとしか思ってなかった」




 褒められた嬉しさと、それで大丈夫なのかという不安が混ざりあい、何とも言えない表情を見せるエリス。


 頭はいいくせに、変なところで抜けているのがペリアだった。




「まあとにかく、そういうわけだから。コアはペリアが管理しておいて」


「そっかぁ……コアはできるだけ触られないようする、だね」


「結界も、台座自体に小型結界をかけて二重にする。一部の人間しか触れられないよう」


「特定の人間だけ通るようにできるんだ。このあと、外のコアを取りに行こうと思ってたんだけど、ゴーレムちゃんも通れたりする?」




 村の外には、昨日の戦闘で撃破されたオーガの死体が転がっていた。


 もちろん、20個のコアもそのままだ。




「うん、ゴーレムが近づいたら穴が開くようになってるはず。隣接エリアとの出入り口も同様。他の結界と接触している部分は穴になって、行き来できるから――」


「にゃははははははっ」




 エリスがペリアにそう言い聞かせていると、不穏な声が近づいてきた。




「どうも、清く正しいこの世で最も信頼できる商人第一位(自社調べ)、ケイト・クピドゥス華麗に参上ですにゃ! にゃはははっ!」


「出た、守銭奴泥棒猫」


「にゃは……いきなりそれは無いですにゃ、エリスさぁん。ペリアさんは二日ぶりですにゃあ。お元気でしたかにゃ?」


「……どなた?」




 ペリアは酔ったせいで記憶を失い、彼女のことを覚えていなかった。




「こいつは危険な商人。話しかけられたら詐欺だと思っていい」


「そうなんだ……怖いよエリスちゃん」




 エリスにしがみつき、不審者を見る目でケイトを見つめるペリア。




「大丈夫、私が守る。何か言ってきたら私に報告して」


「わかった!」




 そんな彼女を抱きしめるエリス。




「にゃーん! ファーストコンタクトで攻めすぎたせいで警戒されまくりだにゃー!」




 ケイトはお手本通りの自業自得事案に、思わず鳴いた。




「しかーし! ケイトはそんなことじゃめげませんにゃ。素敵な商売の匂いがしたのでやってきましたにゃ!」


「……でも詐欺なんだよね?」


「詐欺じゃないですにゃあ! 聞いたですにゃよ、モンスターコアなるものを使えば、魔力をいくらでも生み出せるとか! オーガを倒してたくさん手に入ったはずですにゃ。取引してほしいでーすにゃっ」




 ケイトの商談は、考えうる限り最悪のタイミングであった。


 さらにペリアは警戒を強める。




「ケイト、ちょうどよかった」


「んにゃ? 何がにゃ?」


「たった今、コアを他の人間に渡してはいけないという話をしていたところ。ペリア、このケイトがその最たる例。商売に使うやつには絶対に渡しちゃいけない」


「うん、わかったエリスちゃん」


「またしても警戒されまくりだにゃー! でもまあ、その話が聞けて良かったにゃ」


「どういうこと?」


「もし売るとか言い出したら、注意するつもりだったにゃ。そんな危険なものを色んな場所に渡しちゃいけないって」




 急に真剣な表情になったケイトを、エリスはジト目で睨みつける。




「……ケイトがまともなこと言ってる、言い訳にしか聞こえないけど」


「ケイトだって死の商人にはなりたくないですにゃ。ケイトが売るものは、多少割高でも人を傷つけないものですにゃ」


「旅団に武器売ってたと思うけど」


「人を殺すのは武器ではなく人の意思ですにゃ!」


「ゴミのような詭弁」


「と、とにかくですにゃ! コアは売らなくて正解ですにゃ。モンスターを倒せば出回る以上、そのうち誰かの手に渡る可能性は高いですにゃ……でもそれまではセーブするですにゃ」


「わかった……私も自分で使いたいこと、たくさんあるから」


「それでいいですにゃ」


「それを言うためにここに来たの?」




 ふるふると首を振るケイト。




「よかった、ケイトがお金に絡まない善行だけやる商人ではないと信じてた」




 エリスは心から安堵した。




「良くない方向性で信頼されてますにゃ!? ま、まあその通りですにゃ……実はこの村の仮村長、ブリックさんと話を付けて、オーガの素材を売ってもらえることになったんですにゃ」




 それはペリアと山分けしたものだ。


 優れた材質ではあるが、この村で扱えるかは微妙なところ――という話をしていたが。




「お金に変えてくれるの?」


「もちろんですにゃ。ああいう誰も手にとったことのない未知の物質は、なかなか売れにくいもの。それをケイトが高値で買い取りましたにゃ!」


「普通、自分で言う?」


「商品も恩も全力で売りますにゃ!」


「何を企んでいるんだか」


「人聞きが悪いですにゃ。あの手の代物は、王都の見栄っ張りな金持ち貴族が欲しがるんですにゃ。多く出回る前に、高値で売りつけますにゃ」


「ケイトさんは王都に入れるんだ」


「入れませんにゃ。裏ルートで流しますにゃ」


「堂々と言ったらもう裏ではない」


「裏と言いながら貴族も堂々とやってるから問題ないですにゃ。でも念の為、元の持ち主であるペリアさんにも、筋は通しておくべきだと思いましたにゃ」




 おそらくケイトは、ペリアの周囲で長期的に商売をするつもりなのだろう。


 天上の玉座に対してもこんな態度だった。


 一方で、エリスたちの知らないところでは、なかなか悪どい商売をしているようだが――ペリアはそんな彼女に対しても、無垢な笑顔を向ける。




「それがマニングの人のお金に変わるなら、私はむしろ嬉しいぐらいだよっ」




 太陽のごとく輝くその笑みを前に、ケイトは思わず目を覆った。




「ま、眩しいですにゃ……浄化されてしまいますに゛ゃぁーっ!」


「そのまま溶けてしまえ」




 エリスの氷のような一言にもケイトは動じず、ケロッとすぐに元の表情に戻る。




「とりあえず許可は取れましたにゃ。では、外に転がってるオーガの分も、取引しても構わないですにゃ?」


「うん、それもマニングの人のためになるならっ」


「に゛ゃ゛あ゛ーーーーっ!」


「ケイトしつこい」


「にゃはははははっ。ではでは、今度はその良さげな鉱石の商談でもさせていただきますにゃ! ニャオ!」




 謎のネコポーズを取ってそう言うと、ケイトは嵐のように去っていった。


 その姿が見えなくなると、エリスはため息をつく。




「はぁ……面倒なやつが来てしまった」


「悪い人なの?」


「悪いというか、しつこいというか、ギリギリで法には反さないけどだからこそ目障りというか……!」


「エリスちゃんがとてつもなく怖い顔をしてる……」




 エリスはその殺意を隠すことすらしない。


 おそらく過去の取引で何らかの出来事が起きたのだろう。




「……ふぅ。気持ちを落ち着けるために、ペリアの声をもっと聞きたい」


「それで落ち着くの?」


「とてつもなく落ち着く」


「そ、そうなんだ……」


「それで、もうひとつの鉱石はどうだったの?」


「銀色でキラキラした石のほうだね」




 どすんっ、と倉庫から銀色の石を取り出すペリア。




「ミラーストーンって名付けたんだっ」


「これまたストレートなネーミング」


「たぶん想像してる通りだと思うけど、これ魔力を弾くの。増幅率はミスリルと同じぐらい、硬さはもっと柔らかいぐらい……だと思うけど、魔術じゃ溶かせないから何とも」


「魔術に対しては強いけど、物理攻撃には弱い?」


「そんな感じ。私が今考えてるのは、これを粉にして塗料に混ぜて、ゴーレムちゃんを塗装するとか。簡易的な対魔術コーティングになるんじゃないかと思ってる」


「魔術……反射……特定の向きに魔力を飛ばせるのなら、他にも色々使えそうな気がする」


「私も可能性は感じてる。問題は、魔術を弾くからファクトリーでの加工が難しいところかな」


「粉末にするにしても、手作業で砕くしかない……」


「他の簡単に終わる作業を優先するから、しばらく倉庫で眠ってもらうことになると思う」




 ゴーレムの拳で砕けば話は別だろうが、それにしたって手が足りない。


 ペリア一人での開発はどこかで限界が生じるのである。




「ところでペリア」


「んー?」


「その二つの鉱石、やっぱり新種だった?」


「うん、どっちも結界内では見つかったことのない魔石だったよ。今までにできないことができるようになるって、わくわくするよねっ!」




 能天気にぴょこんと飛び跳ねるペリアだが、エリスの表情は浮かない。


 彼女は顎に手を当て、目を細めて考え込む。


 ペリアはそんな彼女の顔をじーっと見て、『まつげが長くて綺麗だなー』などと関係のないことを考えていた。




「ミスリルやアダマンタイトは100年以上前から存在し、使われている鉱石。方や新種の鉱石は、モンスター出現以前に使われた形跡がない」


「不思議だねー、モンスターのせいで生まれたのかな」


「それか、鉱石誕生の原因となった出来事のせいで、モンスターが生まれたのか」




 謎は多い。


 そもそもモンスターコアの存在からして、明らかなオーバーテクノロジーなのだ。




「んー……これだけじゃ何もわかんないね! きっと私たちが考えても、わかんないようなことが起きたんだと思う!」




 これまた能天気に思えるペリアの発言だが、それが真理である。


 わからないものは、考えたってわからないのだ。




「確かに。今は考えてもしかたない」


「うんうん、まずは目の前にあるやりたいことを片付けないと!」


「やりたいことと言えば――ペリア、一つ相談があるんだけど」




 エリスはペリアを手招きして、耳に口を近づけた。


 周囲には誰もいないので、ひそひそ話をする必要などはない。


 そう、つまりエリスはただペリアとひっつきたいだけであった。




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魔力を無尽蔵に生成できるとか!⇒貴族に目ぇつけられるって言ってるだろ 危険人物⇒猫人でもないのに語尾にゃーはちょっと 武器に罪は無い!⇒刃の向く先を知ってて売ったなら立派な死の商人
[良い点] 私はあなたが魔法の限界についての説明にどれほど微妙に言及し、織り込んでいるかが好きです。 それは本当に人々の力の限界が何であるかを強調します、そしてあなたが工学でとても一般的な熱問題にどう…
[良い点] 後で長いコメントをします。 私はこのすべての科学と開発が好きです。 ペリさんはゴーレムちゃんが大好きで、彼女の熱意とスキルは楽しいです。
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