序章ー2
毎日更新できるよう頑張ります。
何だか、とても暖かい。
それに、何だか懐かしい匂いがする。
夏の若葉の蒼い匂いと、濃い土の匂い。
2年に一度くらいの頻度で、夏休みの時に行ってたおばあちゃんの家の近くにある原っぱの匂いがする。
宿題もそこそこに、よく遊んでいたあの場所の匂い。
おかしい、俺のおばあちゃんは何年も前にもう亡くなったはずなのに……
あぁ、そっか。
俺、確かゲーセンの床で頭打って……
「死」ということについて思考が向いた途端、身に起きた不幸を他人事のように思い出した。
おばあちゃんちの匂いがするということは、ここにおばあちゃんもいるのだろうか。
そしたら、ここはもしかして天ご——
ざあっと、どこからか風が吹く。
前髪がくすぐられるように揺れ、その感触で俺はうっすらと目を開けた。
雲ひとつない紺碧の空が視界いっぱいに広がる。
新芽に頬を撫でられて、俺が今草原のような場所に仰向けに寝転がっているのだとわかった。
これが、死後の世界……なのか?
むくりと上半身を起こし——そこでふと気付き、後頭部に手をやる。
「……何ともない」
記憶している地声よりも随分と高い声が出たのにも驚きだが、あの剥き出しのコンクリでカチ割られたはずの頭がすっかり元どおりになっているのには正直困惑した。
ということはつまり——
そしたら、やはり俺は死んだのだろう。
羽が生えた裸の赤子みたいな天使だったり、
雲でできたような場所の上に、やたら柱がでかい建物が建ってたり、
布を肩掛けにして方乳首出しながら、葉っぱの冠をした濃い顔の神様だったり、
そういったイメージを勝手に持っていたが、この天国(暫定)はやたらリアルに思える。
この匂いや地面の感触。どう考えても現実と相違ない。
遠方まで目を凝らすと、緩やかな起伏の雄大な土地に、延々と緑が続いている。
遠くに見えるのは村——いや、集落といったところだろうか。人が営んでいる気配もある。
俺は思考が全く追いついていなかった。
ひとつは「ここが果たして本当に死後の世界なのだろうか」という疑問。
もうひとつは「人は死んでもなお、社会生活を余儀なくされているのか」という呆れにも似た感慨。
何もかもが、余りにもリアル過ぎる。
余りにも今更ではあるが、俺は改めて目下最大の疑問を声に出してみた。
「ここは……どこだ……?」
『アルキミス王国 フローラ領 アドニタス村 北西16キロ地点です』
「うわぁぁぁぁぁぁ!?」
俺の疑問を一瞬で解決してくれた声に、俺は心臓が縮み上がった。
余りにも唐突。
余りにも脈絡なく。
そして耳元なのにまぁまぁな音量で喋った存在を確かめるために俺は左を向く。
誰もいない。
頭を割られて死んだかと思えば、次は幻聴と来たか。
いよいよという所まで来たようだ。
それにしても
「……アルキミス?」
全く聞き覚えのない国の名前だ。
もう少し世界史の授業を良く聞いていればわかったのかも知れないが、死んでから後悔しても文字通り先に立たずというものだ。
疑問文っぽく語尾を上げる事で、あわよくばさっきのように答えが返って来ることを期待したが、さらさらと気持ちの良い風が、草を揺らす音しか聞こえない。
「……アルキミス王国とは何だ?」
『現在はジョングリフ=アルキミスを君主に据えた、建国1498年を迎える王制国家です。
四方を他国4つに囲まれ、海はなく、肥沃な土地による畜産や農産、北部にある鉱山から採掘できる希少金属が主な特産品です』
質問の仕方を変えた途端、再びどこからともなくさっきの声が、ウィキ○ディアよろしく馬鹿丁寧に答える。
相変わらず音量はやや大きい。
「……ジョングリフ=アルキミスとは?」
『1443年生まれ。先代国王であるアレッサンドロ=アルキミスとギルネリーザ=ビエルデッド=アルキミス第一王妃の間に生まれた3番目の実子です。軍師としての才覚に恵まれ、アルキミスの領土を南に大きく伸ばしたのは現国王の大きな功績の一つとして語られています』
「……なるほど」
いや、さっぱりわからんが。
とりあえず、ひとつはっきりした事は——
「どうやらここは、天国ではないらしい」
自分にも言い聞かせるように呟いた。
あれだけの大怪我を負いつつも、俺はまだ命を落とした訳ではない——と、信じたい。
だとすると、ここは一体……
「ここは死後の世界か?」
『否定します。ここは死後の世界ではありません』
腕を組んで考えていると、俺の周りをふよふよと漂う、うっとおしい光が居ることに気付いた。
大きさは綿毛になったタンポポくらい。内側から淡く発光しているのが、この晴れている空の下でもよくわかる。
最初は風で種を運ぶ植物か何かかとも思った。
俺の周りを付かず離れず——大学の新入生歓迎会で喋って以来、その後疎遠になったけどある日突然町でバッタリ会ってしまった時のような気まずい距離感を浮遊している。
何が言いたいか伝わらないと思うが、とにかく取っ付きにくい印象を受ける。
思い出せないが、この他人行儀で機械的な喋り方、何処かで聞いた事があるような……
……もしかして、コイツか?
「お前は誰だ?」
『私はナビゲーターです。貴方を補佐し、ここでの生活を微力ながらサポートすることを目的としています』
「……俺の質問には何でも答えてくれるのか?」
『否定します。一部の質問には回答できない場合があります』
事務的というか、一切の感情が籠らない言葉で、俺の質問に淡々と答える「それ」は、果たして何なのか。
子供の頃にやったゲームのチュートリアルで、同じような光の妖精が冒険を手助けしてくれたっけなと、はるか昔の事のように思い出す。
その光るマリモのようなナビゲーターとやらに、俺は重ねて質問する。
「この世界に『日本』という国は存在するか?」
『否定します。日本は存在しません』
その瞬間——俺の心は跳ね上がる。
つまり、そういう事だ。
死んだはずの人間が踏みしめている、未知の大地
聞き覚えのない人名や国名
現実ではありえない、浮かぶ発光マリモ
間違いない。
180bpmはありそうな鼓動を掌で無理矢理押さえつけながら、俺は最も大事な質問をつっかえながら尋ねる
「すると、ここは
——いわゆる『異世界』というヤツか……?」
『肯定します。
貴方がかつて生きていた世界の基準で言えば、この世界は異なる次元に位置しています。
異世界と表現して差し支えありません』
——マジか
スマートフォンでずっと追っていた世界——空想の中でしか存在しえないと思っていた世界に、
今、俺は立っている。
この時の気持ちを何と表現したら良いだろうか。
驚愕?
歓喜?
不安?
それら全てをまとめて鍋に放り込んで、1週間くらい煮詰めたような感覚と言えばいいだろうか。
憧れや虚無感や、様々な感情をごちゃ混ぜにしたような、生まれて初めて感じる心の在り方。
まだこれを上手く言葉にする事はできないが、
「高揚」している事だけは間違いなかった。
「……あ」
そう言えば、この奇妙なナビゲーターの既視感の原因をようやく思い出した。
「お前ってさ
Si○iに似てるよな?」
『すみません。良く聞き取れませんでした』
「やっぱS○riじゃねぇか!!」