Scene1.朔-記録
Scene1.朔-記録
九月一日(月曜日)
暑い、暑い。
九月一日、残暑が猛威をふるっている時期。
上を見上げれば、朝っぱらから憎たらしいほどに輝き、照らし、俺を暑くしている太陽。
周りを見回せば、暑苦しい人、人、人。
休み明けの通勤・通学でにぎわう人々を見ながら、俺は内心溜息をつき、自問する。
Question.どうして、人はこんなにも増えてしまったんだろうか。
そして、その瞬間に文字列が現れる。新聞紙を切り貼りして作った犯行声明文のようなちぐはぐな文字たちが、ペンキ塗りたての真っ白なガードレールに汚れを作る。
Answer.日本という国に限定すれば、その原因は江戸時代の中期にまで遡ることになる。そもそも日本という国では〜
以下、何百文字にも渡って下らなくも正確な解説が続くため割愛。
しかし、そのような文字がいきなりガードレール上に現れても、人々は少しも気にする様子がない。
気付いてないんじゃないかって?これだけの人がいれば誰かしら気付くだろう。
不良の悪戯だと思ってるんじゃないかって?一瞬でガードレール上数十メートルを落書きだらけにできる不良を、俺は知らない。尤も、世界は広いからそんなイレギュラーもあるかもしれないが。
つまり、こういうこと。単純明快、この『答え』は俺にしか見えていない。
・・・俺は何故か、大体のことについて、『真実』を知ることが出来るんだ。
俺は『藤原 朔』。十七歳の高校二年生。
趣味は読書、知恵の輪を解くこと、バイト。
能力は『自問によってその問いに対する真実又は真実と認識されているものを知ることが出来る』というもの。こんな風に軽く言ったけど、ぶっちゃけこの能力って異常だと思う。
原因は・・・まあ置いといて。
特記事項としてはその能力と、追々説明するが俺には変なモノが『憑いてる』ってことと、・・・この学校に今日から転校してきたってとこかな。
そう思って視線を上げると、そこには真新しい校舎と、今日からお世話になる生徒たちの通学している姿。
ま、なんでこんな時期に転校したのかっていえば、家庭の事情ってやつのせいだ。
そして三十分後、俺は教室の前でハラハラしながら教師に呼ばれるのを待機していた。
転校生のポジションを決める大事な儀式、『自己紹介』を前に、心拍は急上昇中だ。
失敗したらどうしよう恥かいたらどうしようだってこれがうまくいって印象が良かったら良いけど失敗したりなんかしたらこれからずっとからかわれるようになっちゃうしそれに調子のっちゃったりしたら白い目で見られるしかといって地味過ぎても引かれちまうしどうしようどうしようどうしよう・・・
そんな不安が不安を呼ぶドツボにはまっていると。
「では藤原君、入って下さい。」
運命の時が来た。担任の落ち着いた声が死刑宣告に聞こえる。
そして教室に入り、教壇の上に立ち。いざ自己紹介をしようと、考えておいたはずの理想の自己紹介文を言おうと口を開いた瞬間。
生徒たちの多すぎる視線の前に、俺は目の前が真っ白になった。
気が付くと、俺はいつの間にか席に着いていた。
――またやってしまった。
直後に思ったのがこれである。俺はかなりのあがり症で、緊張するとパニックに陥る。
そしていろいろとやってしまうことも少なくないのだが・・・
隣の席の女子がこちらをちらちら見ながら笑いをこらえている様子から察するに、俺は自己紹介でまたやらかしたらしい。
これは終わったかもしれない。そんな事を考えていると、例の隣の席の女子が話しかけてきた。
「ねえ、朔くん、だったよね。私は『能登 茜』。よろしくね。朔くんってさ、すっごい面白いんだねー。これから隣が君みたいな人だと思うと、楽しみだよ!」
「あ、ああ、よろしく。俺ってそんなに変なことしてた?」
応答でドモる俺。けどなんとか今知りたい事を聞いてみる。
「う、うん、だって朔くんったら・・・」
そこまで言って爆笑。意味が分からない、俺って奴はどんな事をしてしまったんだろう。
それからしばらく茜と話をしていると、担任に注意されてしまった。
結局何をしたのかは分からずじまいだし、なんか俺がどんどん痛いやつになってる気がする。
始業式。一般に学期の初めに行われる式で、生徒たちのたるみを引き締めるための先生方のありがた〜いお話を聞き流しながらぐだぐだと過ごす式だったはずだ。
しかし俺の周りではそんなことはあり得なかった。
俺を囲む新しいクラスメートからの質問の数々。先生に注意されても悪びれもしない。
しかし不良というわけではなさそうだ。そういう雰囲気ではない。
「なあ、この学校っていつもこんななのか?」
隣にいた男子、『香坂 優作』に聞いてみる。
すると暫く考えてから、俺の質問の意図を理解したようで、
「なるほど、他と比べたらかなりうるさいよな。こんなのうちの学校じゃ普通だよ。けど暇じゃなくていいだろ?」
なんて言いやがった。まあ確かにあの退屈な話を聞かなくて済むのならすごくありがたいけどな。
そのまま俺と優作は打ち解けて、放課後までには気の合う友人同士になっていた。
今日は始業式だけだったので、半ドンで授業は終わり。それでも帰る生徒は少なく、思い思いに長い放課後を過ごしていた。
当然俺は優作とくだらない話で盛り上がる。
「おい朔!」
「なんだYOU!」
「うなじって・・・良いよな。特に和服を着てる女の子のうなじってさあ・・・束ねた黒い髪に映える白いうなじってたまんないよなぁ・・・」
「おお・・・俺と近い思考を持つ漢がいるとは・・・世の中まだまだ捨てたもんじゃねえな・・・」
「と、いうことは・・・」
その言葉に対してサムズアップで答える俺。当然右斜め四十五度だ。今俺はものすごくイケてる。
「同志よーーーーーーーーーーーーー!」
「これからもよろしくなマイブラザー!」
「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」
・・・そんな馬鹿話を続けていると、いつの間にか教室には人がいなくなっていた。
「「・・・・・・・・・・」」
「なあ、優作よ」
「なんだい朔よ」
「さっきまでは普通にクラス・・・人いたよな?」
「そうだな。」
「いつの間にか・・・いなくなってる・・な?」
「そうだな。」
「原因は・・・何だろうな?」
「さあ?」
「さあ?じゃねえ!あの変態トークだ!」
「なるほど!」
「お前はともかくさ、俺って仮にも転校生じゃん?しばらくは話題を総なめのはずじゃん?」
「そうだな。」
「その転校生がお前・・・変態だって知られたらお前・・・」
「大丈夫!うなじ好きは変態じゃない!!」
「そこじゃねええええええええ!」
凹んでいると、突然教室の扉が開いた。
「あっれ、朔じゃん。まだ残ってたんだねー。って、おお!もう優作と仲良くなったかー。流石!」
そこにいたのは元気系・可愛い系第一号である茜と・・・和服で黒いロングヘアーを後頭部で一つに束ねた・・・ポニーテールの美人さん。
って和服美人!?うなじ美人!?
「あ、茜に千穂じゃん。こんな時間までどうした・・・っておい!何その格好!?」
「おっ、優作、いくら可愛いからって実の姉に惚れちゃダメだよ〜。」
茜が言う。俺は絶句中。
「ちょっと茜、朔くんの前で変なこと言わないでよ!」
「優作と朔がずっと見てたんだもん、からかいたくもなるでしょ。美しいって罪だよね〜。」
「ああもう、変なこと言わないでってば・・・!あ、こんにちは、朔くん。私は『香坂 八千穂』。優作の双子の姉です。二卵性双生児だったんだよね。で、朝言った通り、何故かこのクラスの委員長やってるんだ。転校生って色々分からなくて大変だと思うけど、何かあったら言ってね。」
流石委員長、淀みない。けど俺が聞きたいのはそんな事じゃないんだ。
「ああ、よろしく。つかさ・・・」
「その格好何?」
俺が言おうとしていたことをズバリ聞いてくれた。優作にサムズアップ。優作も俺にサムズアップ。
「え?ああ、この着物のこと?今日は何か茶道の先生が着付けの練習してくださったから、そのままなんだ。なんか脱いじゃうの勿体なくて。」
「へえ、茶道部なのか。凄いな。」
本音の一言。俺はそう言った文化系のことがほとんどできないから、結構憧れたりする。
「そんなこと無いよー、大したこと出来るわけじゃないし。って、それよりも朔くん、部活はどうするの?入部したい部とかある?」
その一言で優作と茜の眼の色が変わる。
「そうだ朔!おまえ背高いし筋肉あるし、是非バスケ部に入ろう!」
「朔、陸上部どう?朔ならきっといいとこまで行けるよ。ちょうど一人短距離の人が辞めちゃったからさ、今だったら記録会とかたくさん出れるし、今から始めても遅くないよ!」
必死の形相で言い寄ってくる二人。いきなり何なんだ。
「いや、この学校ってこんなに大きいんだから部員は足りてるだろ?それに今からやっても遅いし。」
「違う!おまえは何も分かってない。うちのバスケ部はコーチが厳しすぎてついて行けるのが少なくて、今だって部員は八人しかいないんだ!」
「陸上部もそう。あの鬼のせいで部員は少ないし、競技によっては一人も選手がいないのもあるんだから。」
「「それに、今からでも遅くないから、お願い!!!」」
・・・こういうのを『鬼気迫る表情』って言うのだろうか。そこまで酷いってどんなんだよ。けど、俺にも事情があった。
「悪いけど、俺、かなりきついバイトしてるから両立は無理だ。けど誘ってくれてありがとな。」
「そっか、惜しいけどそれなら仕方ないね・・・。」
「だな・・・。」
尋常じゃない落ち込み方。なんか二人の背中に影差してるし。かなり申し訳無い。
「あ、っていうかさ、朔くんって何のバイトしてるの?結構気になる。」
空気を読んだ八千穂。ありがとう。
「ああ、『神奈』っていうラーメン屋あるだろ?駅前の。そこで毎日バイトさせて貰ってるんだ。」
「え、神奈ってあの人気店の・・・?」
「まあ、そうかな。あそこの店長とちょっとした知り合いでさ、雇ってもらったんだよね。」
「え、じゃあ毎日厨房に入ってたり?」
「そうだね。他にも人いるけど。」
「じゃあ常に二十メートル以上の行列が途切れないあの人気店のラーメンは朔が作ってるってこと?」
「だからそうだって・・・」
最後の方は苦笑しながら答える。やっぱりここら辺一帯での神奈のネームバリューはすごいな。
「ちなみに今日もバイト?」
さっきの陰鬱そうな表情はどこへやら、茜が目を輝かせて聞いてくる。
「ああ、定休日の木曜以外は毎日だな。」
「何時から?」
優作、ちょっと落ち着け。目が輝くどころか血走ってる。
「俺は高校生ってことで優遇効かせてもらってるから、六時から十二時まで。他の人はもっと早くから準備したりしてるけどね。」
「え、それって校則違反じゃ・・・」
「千穂、空気読め。それに今の問題はそこじゃない!そうだろ茜!?」
「そうだね優作!朔、お願いがあります!」
「「今日、神奈に連れてって!」」
見事にハモってる二人。さっきから息ぴったり合ってるな。
「いや、別に良いけど・・・わざわざ俺が連れていかなくても普通に来れば良くない?」
疑問。
「いや、あれだけ並ぶのは辛いし・・・けど朔と一緒なら並ばなくて済むかなあ、みたいな?」
苦笑しながら答える茜。隣では優作がうんうんと頷いている。それを聞いて八千穂までもが目を輝かせ始める始末。こいつらのテンションは異常だ。
「多分俺と一緒でも無理だと思うぞ、店長そういうのには厳しいし。」
俺がその提案をした瞬間に怒る店長の顔が脳裏に浮かぶ。普段は渋いだけでいい人だし、色々してもらってるけど、そう言った筋は通す人だ。保護者のように俺を叱るだろう。店が崩れるんじゃないかってくらい大声量で。
「そっか、残念だな・・・。」
さっきほどではないがまた肩を落とす二人+一人。なんか今日はがっかりさせっぱなしだ。途端に申し訳ない気持ちになってくる。
「じゃあ、こうしよう。一緒に行って、ちゃんと並ぶ。それで順番が回ってきたら、俺が店長にお願いして裏メニュー食べさせてやるよ。」
神奈の裏メニュー。その言葉を聞いてまた盛り上がる三人。良かった良かった。
・・・ま、本当は裏メニューなんて無いんだけど。ひとまずやり過ごしたは良いけど、どうしよう。
そんな調子で四人で話をしていると、いつの間にか時計の短針は五時を回ろうとしていた。
「それじゃあ、そろそろ行きますか。」
この学校から神奈のある駅前までは歩いて二十分ほどかかる。しかも何故かバスが通っていないという不便さ。仮にもかなりの都会なんだし、それくらいしてくれても良いのに。
「「「「・・・・・・・・・・」」」」
駅前に向かう途中。気まずいわけではないのに、誰も口を開こうとしない。理由は簡単。
異常なまでに暑いからだ。
みんながみんな早くこの暑さから逃れようと必死なのだ。
着物姿の八千穂なんて、重いわ暑いわで二重の責め苦を負っている。
「暑いね。」
沈黙に耐えかねた元気系一号がついに発言した。それも、この上なくネガティブで反応に困る発言である。
「まあ、我慢だ我慢。もうすぐ着くし。」
実際、あと二百メートルほどで着くはずだ。が、真夏のコンクリートジャングルはそんなこと関係なく暑い。三十度は裕に超えているだろう。
・・・俺達は結局そのまま無言で歩き、そしてやっと着いたかと思えば、他の三人は外で並んで待たなくてはいけないと気付き、燃え尽きた。
「つっかれた〜。」
シャワーを浴び、布団の上に寝転びながら一人ごちる。
今は夜の一時。あの後三人に店長の考えていた新メニューを御馳走し(店長はすぐに奴らを気に入った様だ)、しばらく居座った三人と無駄話をしながらゆるゆるとバイトをして、帰宅。汗だくになったのでシャワーを浴びて、だらけている次第だ。
すると、どこからともなく女の声がする。
「ハジメ!そんなことしてると寝ちゃうわよぉ。その前に早く記録とって。今日からって言う約束でしょ。」
美しい声だが、間延びしていて台無しである。そしてもうすでに、聞きなれた声ではある。が、いきなり姿ない人の声が聞こえるというのは、なかなか驚かされることだ。
「わかったけど・・・いつも言ってるだろ、何か言うときは姿を見せてくれよ。」
「ああ、忘れてたわ。ちょっとまってね〜。」
そんな間の抜けた声と同時に、俺の部屋には美女が現れた。
ちゃぶ台の向こう側に降り立った、外国の美女。背は高く、スタイルも良い。170センチはあるだろうか。ウェーブのかかったブロンドの髪、蒼い瞳、肌は人形のように白く、唇はそれに反して紅をさしたように紅い。それは異常なまでに整った顔立ちの、人でなし。
「じゃあ、記録よろしく〜♪」
ウキウキといった様子で俺が広げたノートにペンを走らせるのを見ているこの外人女は、アイ。
夏休みの間に、どこからともなくやってきて、俺に『憑いて』しまった何か。
本人曰く、彼女は『悲劇と記録を求めるモノ』だそうだ。俺も初めて会ったときはとんでもないことを言う馬鹿に会ってしまったものだと己の不幸を呪ったが、どうもそれは本当らしい。
そう、俺が先述した『能力』を得た原因――それがこのアイである。