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序章ー9

毎回3000字程度を目標に書いています。

がんばります

格闘ゲームの中には、獣を模したキャラクターはごまんといる。


中には、本物の動物が、そのまま参戦しているような作品もある。


俺はそれらを使ったり、時には使われたり、画面の中で幾度となく激戦を繰り広げて来た。



だが、当然俺自身は生身で戦ったことなんてない。

本物の熊と一戦交えた、なんて経験をしている人間の方が、現代社会では圧倒的に少ないはずだ。


生前はゲームばかりしていたせいで、あまり健康的とは言い難い生活を送っていた。


異世界に来るなら、もっと鍛えておくんだったな……


なんて馬鹿なことも一瞬脳裏を過ぎる。


もっとも、今の身体は実年齢の半分くらいの見た目しかないガキ相応のものだ。


これが「当時の俺の身体」なのか「造り替えられた全く別の身体」なのか、確かめる術はない。



だが、


今はそんなことは関係ない。



俺に何かと戦った経験がなかろうが、


俺の身体が本来の自分のものでなかろうが、



目の前の捕食者にとっては、等しく価値がない。



できる、できないではない。


やらなければならない。


自分の不始末は自分でつけなければならない。


仮に至らなかったとしても、その気概は見せなければならない。



震える脚に喝を入れる。


浅い呼吸を整える。


緩んだ拳を握り直す。



シリィは言った。


逃げ延びれば、俺の勝ちだと。


別に奴を倒せと言われた訳ではない。



それが俺にも「出来る」と、ナビゲーターが断言した。


なら、出来る。


自分にそう言い聞かせる。



俺は「異世(ことよ)渡り」


俺が恋い焦がれた物語の主人公達は、誰だって上手く危機を乗り越えて来たのだから——




□ ◾️ □ ◾️ □ ◾️




「グオァァァァァァ!!」



俺が腹を括った直後、巨熊は俺に猛然と襲いかかって来た。


木陰に、奴の強靭な爪が光る。



俺はそれを、身体を捻って躱す。


勢い余って足が縺れ、ぬかるんだ地面に這いつくばった。



すぐ側にあった木の幹が巨熊の一撃を受け、某エナジードリンクのような模様を刻む。


職人のドンさんが時間をかけて少しずつ削っていたあれだけ硬く太い木に、奴の爪は容易に半分ほどめり込んでいた。


あれを食らったら、まず間違いなく惨い死(フェイタリティ)だ。



しゃがんで、伏せて、時には転がって。


俺はみっともなく足掻く。


ジナさんが仕立ててくれた服は、泥と枝で傷つけた血で酷い有様だ。



苛烈に続く相手の攻撃から死に物狂いで逃れつつ、必死に考えを巡らせる。


戦闘の腕に関しては素人以下。俺の腑抜けた打撃では、相手の体力は1ドット足りとも減りはしない。


格ゲーは冷静さを欠いたら負ける。それはゲームとリアル、共通して言えることのはずだ。


恐怖で塗りつぶされそうになる頭をフル回転させ、相手から一切目を逸らすことなく全力で巨熊の攻撃を避け続ける。


今、何秒経っただろうか。


永遠にも感じられるような長い1秒を心で刻みながら、疲弊した四肢に鞭を打つ。


直後——



「——っ!」



脚に違和感。


ガクンと、身体が動かなくなった。


足が木の根に取られ、すっぽりと収まってしまっていた。



ここに来て晒す、致命的な隙。


当然巨熊が見逃すはずもない。


致命の刃を、俺の首に振り下ろす。



地面は緩んでいて、踏ん張りは効かない。


回避は不可能。


生身で受ければ、確実に死ぬ。



——ここでやるしかない。



一撃必殺の威力を秘めた、オーバースローの振り下ろし攻撃。


その肌に爪が触れる瞬間——



バシィ!



俺は自分の何倍もある体躯の相手に対し、初めて〈攻性防御(ブロッキング)〉を発動させた。



あらゆるエネルギーを無視し、受けるはずのダメージを一切なかったことにする。


普通なら間違いなく千切れ飛んでいた筈の俺の首は、まだ繋がったまま。


むしろわずかな痛みすら感じなかった。



「グルルルル……」



得られるはずの肉を引き裂く感触がなかったことに、巨熊が初めて動揺の色を見せた。



「攻撃のパターンはだいたいわかった」



根から脚を抜きつつ、俺は自分の手を見つめる捕食者に正面から対峙する。



「知ってるか?一流の格ゲーマーはな、


同じ攻め手は二度とくらっちゃいけないんだよ」




□ ◾️ □ ◾️ □ ◾️




ギガント・グリズリーは困惑していた。


というのも、不可解な点が()()()あったからだ。



ひとつは、目の前の獲物が急に自分から逃げなくなったこと。



過去に食った獲物達のように、最初は逃げ惑っていた。


最初にコイツの親を倒した時は、ガタガタと震えて自分に食われるのを待つだけの生き物だった。



それが、どういうことだろうか。


こちらが腕を振るえば、これまで相対してきた生物たちはみんな生命活動を停止し、湯気の立つ美味そうな臓物をぶちまけていた。


兎や馬、自分と同じくらいの大きさの奴らでさえ、この爪と牙で息の根を止め、食らって生きてきた。



この小さな生物は、自分の攻撃をかわさない。


否——()()()()()()()



こちらが殺す気で殴りかかっても、奇妙な音と共にピンピンしている。


こんなことは、今まで経験した事がなかった。



この爪を前にして、生き残ったものはいない。


それを物ともしない生き物に、捕食者としての矜持を傷つけられた。


咆哮を上げ、怒りに任せに腕を力いっぱい叩きつける。



バシィ!



それも、あの妙な音が無かったことにする。



こんな事があっていいはずがない。


自分を前にして、生き永らえていいはずがない。


生物界の頂点であるはずの自分に、抵抗していいはずがない。



狂ったように、獲物を引き裂く。


だが、それが相手に届く事はなかった。



そして、ふたつめ



「これで……90秒だ」



自分の猛攻を捌ききった獲物が、息を乱しながら何か呟いている。


当然、意味はわからない。


だが、身体から一気に力が抜けた事がわかった。



ようやく諦めたか。手こずらせやがって。


コイツはいたぶって、恐怖と痛みに悶え苦しむ姿を見ながら食ってやる。


とどめを刺そうと、必殺の爪を振り上げる。



直後——



巨大な存在感を纏った「何か」が、自分の背後に現れた。



これほどまでの気迫、どうして今まで気が付かなかった。


頭を過ぎった疑問は無視して、振り返る。



そこには——人間がいた。


このチビと一緒にいた不味そうな肉ではない。



雌が——それもとびきりな極上の雌の肉があった。



極限まで鍛え上げられた身体には瑞々しい生命力に満ち溢れていたが、所々丸みを帯びている。


長い灰色の毛を頭の後ろで乱暴に束ね、風に靡く尻尾のように揺れていた。


その頭には、本来人間にはないはずの自分と同じような耳がついており、よく見れば本当に尻尾も生えている。


見たことのない形の布を身に纏い、その肉感的な身体を惜しげもなく自分に晒している。



「あ、あなたは……」



後ろでチビが何か言っているが、巨熊からは既に、今までの獲物は眼中になかった。


こんな美味そうな獲物、どうして見落としていたのか。


標的を変え、目の前の雌に狙いを定める。



「……なるほど、『アイツ』に言われて渋々来てみりゃ、そーゆーことか……


おいガキ!コイツぁテメェの手に余る。さっさと行け」



コイツも、自分を見て逃げようとしない。


それどころか、偉そうに居直っている


日に二度、矮小な生物に同じ反応を示された事に、巨熊の怒りはついに頂点に達した。



「グオァァァァァァ!!」



その巨体からは想像もつかないスピードで、生意気な雌に大質量のぶちかましをかける。



「……ったく、力の差もわかんねぇほどバカなのか?


盛る相手を間違ってんじゃねぇ」



——一閃



その時巨熊は、自分の身に何が起きたのか一切わからなかった。


わかったのは、雌がその拳を閃かせたこと。



そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけだった。



ふたつめの違和感は、森の中に生物の気配をほぼ感じなかったこと。


それは自分という絶対的な捕食者が現れた事で、生命の危機を感じたからだと、


そう思っていた。



——だが、それは自分に恐れを成したのではなく


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ではないか。


遠のく意識の中、その疑問の答えは最後までわからなかった。

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