013 消えちゃいました……
ヴェインは悩んでいた。
おかしい。
何もかもがおかしい。
なぜあの平民にここまで弄ばれなければならないのか――と。
血筋は絶対である。
貴族のヴェインに、平民のペリアが勝ることなどあってはならない。
この世の摂理に反することだ。
矛盾が彼を苦しめる。
チェアにかけ、眉間に皺を寄せて考え込むヴェインは、さしずめ近づくだけで起動するような爆弾のようなもの。
しかも、近づかなくとも運が悪ければ爆ぜるというのだからたちが悪い。
仕えるメイドたちは明らかに怯えた様子で、遠巻きに彼を眺めていた。
すると、命知らずにも何者かがドアをノックする。
「誰だ」
不機嫌にヴェインが返事をすると、爽やかな声が向こうから帰ってきた。
「私だよヴェイン、メトラだ」
「王子!? 申し訳ございませんっ! ほら、さっさと扉を開け! お出迎えしろ!」
命じられ、メイドは慌てて扉を開く。
先ほどとは打って変わって、緊張した様子で愛想笑いを浮かべ、「どうぞどうぞ」と王子をソファに案内するヴェイン。
その態度の変わりように、冷めた目線を送られていることにも気づいていないようだった。
ヴェインはメトラの正面に腰掛け、額に汗を浮かべながら弁明する。
「先ほどは申し訳ありませんでした」
「ん? ああ、気にしてないよ。ところで――」
「例の魔道具でしたら……」
「いや、違うよ。君が忙しいことはわかっている、あれはまた今度でいい」
「王子……なんと器が広いお方なんだ……」
わざとらしく声を震わせるヴェイン。
メトラは思わず苦笑した。
「私が聞きたいのは、ペリア・アレークトのことなんだ」
「ペリアの!? な、なぜ王子があいつのことをっ!」
「聞いたよ、彼女のゴーレムがモンスターを撃退したとね」
「う……」
あれほどの大ニュースだ、王子の耳に届かないはずがなかった。
ヴェインの顔はひと目で分かるほど青ざめていく。
そんな彼をいたわるように、メトラは優しく微笑みかけた。
「まったく、本当に邪悪な女だよね」
「は……?」
「知っているだろう、彼女と一緒に行動しているのは天上の玉座のメンバーだ。先日の10メートル級との戦闘で、彼らの半数が死に至った。もはや旅団の体を維持することすら難しい現状、その関係者が急に20メートル級の討伐に参加した――そんな都合のいいことあると思うかい?」
「た、たしかに……」
「いいかいヴェイン、あれは捏造だ。現にまだ情報しか出ておらず、オーガの死体もコアも回収されていない」
「そうですよね……そうだ、そうに決まってる! さすが王子だ、素晴らしい推理です!」
「ははは、やめてくれよ無理に持ち上げるのは。それより問題は、ラティナたちがペリアを担ごうとしていることだ」
「なぜそんなことを。彼女たちとて貴族のはずです」
「高貴な貴族ではない。半端な家を持つ者には、血というのは逆に煩わしく感じるものだよ」
「それで平民の地位を向上させようと? なんと愚かな!」
「ああ、まったくもって愚かだ。それを止めるには、私たちが先にペリアを確保するか、あるいは――」
メトラは表情も声も変えず、ごく当たり前のように言った。
「始末するしかない」
ヴェインはごくりと唾を飲み込む。
確かに彼との話の中で、そういう話題が出たことはあるが――ここまで明言するのは初めてだ。
そして彼はヴェインの前に小さな袋を置いた。
「……これは?」
「君がペリアを殺したいと思うのなら使うといい。到着直前だと気づかれるかもしれないからね、できれば早いうちに使うんだよ」
それが何なのか答えず、メトラは席を立った。
ヴェインも慌てて立ち上がり、彼に尋ねる。
「お待ち下さい、これを使うとどうなるのですか!?」
「……さあ? 私にはわからないな。すべては君次第さ」
まともに質問に答えず、メトラは部屋を出る。
取り残されたヴェインは再びソファに腰掛けると、袋を開いた。
中に入っていたのは、エーテライト製の球体だった。
「かなり複雑な術式が内側に刻まれている。魔力を流すと起動するものか……一体、これで何が起きるというのだ」
ヴェインの胸に不安が渦巻く。
あえてメトラが何も言わなかったのは、それが致命的な現象を引き起こすものだからではないか。
しかし同時に、それをヴェインに渡したのは、信頼の象徴とも言えるのではないか。
「血だ……血を信じるんだヴェイン……王家の人間が、同じく高貴な血を持つ僕が損するようなことするか? はは、ありえないな」
彼は球体を握る。
そして目を閉じ、念じた。
「だから僕は迷わず使う。汚れた血で、これ以上王国を濁らせないために」
魔力が満ちると、球体はわずかに発光した。
◇◇◇
「ごちそうさまでしたっ! はあぁ、おいしかった!」
「硬いが味はなかなかだな」
「顎が疲れた……」
村人からもらったパンで、食事を終えた三人。
ゴーレムは再び立ち上がり、山と向かい合った。
目の前にはゴーレムのこぶし大の穴。
すでに飛んでいった腕は回収済みだが――ペリアはそこに見えた半透明の鉱石がどうしても気になったのだ。
「珍しい見た目してんな。宝石か?」
「ううん、私が知る限りでは、こんな鉱物存在しないと思う」
「……私が知る世界には、だよね」
「未発見の鉱物の可能性は考えられるかな。なんたって、100年も人間は足を踏み入れなかったんだもん」
「100年ぽっちで新しい鉱物が生えてくるなんて不思議」
100年という月日は、人間にとっては長いかもしれないが、この星にとっては一瞬だ。
これだけ巨大な、それも未知の鉱物が生成される時間としてはかなり短い。
「そのあたりは戻ってから調べようぜ。もしかしたらすっげえ魔石かもしれねえだろ?」
「確かにフィーネの言う通り」
「じゃあ掘り出そっか」
ゴーレムは手で表面に積もった土を払っていく。
その全貌が明らかになるに連れて、三人の表情は複雑なものになっていった。
「これもでけぇ……」
「大きくても、ゴーレムちゃんよりは小さいと思ってたけど」
「ゴーレムより明らかに大きい。さっきの木といい、世界の縮尺がおかしい」
しかし一方で、普通サイズの木も、普通の魔獣や動物も外の世界で暮らしている。
何だかちぐはぐだ。
そもそも、未だにモンスター出現の理由すらわかっていないのだ。
謎だらけなのは当然のことであった。
「よいしょおぉっ!」
土がある程度取り除かれると、あとはゴーレムが強引に引きずり出す。
もちろんペリアは声を出す必要もないのだが、何となく動きに合わせて出てしまうらしい。
石が引っこ抜けた瞬間、倉庫へ収納――そして大急ぎで横に飛んだ。
支えを失った山ががけ崩れを起こし、大量の土が先ほどまで立っていた場所になだれこむ。
「ふぅ、なんとか巻き込まれずに済んだ」
「……んあ? なあペリア」
「どしたのフィーネちゃん」
「崩れた山の中に、また別の石が埋もれてるぞ」
「ほんとだー!」
今後は銀色の、光を反射するギラギラとした鉱石が姿を表す。
形状は刺々しく、色だけを見るとミスリルに近いが、明らかに別物だ。
「ふっへっへー、これは帰って調べるのが楽しみになってきたなぁ」
じゅるりとよだれを垂らしながら、マッドサイエンティストな笑みでそれを回収するペリア。
楽しそうな彼女を見て、フィーネとエリスは満足げである。
「他の山も壊したら出てくるかもしれない」
「つうかむしろ、このあたりの山が石の上に乗ってる感じだな」
「ぼこって膨らんでるところが、全部そうだったりするのかな。だったら鉱石だらけだね、このあたり」
「どちらも未発見の物質というあたりが気になる」
「私も気になる。だって、ゴーレムちゃんがもっと強くなれるかもしれないってことだもんね!」
「……私が言いたかったのは違うけど、ペリアが嬉しそうだからそれでいい」
「意思弱いな」
「違う、何よりもペリアを優先しているだけ」
二人の感情はかなり重いのである。
ペリアはそんなことは気にせずに、ゴーレムを操りあたりを見回す。
「こっからどうしよっか。予定通り腕は回収できたけど、まだ時間はあるんだよね」
「故郷に戻る……のは結界を隔てて真逆だもんなぁ」
「例のオーガの縄張りの広さを探りながら、あたりの地形を把握するのがいい」
「エリスちゃん案採用! じゃあ、村周辺を探索しよー!」
今回はまだお試し探索だ。
本格的な探索は次以降に回し、安全策を取ることにした。
その後、いくつかの新事実が判明した。
まず、例の巨木は魔樹ではなく、外の世界に普通に生えている木の一種だった。
群生地には、あの木と、普通の植物が混在する不思議な光景が広がっていた。
結界内の樹木よりは丈夫なので、安定して伐採できるようになれば、貴重な資源になりそうである。
次に、オーガの縄張りはそこまで広くないこと。
ただし、迂回しても完全に避けてマニングに戻るのは難しいようだ。
というのも、オーガたちは縄張りを主張するように、地面などに爪痕を残しているのだが――それがマニングの目の前にも残されていたのだ。
手前には古い爪痕もあり、徐々に縄張りが拡大していることも確認できた。
魔獣のオーガは生殖ではなく、“自然発生”により増える。
魔獣が生まれた場合、その区域の魔力濃度はその分だけ落ちる。
ゆえに一気に大量の魔獣が湧き出すことは、魔樹のような魔力供給源が無い限りありえない。
モンスターのような巨大な存在を生み出すには、一匹で相当量の魔力が必要になるに違いない。
だが探索中、ペリアの前に表示される大気中の魔力濃度の値は、結界内とさほど変わらず――
(自然発生じゃないなら、ここのオーガはどうやって群れを成したんだろう)
徐々に縄張りを広げたということは、それだけ数も増え続けたということ。
あれだけのエネルギーを持つ存在が無から生まれるはずもない。
(魔力と別のエネルギーが存在してる? ううん、でもモンスターコアが生み出しているのは魔力なんだから。そこは違わないはず……)
謎は尽きない。
何一つとして解決しないまま――しかし大量のお土産をもって、ゴーレムはマニングに帰ってきた。
いつの間にか定位置になった、町外れの広場にゴーレムを立たせると、ハッチを開いて飛び降りる。
着地すると、村人たちがペリアを迎えた。
「ゴーレムが帰ってきたぞぉーっ!」
「ペリアさま、おかえりなさい! モンスターは倒せましたか!?」
「結界の外はどうだった? 何か見つけた?」
「宴だ宴だーっ!」
「酒を持ってこーいっ!」
鉱夫も子供も好き放題に騒ぐ中、エリスとフィーネはなかなか降りてこない。
ペリアがゴーレムの胸部を見上げる。
「エリスちゃーん、フィーネちゃーん、どうしたのー?」
呼ばれてようやく、二人は降りてきた。
エリスは深刻な表情で、フィーネの顔は青ざめて。
「二人とも、大丈夫?」
ペリアがそう声をかけると、ブリックがジュース入りの瓶を持って近づいてきた。
「帰ったか、嬢ちゃんたち」
「ああ、ブリックさん、ただいまです」
「しかしゴーレムってのは大したもんだなァ、結界も無視して入ってきちまうとは」
「ふぇ?」
そう言われて――ペリアは初めて気づく。
そういえば、なぜゴーレムは簡単に村に入れたのだろう。
するとエリスはペリアに歩み寄り、耳元で村人たちに聞こえないように囁いた。
「村を覆う結界が消えてる」
ペリアは思わず叫びそうになって、慌てて手で口を塞いだ。
しかしその見開いた瞳だけで、その驚愕は十分に伝わってきた。




