序章ー6
やっと格ゲーっぽいことが書けます
がんばります
「格闘ゲーム」とは、文字通りキャラクターを操作し、闘わせることで勝敗を決めるゲームの総称だ。
ここ数年は「eスポーツ」なんて言葉も生まれたりと、徐々に「ゲーム」という枠組みを抜け出し、「競技」という側面も見せるようになった。
一見すると敷居が高そうで、「何をしているのかわからない」と思われがちな格ゲーだが——
詰まるところ、アレは「やや複雑なジャンケン」をしているに過ぎないのだ。
格ゲーを語る上で欠かせない要素として、
打撃
ガード
投げ
がある。
打撃はガードに弱く
ガードは投げに弱く
投げは打撃に弱い
この3すくみを大前提として、プレイヤーは互いに相手の行動を読み、置かれた状況下で最低な動きを取り、自分に有利な試合を展開していく事が求められる。
当然、「打撃技同士の相性」であったり、「キャラクター同士の相性」であったりと、厳密には単なる3すくみの範疇では収まらないのだが——
それでも、格闘ゲームにおける競技性の根幹にあるのは、そういった「対の択が存在する行動をお互いが積み重ねる事により、最終的に勝敗が決まるジャンケンである」という事は、是非念頭に置いておいて欲しい。
しかし、ただのジャンケンだけでは面白くない。
ここに、格闘ゲームの真の面白さがある。
運だけで勝敗が決しないよう、時代が進むにつれて、様々な「システム」を取り入れるようになった。
打撃が連続して相手にヒットするようになったり。
ガード中でも反撃ができるようになったり。
一度だけキャラクターをパワーアップさせられるようになったり。
より奥深い読み合いのために。
最後の最後まで逆転ができるようなエンタメ性のために。
より面白いコンテンツへと昇華させるために。
それぞれの作品の数だけ、独自の進化を遂げていった。
「システム」への理解の深さが、勝敗にも密接に関わる。
格闘ゲームの歴史は、その「3すくみ」と「独自システム」の融合によって紡がれてきた。
その中でも特に、極めて重要、かつ有用なものがある——
それが「キャンセル」と「特殊ガード」だ。
□ ◾️ □ ◾️ □ ◾️
俺が授かった二つのスキルは、どちらも格闘ゲームをやり込んでいた身からしてみれば随分と馴染み深いものだった。
——というより、馴染み過ぎていた。
「ついに俺が格ゲーのキャラってか……」
自分の手を確かめるように握ったり開いたりしながら、俺は複雑な心境だった。
発現したスキルはどちらも常時発動型スキル。
つまり、「持って産まれた性質」と言うこともできる。
昨日道すがらシリィから受けていた、スキルの講義の中でも
『常時発動型スキルは、出生時の環境が大きく関わってくる。』
とあった。
つまりこれは、
俺が死ぬ寸前まで入れ込んでいた「格闘ゲーム」のシステムがスキルに反映された。
ということで間違いないだろう。
「〈攻撃中断〉について教えてくれるか?」
『攻撃した際、そのモーションを上書きして、次の行動に移すことができるスキルです。
対象に攻撃がヒット、もしくはガードされた場合のみ発動します』
うん。俺が知ってる「キャンセル」の知識まんまだな。
辺りに生えている適当な木の前に立ち、深呼吸する。
「——っ、は!」
そのまま正拳突きを繰り出す。
パシっと、拳が幹に当たったのを確認して——
即座に蹴りを放つ。
正拳突きを放った直後に、鈍い音を立てて、下段蹴りが幹に叩き込まれた。
「おぉ……『スキル』に合わせて何か身体が勝手に動くのって変な感じだな……」
格ゲーは死ぬ程やり込んでいても、俺自身の格闘の腕は素人。
むしろ引きこもってゲームをしていた分、一般人よりも体力も技量も大幅に劣っているはずだ。
そんな身体から繰り出された、へなちょこパンチとキックでも、スキルは問題なく発動した。
傍目から見ていても、非常にわかりにくいだろう。
俺に起きた現象は、「正拳突きの後の拳を引く動作を、蹴りによって上書きした」というものだ。
これにより、「攻撃後の、身体をニュートラルな状態に戻す」という過程をすっ飛ばして次の攻撃に移ることができる。
格闘ゲームにおいては、連続攻撃や隙消しなどに使われる、初歩にして非常に重要なスキルだ。
他のスキルをまだ見たことがないため何とも言えないが、体勢や技の大小関係なく、連続して攻撃を繰り出すことができるのはかなり優位性があるスキルなのではないだろうか。
「よしよし、出だしは上々だな。
あとはどんな技にもかかるのか、タイミングの制約があるのか、色々と確かめる必要があるな」
このシステムは、格ゲー黎明期にとあるタイトルから搭載されたもので、当時はバグの扱いだった。
それを製作陣が「面白いから」という理由であえて残したものがルーツにあたる。
打撃・ガード・投げの3すくみと合わせて、格ゲーを語る上では避けて通れない仕組みであり、初心者から上級者まで等しくその恩恵、制約を受けるものだ。
現状、俺にまだ任意発動型スキルが備わっていないため、その使用感を判断するには時期早々だが、この先もずっとお世話になることは間違いないだろう。
「よし、そしたら次だな。
シリィ、〈攻性防御〉について教えてくれ」
『攻撃を受ける瞬間、特定の姿勢を取ることでそのダメージを無効化し、被発動者の硬直時間延長、発動者にその他のボーナスが付与されます』
こちらも、俺が既に知っているものとほとんど変わらない。
〈攻性防御〉は、格闘ゲームで言う所の所謂「特殊ガード」に相当する。
……まぁ、厳密には「ガード」とは少し違うのだが、ここでは割愛する。
語弊が無いように、「特殊な防御行動」と呼んだ方が良いだろうか。
格闘ゲームにおいて、一般的に「ガード」という行動は非常に弱いとされている。
相手の体力を空にする、もしくは相手よりも多く体力を保持したほうが勝ちと判断する格ゲーにおいて、相手の行動を受けるという行為は直接的な勝利に貢献せず、ガードをし続けていても勝利へ近付くことはないからだ。
作品によっては、ガードをし続けていると消極的と判断され、被ダメージが増えたり、硬直時間が増えたりとペナルティが課せられるゲームすら存在するほどだ。
——とは言っても、対戦をしていると必ず相手の攻撃を受け止めなければならないタイミングはいくつも存在する。
そういったピンチの状況を、攻めの起点——チャンスに変えるのが「特殊ガード」だ。
相手の攻撃が当たる瞬間にガードをしなければならない
体力とは別のゲージを消費しなければならない
などの条件はあるものの、一度成功させれば、試合をひっくり返すほどの可能性を秘めたシステム。
まさに、ハイリスクハイリターンを具現化したような存在だ。
俺は落ちていた石を掴み、頭上に放り投げた。
拳よりも少し小さめの石。当たれば結構痛いだろう。
落ちてくるタイミングをじっと見つめながら測る。
そして頭にぶつかる瞬間、一般的な「ガード」とは似ても似つかない姿勢を取った。
左手を腰だめに構え、右手を肩の高さで前に。
顔は正面を向けたまま、身体を捻る。
足を少し開き、中腰よりもやや高い位置で身体を固定。
バシィ!という小気味良い音を立てて、石が身体に弾かれ、一瞬空中に静止した。
地面に落ちた石を拾い上げ、当たったはずの箇所を手で撫でる。
当然、痛みは全くない。一回で成功したことに我ながら驚きつつ、この世界の非現実っぷりを改めて思い知った。
スキルすげぇ。異世界すげぇ。
ゲームの中だけでしか存在しえなかった理が、今まさに俺の身にも起きている。
押し寄せるワクワクに軽く身震いする。
ドンさんから最初に聞いた時は、正直少しがっかりした。
俺が想像していたような、チートやぶっ飛んだスキルの類ではなかったからだ。
だが、実際に体感して思った。
「これ」を上手く使いこなせるようになれば、あるいは——
しかし、現実はそう甘くなかった。
そう遠くない未来、俺は自分の見立ての甘さを嫌というほど思い知ることになる。