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僕の旅  作者: 國助
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Scene2.アイ-回想

Scene2.アイ-回想




俺がアイと出会ったのは、今年の夏休み――つまり、あの息苦しい空間から抜け出して自由に浸り、新たな日々へ期待を膨らませていた時期だ。俺はその日、新生活に必要な生活雑貨の買い出しをするために、様々な理由で人がごった返す街に買い物へ出ていた。

一日中歩き回り、人の波に揉まれ、あまりにも疲れたため、六時を過ぎた頃にはもう足は棒になっていた。俺は、駅前公園の噴水の傍のベンチに座り、夏の黄昏独特の雰囲気を味わっていた。こういったひとつひとつの他愛もない動作に、自分の自由を感じる。

とてつもない、快感であった。


・・・そんな時だった。

「こんにちわぁ。アナタ、名前はなんていうのぉ?」

運命の出会いは、お世辞にも神秘的とは言えなかった。

声につられて視線を左に向けると、いつの間にか俺と同じベンチに座っていた外国人と思しき女。だが、外国人とは思えない、流暢で間延びした言葉づかい。そして、真紅のパーティー用のドレスを着ている。それら、彼女から得られる情報の全てから判断して俺は脳内アラートを発していた。が、如何せん俺も若い男である。興味本位で話を続けさせてしまった。

――それが、俺の運命を変える『イレギュラー』だったのに。

「・・・俺に話しかけているのか?」

「当たり前じゃない。他に誰がいるのよ。」

女が笑う。まさに純粋といった笑い方だった。

「なんで、そんな事を聞く?ナンパだったら、他を当たってくれ。尤も、あんたにはそんな必要は無さそうだが。」

「・・・ふぅん、ちゃんと警戒心持ってるじゃない。珍しいわね、こういうタイプなんて。」

「あ?」

「いえいえ、こっちの話よぉ。」

そこまで言って一度言葉を切る女。

「さて・・・それじゃあ本題に入るわよ。私の名前はアイ。悲劇と記録を求めるモノよ。あなたの持つ『悲劇』のオーラに寄せられて来たの。よろしくね。で、あなたの名前は?」

「・・・は?」

こいつ、何を言っているんだ。あまりの暑さに頭がおかしくなってるのだろうか。

「あー、病院ならこの公園を出て東に二百メートルくらい行ったところだ。まあ、もう診察時間は終わってるだろうが・・・あんたの様子からすると急患みたいだしな。行った方が良いぞ。」

「あらあら、冷たいのね?けど大丈夫、私は精神異常者でも何でもないからぁ。」

「いまいち説得力に欠けるな。いきなり出てきといて何を言ってるんだ。だいたい、あんな事を言って疑われない方がおかしい。」

「・・・ふうん。初対面にそんなこと言っちゃうなんて、大した子ね。怒るわよ?」

「じゃあ逆に聞くが、あんたはそんなこと言って信じてもらえると思ってるのか。俺の立場になって考えてみな。」

黙考。つか俺はどうしてすぐに立ち去らなかったんだろう。

「無理かしら・・・?」

「無理だな。」

「はぁ、わかったわ。確かに無理があるし・・・。けど、せめて話だけでも聞いてくれない?私のこと、あなたのこと、私とあなたの関係のこと。」

「はいはい、どうせ暇だし付き合ってやるとするよ。」

・・・今思い出しても自分に腹が立つ。なぜ去らなかったんだろう。

「じゃあ、話すわよ。適当に相槌うってね、じゃないと私痛い人になっちゃうし?」

そこまで言って言葉を区切る女。真紅のパーティードレスを着てこんな庶民的な公園にいる時点でだいぶ痛いとは言わないでおいた。

「私はアイ。種族は人でなし。具体的に言えば悲劇と記録を求めるモノ。」

「へぇー」

さっき聞いた。

「あなたの悲劇のオーラに吸い寄せられて来たのよ。花に吸い寄せられるミツバチのように。」

「へぇー」

意味不明。

「もうちょっとましな相槌打ってくれてもいいのに・・・。まあいいわ、さて、ここで私は一気にあなたに信じてもらえる一言を言います。」

いきなり真面目な表情になってそこまで言い、一息つく女。そして。

「・・・あなたの名前は藤原朔。十七歳。この夏休みから一人暮らし中。今日は生活に必要な雑貨の買い出しのために街に出ていた。九月一日から近くの高校に転入する予定。」

「なっ・・・!?」

俺を、知っている・・・?

俺の反応を見て気分を良くしたのか、女は不敵に笑い、唇を湿らせてから続けた。

「幼稚園のころ一族を事件で亡くし、施設に預けられるが何故か義母『藤原(ふじわら) (はるか)』に拾われ、愛されながら育つ。しかし朔が中学一年生の時に遙が急逝。遙もまた親族がいなかったため、親しくしていた知人である『大久保(おおくぼ) 真人(まひと)』に引き取られるが、真人は酒乱の気があり、さらに二重人格者だったために――」

「やめろ!!!」

・・・思わず叫んでいた。人目も憚らず。しかし、女はそんな俺の様子を楽しげに見ている。

なんだ、こいつは?

気味が悪い。

女が言った事は、全て正しかった。

なぜ、母さんの事を知っている?

それに、あの野郎の事まで詳しく・・・

「くっ・・・、てめえ、何者だ・・・?」

その言葉を聞くと、女は美しい唇を歪める。

「言ったじゃない?あなたの悲劇に吸い寄せられて来た、人でなしよ。それにしても、どれだけ考えてもこれ以上ないってくらいの悲劇よねぇ、あなたの人生。そして、これからもそれは変わらないのよ。」

「なんだ・・・?俺の前にいきなり現れて、何がしたいんだ・・・?」

ここまで来ると、俺がアイの言う事を疑えるはずがなかった。

「ああ、やっと本題に入れるのね?私は悲劇と記録を求めるの。だから、契約をしましょう?」

「・・・契約?」

「そう。あなたの悲劇、これからのこと、これまでのこと、全てを記録して欲しいの。記録と言っても、大層な物じゃないわ。ただ、日記みたいに、その日あったことを『包み隠さず』記録してもらうってくらいね。」

契約なんて言うから少し身構えていたが、肩すかしを喰らった気分だ。いまだに混乱しているし。

「その契約・・・大方俺に拒否権はないんだろう?」

「そうね。けど、あなたにもメリットはあるわよ?」

「俺に、メリット・・・?」

「そう、一方的じゃ『契約』とは言えないでしょう。わたしの信条なのよ。」

とんとん拍子に話が進んでいく。拒否しないといけないのに。こんなイレギュラーは、排除するべきなのに。悲劇や奇怪に巻き込まれるのは、もう十分すぎるって程だってのに――

「私があなたに、二つの異能をあげるの。一つは、真実を知る能力。もう一つは――」


忘れもしない、あの夏の日、黄昏色の公園で。

こうして、俺とアイの契約は結ばれた。

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