序章ー7
「おーい、ネロ。こっちも頼めるか?」
「はーい、すぐ行きます!」
俺がスキルを始めて使った日から、2週間ほどが経った。
今日はドンさんと一緒に山へ入り、仕事を手伝っている。
まずドンさんが〈鑑定〉で木を調べ、良質なものを選別する。
それを斧で切り倒し、枝葉を取り除いて「木材」へと加工していく作業だ。
「こんなもんでいいですか?」
「おぉ、だいぶ手慣れてきたな。そんな感じで頼む」
俺はその中でも、最後に行う「何個かを麻紐で縛って束にする」工程を任されていた。
正直、元々はドンさんが全て一人で行なっていた事なので俺が手伝わなくても全く問題ないのだが、無理を言って付いて行かせて貰っている形だ。
現実世界の自分の父親よりも年上であるはずの男性が、斧ひとつで軽々と大木を伐り倒していくのを見ながら、俺は身体の使い方をしっかりと観察していた。
「ドンさんは年齢の割に本当にお元気ですよね。
斧を使う時に何かコツでもあるんですか?」
「ん?あぁ、月並みだが、『腕の力だけじゃなく全身を使って振る』ことだな。
腰の捻り、脚の踏ん張り、腕の振り、手首の返し、
それらを全て連動させて、効率よく力を伝えるようにするんだ」
「なるほど……
意識せずにできるようになったのはいつ頃ですか?」
「いやぁ、ちゃんとした時期は覚えてねぇなぁ……
『気付いたらできるようになってた』ってのが一番しっくり来るな」
返ってくる「職人」としての言葉。
当然一朝一夕じゃ身に着く技術じゃないよなぁ……
格ゲーの腕、知識に関しては一家言持っている自負はあるが、自分の身体の動かし方となるとそうはいかない。
しかし、見て盗むというのもなかなか難しそうだ。
まぁ10年もすれば嫌でも出来るようにならぁと豪快に笑うドンさんを見ながら、俺は僅かに肩を落とした。
結論から言うと、俺はまだ夫妻の所でお世話になっている。
「何もしなくていい」という言葉をどうしても素直に受け取ることが出来ず、ドンさんの山仕事やジナおばさんの畑仕事を手伝いながら、自分のスキルの腕を磨いている。
あ、ちなみにドンさんが呼んだ「ネロ」というのは、この世界での俺の名前だ。
俺が格ゲーで使っていた名前——所謂RNをそのまま流用しただけなのだが。
名前の響きもそれっぽいし、本名ってのも世界観と違い過ぎてなんか気が引けたので、「思い出した」と適当な理由を付けて夫妻に伝えた。
スキルが発覚した後も、俺がソレリアの街にすぐに行かなかった理由は、大きく分けて3つある。
ひとつめは、俺の身体が、生前のものよりもかなり小さかったからだ。
有り体に言えば、「ガキになった」
ゲームセンターで死んだ時、俺は二十歳になったばかりの大学生だった。
無論、学校にはあまり行かずゲームばかりしていたのだが——
転生した俺の身体は、どう見ても10歳そこらの子供でしかなかった。
こちらに来て1週間ほど経った時に、川面に映った自分の顔を見てようやく発覚した。
「自分が幼くなったこと」の片鱗は、思い返してみれば確かにあった。
地声が随分と高くなっていたり、
夫妻がやたらと子供扱いしたり、
むしろ今までよく気が付かなかったなと呆れさえしたくらいだ。
そして、ギルドでの冒険者登録には「年齢制限」があるらしい。
満15歳——こちらの世界での「成人」済みの人間でなければ、手続きを行うことが原則出来ないそうだ。
実年齢で言えば、遥か昔に過ぎ去っているが、この見た目でタバコも酒もイケます!は流石に通らない事くらいはなんとなくわかる。
二つ目に、「異世渡り」という存在が、あんまり良いものではないらしいからだ。
俺のように記憶や出生が曖昧で得体の知れない人間の事を、この世界では「まるで違う世界から来た」という意味を込めて「異世渡り」と呼ぶらしい。
そしてそれは、どちらかと言えば「蔑称」に近い使われ方をしているそうだ。
出生不明という事は、当然「戸籍」もない。
書類上では「存在しない」ことになっているため、人攫いや強盗などの犯罪に巻き込まれる確率が非常に高くなるそうだ。
俺は見た目がまだガキで、体力や技量も年相応でしかないので、夫妻がとても心配したからだ。
自分の事を伝える上で便利そうな言葉だと考えたが、どうやら吹聴して回るような境遇ではないらしい。
この世界の常識や知識にもう少し詳しくなるまで、あまり動かない方が良いと引き止められた。
そして、みっつめ。
ドンさんとジナさんが、俺が居る事を強く望んでいるからだ。
初対面の——しかも「異世渡り」である俺にどうしてここまでしてくれるのか、尋ねてみた事がある。
何でも、夫妻は流行病で息子を早くに亡くしてしまい、それ以来子供に恵まれず、寂しい思いをして過ごしていたらしい。
そんな中やってきた俺を、本当の孫のように可愛がってくれる。
このアドニタス村自体が、若人の人口が少ないという事もあり、近隣の住民からも比較的好意的に受け入れてもらった。
夫妻にも気に入ってもらえたらしく、俺さえ良ければ気が済むまでいてくれて構わないと言う。
そんな見返りを求めない好意に、これ以上ない謝辞を心の中で述べながら俺は甘えることにしたのだ。
それらを理由に、俺はアドニタスの村で居候生活を送っていた。
微力ながらドンさんとジナおばさんの手伝いをしながら、スキルを磨いている。
スキルを手に入れて1ヶ月余り、この〈攻撃中断〉と攻性防御についてもだいぶ仕様がわかってきた。
まだ実践で試したことはないが、十分に活かす事が出来るだろう。
「よし、ネロや。今日はこの辺で終わりにしようか」
木材を目標の数だけ集めることができ、ドンさんはよっこいせと俺が作った束を担ぎ上げた。
晩飯が楽しみだのーと帰り支度をしているドンさんに、俺はひとつ提案した。
「俺、まだまだ体力も有り余ってますし、木の扱い方も大分慣れてきました。
このまま森の奥まで行って、もう少し良質な木材を取って行きませんか?」
「うーん……今日取る分はもう取れたし、もし遅くなったりしたら魔物が出るし危ないからなぁ……
また今度連れて行ってやるから、今日の所は引き上げないか?」
「大丈夫!俺もあれからかなり力もつけてるし、何なら『スキル』だってもう使いこなせます!
ドンさんくらいなら守れますよ!」
「むぅ……
お前さんがそう言うなら……」
「ありがとうございます!ひと束分作ったらすぐに帰りますから!」
ドンさんは俺の頼みなら断らないだろう。そう考えての打診だった。
良質な木材の採取はあくまで口実。
ドンさんが危惧している「魔物との接触」が本当の目的だった。
夫妻に拾われて、俺は本当に運がよかったと思う。
とても感謝している。
だが大事にしてもらっている分、少し過保護なのだ。
極力家に居るよう言われるし、もし外に出る場合は余り遅くならないようにと念も押される。
外見が実際の年齢と比べて幼い分、心配なのは良くわかる。
だが——ここは異世界で、俺は「スキル」を手に入れた。
それを試したいと思ってしまうのは悪い事だろうか。
ドンさんと一緒に、普段木を伐っている場所よりも、更に森の奥へと進む。
生い茂る木々に日差しが徐々に遮られ、辺りは夕方のように暗い。
木材の質は、森の深部ほど高くなる傾向があるのだとドンさんは言う。
しかし、当然ながら遭難や魔物と接触するといった危険度も増す。
採りたい素材や作りたいものに合わせて、その辺りのリスクと天秤にかけて進む度合いを決めているのだそうだ。
「危険を感じたらすぐ帰るからな」
「わかりました」
そうして追加の採取を始めた場所は、普段行く場所とはまるで違う環境だった。
大きな枝葉で日光が地面まで届かないお陰で、辺りは暗く、地面はうっすらとぬかるんでいる。
その上湿度が非常に高く、密度の濃い空気がじっとりと身体にまとわりついてくるようだ。
そのかわり、生えている木の太さが段違いに立派だ。
樹齢ウン百年クラスの木が乱立しており、これを加工して作る家具はとても丈夫で長持ちするらしい。
ドンさんは〈鑑定〉を使い、適した質の木を見つけると、斧を振り上げて伐り始めた。
俺はその作業を眺めつつ、辺りに注意を向けている。
こんなに森の深くまで来られる機会も滅多にない。
この機に、自分のスキルを「戦闘」で試したい。
あわよくば、弱いとされている「ゴブリン」や「スライム」辺りが望ましい。
五感に集中して辺りを警戒するも、遠くで木々のさざめきが僅かに聞こえるばかり。
平和なもんだ。
「ドンさん。今のところ大丈夫みたいです。
何の気配も感じませんよ」
少し神経質になっていたようだ。
そのとき、ドンさんの手が止まった。
「……何も?」
コーン コーンと、斧を幹に打ち付ける音が止み、辺りを真の静寂が覆う。
「——っネロ、帰るぞ」
慌ただしく荷物をまとめるドンさんが、俺には理解できなかった。
「ちょっ、いきなりどうしたんですか?
まだ作業は終わって——」
「いくらなんでも静か過ぎる。
あぁくそ、もっと早く気付いていれば——」
「一体何が——」
直後——
腹の底が震えるような唸り声が聞こえた。
本来、森の深部は生命力に満ちている場所だ。
虫が溢れ、それを食す小動物が溢れ、それを捕食する中型の動物がいて……
耳を澄ませば、その息吹を十全に感じることができる。
——本来の姿であれば
それらが無い場合、何を意味するのか。
自らの生命を脅かす大きな脅威が迫ってきている
焦るドンさんと状況が飲み込めない俺の目の前で、「それ」は身体を起こした。
体高、3メートル弱
体重、800キロ超
生物的脅威度、A +
魔物——「ギガント・グリズリー」が、俺達に向けて特濃の殺意を放っていた。
もし読了後にお手隙であれば、
ブクマ
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