序章ー5
あんまりたくさん書けませんでした
明日もがんばります
「すみません。食事ばかりか、部屋まで用意していただいて……」
「いいんだよ。そんなにかしこまらないでおくれ。
口には合ったかい?」
「えぇ、とても美味しかったです。ご馳走様でした」
「そうかい!それはよかった。食後のお茶はどうだい?」
「あ、いただきます。ありがとうございます」
手伝おうと席を立ちかける俺を手で制し、お盆に木をくり抜いて作ったコップをみっつ載せた女性が、いいっていいってと笑った。
「あんまりキレイな家でもないが、落ち着くまではここに居着くといい。気兼ねしなくていいからの」
「あ、いえ、そこまでしていただくわけには……」
木のテーブルに置かれたお茶をずずっと啜り、対面に座った初老の夫婦はニコニコして俺を見ている。
「ジナさん、ドンさん。どこの誰かもわからないような俺に宿飯を提供していただいて本当にありがとうございます」
「だからそれはもういいって!むしろ大したもてなしも出来なくてすまないねぇ」
「ジナもそう言っとる。お前さんはそんなに畏まらんでいいぞ」
この人達は仏や菩薩の生まれ変わりではなかろうか。
異世界で触れる人の暖かさに、俺は思わず頬が緩む。
一文なしで途方に暮れていた俺を快く自宅に招いてくれたのは、村に着いた時に冒険者ギルドへの道を訪ねた女性——ジナおばさんだった。
気が付いたら、この村近くの草原に倒れていたこと。
それまでの記憶が曖昧なこと。
異世界から来た事は恐らく伝わらないので、詳しい事情は伏せた上で現状をそれっぽく説明すると——
「おやまぁ、あんた『異世渡り』かい?
そりゃあ大変だったね。よし、ウチにおいでよ」
余りにも大味な説明だったので不審がられるかと思ったが、聞き慣れない単語とともに自宅へと招き入れてくれたのだ。
食事もパンとスープ、干し肉を炙ったものと比較的簡素であったが、どれも美味しく食べることができた。
至れり尽くせりとは正にこのことだろう。ただ、これを異世界での基準にせずに甘えずに行こうと、心の中でこっそりと気を引き締めた。
ジナおばさんが淹れてくれたお茶を一口啜る。
ふわりと良い匂いが香る。程よい苦味の後に、さっぱりとした口あたりでとても飲みやすい。
「家で栽培してる花とハーブで作ったお茶だよ。おかわりもあるからね」
一体何を食べればここまで良い人に成長できるのだろうか。
異世界の雄大で長閑な自然の賜物に違いない。
現代では格ゲーマーやネットの民度に辟易していただけに、荒んだ心に染み入るようだ。
異世界人っていい人だなぁ……この村の人たちだけじゃなかったらいいなぁ……
現地民とお茶の暖かさにしんみりしている。
ジナ・ドン夫妻の家は木造だった
床から屋根に至るまで、ほぼ全てが木で造られたログハウス調の家。
家財ももれなく木でできており、現代の住居と違っていてとても新鮮だ。
この世界では極めて一般的な建築様式だと思われるが、この家の家具はところどころ凝った意匠や装飾が施されている。
「ドンは木工職人だからね。ちょっとした細工が得意なのさ」
テーブルに入っているちょっとした飾り彫りを興味深く見ていると、ジナおばさんが少し得意げに説明してくれる。
「そうなんですか。道理で素敵な食卓机だと思いました。
この家にあるものは全てドンさんが?」
「おぉ、大体オレが木を伐るとこから作っとるぞ」
「さすが職人ですね」
もっと褒めてくれても構わんぞと冗談めかしたやり取りをし、俺は少し居住まいを正した。
「最初に説明した通り、俺は今までの記憶がすごく曖昧で、このアルキミスの事について教えて欲しいんです。
それで……まず、ジナおばさんが先ほど、俺に向けて口にしていた『異世渡り』とは一体どういう意味ですか?」
この世界のことならこのマリモに聞けば教えてもらえるが、質問の仕方を考えないと求めている答えが出ない上に疲れるため、現地の人から情報を得ることも大切だと思ったからだ。
「あぁ、言い伝えというか、ある意味おとぎ話のようなもんさ。
王国の歴史の中に、アンタみたいな記憶が曖昧で、生まれも育ちもわからないような人が突然現れることがちょいちょいあるらしくてね
『まるで違う世界から来たような人』ってことで、そんな言い方になったんだ」
その言葉に、思わず目を見開く。
異なる世界を渡る者。
その言葉はまるで——
俺のような転生者が過去に何人か居たという事実を暗に伝えている。
「まぁ、今はもっぱら痴呆とか、所在がわからない人に対して使うことが多いね。
アタシも実際に会うのは初めてだけどさ」
「そう、ですか……」
「異世渡り」
過去に俺と同じようにこの世界に来た人間がいる。
とても気になるが、今後自分の境遇を他人に説明する上で便利そうな言葉を教えてもらった。
後でシリィに詳しく聞く必要がある。
その後、夫妻はこの世界について色々と話してくれたが、シリィが教えてくれた内容と大差なかった。
「それでお前さん、どうして冒険者ギルドなんて行きたがっとるんだ?
お前さんくらいの歳じゃ……」
「あ、それは自分の『スキル』を確認したくて……」
話は、この村を訪れた理由について及んだ。
結局、ここだけでなく「村」という単位にギルドが存在する事がほぼないという事がわかったから今更感は拭えないが。
この人達と会えただけでも、大いに訪れて良かったと今なら思える。
このアドニタス村への移動も存外大したことはなかった。
長居するのも悪いし、明日にでもすぐ、隣のソレリアとやらの町に——
「——あぁ、『スキル』の確認か。
いいぞ、オレが鑑てやろう」
……え?
「オレは『鑑定士』持ちなんだ。低位だけどな。
お前さんの所持しているものくらいはわかると思うぞ」
「本当ですかっ!?」
「お、おぉ、急に元気になったな……」
思いがけない申し出に、オレはシリィから言われた事を思い出した。
『一般的には「冒険者ギルド」に在籍している鑑定士より確認します。
ギルドに所属していない一般の鑑定士に個別に依頼して鑑定を受けることもありますが、前者と比較した場合割合はかなり少なくなります』
まさかいきなり少数派を引く事になるとは……
金がない事から始まり、この第二の人生、前途多難なものになる予感がかなり大きかった。
だが、蓋を開けて見ればかなり順調にいっているのではないだろうか。
これが所謂「異世界補正」——かどうかはさておき、俺はドンさんにスキル鑑定をお願いすることにした。
「普段は材木の質を見極めるのに使ってるんだ。よく乾いているやつとか、虫食いが少ないやつとかな」
鍛えられた体躯のおかげで、実年齢よりずっと若く見える初老の男性は、二、三度深く深呼吸をし——
「〈鑑定〉」
先程までの柔和な印象とは別人のような鋭い眼差しを俺に向けた。
「——っ!」
こちらの全てを見透かされるような眼力——思わず背筋が伸びる。
これが、生まれて初めて見る「スキル」の行使——
「——終わったぞ。きつい視線を向けてすまん。
どうにも人に向けてするのは未だに気が引けてな」
「いえ、そんな、気にしないでください。
それで、結果の方は……?」
「おう、いくつかあったぞ。
ただ、全部見慣れないものだから、読み方がいまいちわからん。
えーっと、まずは……」
□ ◾️ □ ◾️ □ ◾️
——翌朝
村から少し離れた所にある林の中。
無造作に置かれたように生えている大きな岩の後ろにある開けた場所に俺はひとりで来ていた。
——無論、この浮かぶバイキンも一緒だが。
「——さて」
息を整えて、ジナさんに持たせてもらった水筒からお茶を一口飲む。
俺がここを訪れた理由は言うまでもない。
スキル性能の確認のためだ。
「そう言えば、お前がスキルを鑑定することは出来なかったんだよな?」
『肯定します。私は「鑑定士」スキルを所持していません。従って鑑定もできません』
「『鑑定士』は持ってないって事は、他にどんなスキルなら持ってるんだ?」
『現段階ではまだお答えすることはできません』
「……はいはい。
そしたら、スキルの詳細を教えてもらうことは可能か?」
『一部肯定します。一部の固有の常時発動型スキルを除き、詳細をお伝えする事ができます』
「十分だな」
軽くストレッチなども行いながら、俺は昨日ドンさんに教えてもらえたスキルを頭の中で反芻する。
それを確認するために、シリィに再び訪ねる。
「俺が現段階で保有しているスキルを全て教えてくれるか?」
『承知しました。
「常時発動型」スキル
〈攻撃中断〉
〈攻性防御〉
以上です』
「……やっぱ何度聞いても
格ゲーのアレだよなぁ……」
俺に発現した「スキル」は——
格闘ゲームのシステムまんまだった。